してやられたじいさん

「してやられた」という表現が好きだ。
というか、見るといつも思い出してしまうのだ。
面白くて、苦い話だ。

小学五年生。クラスは荒れに荒れていた。
担任の初老の男の先生はいつも黄ばんだランニングを着ていて、特徴的な方言のイントネーションで喋る。とても優しかったが、要領が良いタイプでは無くかなりボヤっとして見える人だった。

思春期真っ只中のガキ達にはわかるまい。
かっこうの標的にされてしまい、どの授業も大抵男ガキ達の騒ぎによって阻害されていた。女ガキは静かだが、担任について相当に酷いことを裏で話し笑いものにしていた。更にはガキの親までも担任を馬鹿にし「外せばいいのに」という始末だった。

あまりの学級崩壊っぷりに、校長が自ら5年3組の授業の指揮を取る日があった。私は予め聞いた時に、正直校長にイラッとした。なんのためにやるんだ?自分ならば上手く統率出来るぞと思ってんのか?いいからクソガキ共をどっか飛ばして、モンスターペアレントにガツンと言えよ!ガキに媚びるな!ムカムカムカ…小学生にもストレスは溜まるもんだ。ここら辺から私はキレ症を発症したと思う。

実際の授業は国語だった。
「大造じいさんとガン」という話を元に「その時登場人物は何を考えていただろう?」を自由に生徒に書かせた。目的として「相手の気持ちにも思いを馳せてみようね!😉」みたいなとこだろう。知らないけど。覚えてないんだ。

とても頭のいいガン(って鳥のこと)の頭領に、知恵比べで負けてとっ捕まえることが出来なかった大造じいさん。
その大造じいさんのことを、とある男のガキがぶっきらぼうに書いた感想にわたしは今もぶん殴られてる。

「してやられたじいさん」

これだけ書いてた。たったこれだけ。校長が来たその日、みんな猫を被りに被ってにゃんにゃんと。長文でいい子ちゃんな文章をつらつらと。真面目ぶって。そんな彼らを見て、今までニコニコと「なんだいい子達じゃないか」みたいな顔をした校長に突きつけたこの一文。

衝撃だったね。
私もしてやられたわけだ。
クラスのガキ共が「うわこいつやば」という空気を醸し出したが、校長は意外と飲まれずに「おお!いいんだよ!いいんだ!それが君の感想なんだから」と言った。

私はというと、笑いが止まらなかった。
絶対に笑い所じゃない。だが止まらなかった。
学級委員をしていた。割と煙たがられるくらいには真面目な方だったと思う。でも笑いが止まららなかった。込み上げてきて息が苦しかった。

いつもふざけたことをするガキ共は静かにしていた。でも私は「してやられた」がおかしくておかしくて食らって笑ってた。勘弁して欲しい。
そしてあれから何年経つんだ?いい大人だが今でも笑いが込み上げてしまう。そのガキの名前は覚えてないが、不貞腐れた面はなんとなく思い出せる。あんた、天才だよ。嫌いだったけどアッパレだ。

言葉ってすごいよな。
いつか私も生きてるうちに誰かにパンチラインを食らわせたい。そんなことを思ったのでした。

終わり。泥燈

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