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【エッセイ】強さに守られていたからこそ

 昼下がり、母親の肩を素人なりに揉んでほぐしてみた。母親は見目も華奢だが、触れたらもっと脆く弱々しくて、少し怯えた。

 わたしはきっと、わたしを産み育てた母親に対して、無意識のうちに絶対的な強さを感じていたのだろう。今日はそれがぱらぱら崩れていく感じがした。
 しかし考えてみれば、母親も五十代終盤に差し掛かるひとりの女性である。そんなひとにいつまでも、これまでわたしを守ってくれていた強さを夢見ていてはならない気がした。

 母親はいまのわたしの歳でわたしを産んでいる。そこにはやはり生物的な強さを感じざるを得ないが、その前にわたしが弱すぎるのかもしれない。
 確かにわたしには体力が無いし、そもそも心療内科で処方される薬を飲んでやっと人並みに動けるか怪しい程度の機能で生きているのだから、無理もないといえばそうか。

 それにしても、わたしはそろそろ母親を……きっと父親もであるが……守っていく立場になりつつあるのだと、今日は妙に思った。この薄く骨ばった身体の母親が、少しでも長く楽しく生きていてくれるように、力を尽くし始めるときなのだろうと感じた。

 できるだろうか、と思う。

 わたしは今日母親に「随分と虚弱な身体だなぁ」などと口走ったが、先述の情報からしたらずっとわたしの方が虚弱である。そんなわたしに、これからひとを守ることができるのか。それが少しだけ、気がかりである。

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