倒産のあと、私はスナックに立った
人生の分岐点は
張り紙1枚だったりする話
父の会社が倒産した
お金は消えた
家もなくなった
頼れるものも、ほぼ消えた
ついでに言うと
当時付き合っていた
彼氏も消えた
正確には
「お前の人生にはついていけない」
と言われた
いや、わかる
私も自分の人生についていけてなかった
こっちが一番びっくりしている
⸻
その頃の私は
やる気力も
頼れる人も
何もなかった
ただ、弟との生活だけは
始まっていた
父の会社は倒産した
父はいない
お金もない
でも生活は待ってくれない
電気代も
家賃も
食費も
こちらの事情など
一切知らない顔で
毎月きっちりやってくる
現実という
ビンタを毎日くらう
⸻
正直、大阪に帰って
スーパーのバイトでもして
細々と暮らせばいいんじゃないかと思った
それが一番安全だったと思う
母の近くに帰れば
少なくとも、ひとりではない
細くても
小さくても
なんとか暮らしていくことはできたかもしれない
でも、どうしても引っかかった
それを選んだ十年後の自分に
私は納得できるんだろうか
また何かあった時に
「あの時、逃げたから」
と、自分を責め続けるんじゃないか
そう思った
だったら
しんどい方を選ぼうと思った
今思えば
だいぶ無茶な考え方である
でも、あの時の私は
安全な道を選べるほど
心に余裕がなかった
どうせしんどいなら
ちゃんとしんどい方へ行こう
そんな、よくわからない覚悟だけがあった
⸻
近所にカラオケスナックがあった
店の前に
バイト募集の貼り紙があった
たぶん普通の精神状態なら
絶対に入っていない
でもその時の私は
普通の精神状態ではなかった
なんとなく扉を開けた
中にいたママは
いかにも水商売の人というより
いろいろ抱えて、でも笑っている人だった
話してみると
ママも苦労人だった
私の事情を少し話すと
ママは大げさに驚くでもなく
変に同情するでもなく
「来ていいよ」
と言った
それだけだった
その三日後から
私はその店で働くことになった
人生の展開が早い
ドラマなら
もう少し伏線を張ってほしいところである
でも
トントン拍子に進むことは
悪いことではない
という勝手なジンクスもあった
⸻
スナックの仕事は
きれいごとだけではなかった
もちろん楽しいお客さんもいた
優しい人もいた
面白い人もいた
でも
こちらの常識では測れない人もいた
「え、今それする?」
みたいなこともあった
手のひらを舐められたこともある
今思い出しても
普通に嫌である
笑って流した夜もあった
家に帰ってから
無言で手を洗った夜もあった
それでも毎晩
私はその店に立った
立っているだけで
自分に言い聞かせていた
今日も来た
今日も逃げなかった
今日もちゃんと立っている
それだけで
なんとか自分を保っていた
頑張れてるじゃん
そう思い込むしかなかった
⸻
そのうち案外
指名が入るようになった
自分でも少し驚いた
私は特別きれいなわけでもない
色気で勝負できるタイプでもない
むしろ中身はだいぶ大阪のおばちゃん寄りである
でも
話すことだけはできた
毎晩
酔っ払い相手に話を聞いた
社長
職人
サラリーマン
離婚した人
家庭に帰りたくない人
仕事で詰んでいる人
妙に人生を語りたがる人
いろんな人がいた
最初は
ただ話を合わせているだけだった
でもだんだん
人の話を聞くことに慣れていった
この人は今
怒っているようで、本当は寂しいんだな
この人は強そうに見えて
家では誰にも褒められていないんだな
この人は偉そうにしているけど
たぶん自信がないんだな
そんなことが
少しずつ見えるようになっていった
⸻
あの頃の私は
自分の人生だけが
めちゃくちゃだと思っていた
でも、毎晩いろんな人の話を聞いているうちに
そうでもないのかもしれないと思った
みんな何かしら抱えていた
お金があっても
地位があっても
家族がいても
笑っていても
人は人で
それぞれ勝手にしんどい
そういうことを
スナックのカウンター越しに
知った
自分だけじゃないんだな
