
新しい人生を始めるはずだった日、泥棒が盗んだもの
離婚して引っ越した、その日に泥棒が入った
離婚した私は、
子ども2人と犬を連れて、大阪から横浜へ向かった。
8月1日。
新しい人生の始まりだった。
少なくとも、その時の私はそう思っていた。
飛行機は羽田空港へ着いた。
湾岸線を走り、都筑インターで降りる。
窓の外には、みなとみらいの夜景が見えた。
それは本当に綺麗だった。
「あぁ、ここで暮らしていくんだな」
見慣れない都会の景色に、
少しワクワクしていた。
母と離婚した後
実は父は実刑を受けていた
その話は また後日書きます
その後
大工だった父は工務店を
立ち上げ成功をしていた
その成功も
実際は真っ黒だったけど、、
私には年子の弟がいて
弟にその会社を継がせるため
2年ほど前から
父の会社で先に働いていた
父に
離婚するなら設計を学んで
手に職をつけてから
大阪に帰ればいい
その間は助けるよ
私はその言葉を信じた
あれが最初の間違いだった
母を大阪に残し、
子どもたちを連れて横浜へ来た。
本当に2年だけのつもりだった。
気がつけば20年近く経っている。
横浜の家は、父と再婚相手が用意してくれていた。
小さいけれど、
2階のあるテラスハウス
子どもたちと犬が暮らせる家だった。
その夜は父の家に泊まり、
翌朝から引っ越しが始まった。
20箱ほどの段ボール。
最低限の家電。
そして、
新しい生活への不安と期待。
夕方になり、
子どもたちを少しでも
元気づけたかった。
「お寿司でも食べに行こうか」
近所の回転寿司へ向かった。
出発したのは18時頃だった。
家のシャッターを下ろし、
鍵をかけたのは父の再婚相手だった。
この時の私は、
まさか数時間後に起きることなど想像もしていなかった。
20時前。
暗くなった家へ戻った。
玄関を開け、
最初にリビングへ入ったのは長男だった。
大好きなDSで遊びたかったのだと思う。
走って入った長男が言った。
「お母さん、窓割れてる……」
私は慌てて中へ入った。
リビングの窓。
シャッターが少し開いている。
鍵の部分が丸く割られていた。
床には足跡。
その瞬間、理解した。
泥棒だ。
慌てて子どもたちを外へ出した。
もしまだ中にいたら危ない。
警察へ電話した。
そして近くに住んでいた弟へ電話した。
「バットでも何でもいいから持ってきて」
弟は驚きながらも、
すぐに駆けつけてくれた。
警察が来る前に、
どうしても2階を確認したかった。
子どもたちの荷物。
大切な物。
どうなっているのか。
階段を上がった。
タンスの引き出しは
全部開けられていた。
布団には泥の足跡。
段ボールも全て開けられていた。
結婚指輪も婚約指輪も無くなっていた。
それは仕方ないと思えた。
もう終わった結婚だったから。
でも、
母から成人祝いにもらったネックレスが無くなっていた。
中身だけ無くなっていた。
その時はじめて膝から崩れ落ちた。
そこへ警察が到着した。
私はショックで何も考えられなかった。
代わりに弟が対応してくれた。
そして長男がぽつりと言った。
「母さん、DSの箱……」
リビングの隅に置いてあった、
小さな取っ手付きのケース。
ご飯へ行く前、
「ゲームは置いていこうね」
そう言って置いていった物だった。
私は少し安心した。
「あったやん」
そう思った。
長男は黙ってケースを開けた。
そして動かなくなった。
私も覗き込んだ。
なかった。
DS本体も。
大切にしていたソフトも。
全部。
なくなっていた。
その瞬間だった。
離婚して。
大阪を離れて。
知らない土地へ来て。
友達とも離れて。
不安を抱えていたのは私だけじゃない。
子どもたちも同じだった。
その子どもの宝物を盗んでいった。
私は壊れた。
「なんでや!!」
気づけば叫んでいた。
「子どもの物って分かるやろ!!」
「なんで持って行くんや!!」
近くにあった物を投げた。
泣いていたのか、
怒っていたのか、
自分でも分からない。
警察官と弟に止められた。
私は悔しかった。
子どもを守るために来たはずだった。
新しい生活を始めるために来たはずだった。
なのに何も守れていない。
母も置いてきた。
子どもたちにも苦しい思いをさせている。
全部、私のせいなんじゃないか。
そんな考えばかりが頭の中を回っていた。
あの日、
私は本気で思った。
神様なんていない。
もし本当にいるなら、
どうしてここまで試すんだろうと。
それでも時間は止まらない。
夜中の1時近くまで鑑識は続いた。
子どもたちは父の家へ預かってもらった。
私は一人で片付けをした。
ガラスの破片を拾いながら、
何度も自分に言い聞かせた。
明日も生きるしかない。
前に進むしかない。
そうやって迎えた、
横浜での最初の夜だった。
あれから21年。
今でも8月になると思い出す。
羽田へ向かう飛行機の窓から見た夜景を。
そして、
DSのケースを開けた長男の顔を。
新しい人生を始めるはずだった、
あの日のことを。