こういう考え方もあるんだな
そんなふうに
幼かった自分の考え方の隙間が
少しずつ埋まっていった気がした
学校では習わないことを
私はあの店で習った
⸻
その経験は
後の現場監督の仕事で
そのまま生きた
現場監督という仕事は
図面を見て
工程を組んで
職人さんを手配して
みたいな仕事に見えるかもしれない
でも実際は
人と人の間に立つ仕事だった
お客様の不安
職人さんの言い分
営業の都合
会社の事情
その全部を聞いて
どうにか形にしていく仕事だった
クレーム対応もあった
交渉もあった
怒られることもあった
でも私は
あまり逃げなかった
なぜなら
スナックで酔っ払い相手に毎晩話していたから
あの時に比べたら
ちゃんと昼間だし
相手もだいたい素面である
それだけで
ずいぶんありがたい
⸻
もちろん
現場監督の仕事は甘くなかった
女性だから舐められることもあった
若かったから見下されることもあった
職人さんに怒鳴られることもあった
でも、相手の言葉の奥にあるものを
少しだけ見る癖がついていた
この人は本当に私が嫌いなんじゃなくて
段取りが悪いことに怒っている
この人は文句を言っているけど
本当は不安なんだ
この人は強い言い方をするけど
仕事には真面目なんだ
そうやって見ると
人は少しだけ怖くなくなる
スナックで覚えたことは
お酒の作り方だけではなかった
人の機嫌の奥を見ること
沈黙の意味を読むこと
話しながら逃げ道を作ること
それが
後の私を助けた
⸻
そして不思議なことに
あのスナックで知り合った人から
仕事をもらうことになった
そこからまた人につながり
その先で今の会社につながり
最終的にはヘッドハンティングされた
今では
それなりの会社で
それなりに稼げるようになった
全部
あの貼り紙から始まっている
近所のカラオケスナックの
小さなバイト募集の貼り紙
あれを見て
なんとなく店に入ったことが
後の人生につながっていた
人生は本当にわからない
ちゃんとした計画より
半泣きで開けた扉の方が
人生を変えることがある
⸻
あの時の選択は
正直、自分を地獄に落とすような選択だった
夜の仕事をしたかったわけではない
人に嫌なことをされに行ったわけでもない
強くなりたかったわけでもない
ただ
止まっている方が怖かった
動かないでいると
その場に根が生えそうだった
諦めることに慣れてしまうと
それがだんだん深く刺さって
抜けない鎖になる気がした
だから私は
しんどくても真逆のことを一回やってみた
大阪に帰りたいなら
帰らずに踏ん張ってみる
人が怖いなら
人の中に入ってみる
自信がないなら
とりあえず毎晩そこに立ってみる
今思えば
なかなか荒療治である
おすすめはしない
でも
あの時の私には
それくらいしかできなかった
⸻
今でも思う
あの時
貼り紙を見て
店に入った自分を
私は少しだけ褒めている
えらかったぞ
よく入ったな
よく三日後から働いたな
よく毎晩立ったな
よく手を洗って
また次の日も行ったな
誰も褒めてくれなかったから
今の私が褒めておく
⸻
人生を変える選択って
もっと立派なものだと思っていた
資格を取るとか
転職するとか
起業するとか
何か大きな決断をすることだと思っていた
でも実際は
そんなにかっこよくなかった
私の場合は
近所のスナックの貼り紙だった
しかも
なんとなく入っただけだった
それでも
そこから人生がつながっていった
だから今
動けなくなっている人に
偉そうなことは言えない
私も動けなかった側の人間だから
でもひとつだけ言うなら
人生が詰んだと思った時は
大きく変えようとしなくていい
目の前にある
小さな扉を一回開けてみるだけでいい
それが正解かどうかなんて
その時はわからない
私もわからなかった
ただ
あの時の扉の先に
今の私がいた
倒産のあと
私はスナックに立った
それは決して
きれいな話ではない
でも
間違った選択ではなかったと思っている
ーーーーー
さぁ
悲劇のヒロイン
扉を開ける時がきたよ

そんな私の
スナックバイト前の話たちは
こちら
