娘の背中
子育てを終えたつもりでいた。
それなのに、
私は
仕事をしている娘を支え続けていた、
つもりだった。
「それは クレーマーだよね。」
「上司に相談したら。」
そんな助言をした。
そうすると決まって
「お母さん、
聞いてくれるだけでよいの。」
そう言われる。
それでも、
「危ない橋は渡らせられない。」
「こちらが 娘には幸せの道」
「母親なら当然そう思うはず」
と思い込んでいた。
そんなある日の夕食後、
お茶を飲みながら、
娘といつものように
たわいない会話をした。
娘が席を立ち、
「先に、お風呂に入るね」と言い
するりと引き戸を開けた。
黒いストレートヘアが、
パサリと扇のようにしなる。
その瞬間——
娘の無防備な背中が、
シミだらけの麻の縄で
縛られているのが見えた。
目を疑った。
なにこれ?
いつから?
誰が?
見間違い?
でも 縄が見える。
この縄を編み,
娘を縛ったのは
まさか?
この
わたし?
息ができない。
体が震える。
そうなのか。
もう、いいのか。
もう 娘の手を握っていなくても?
そうしないと
娘の人生にならないのか。
――シュルシュルッ。――
縄が、
ひとりでに
ゆっくりとほどけていく。
分解写真のように、
一コマずつ。
一コマずつ。
娘の背中から、
縄が空へ溶けるように消えていく。
残ったのは、一点の曇りもない、
若々しくしなやかな肌。
「お母さん?」
振り返った娘が、ふわりと微笑んだ。
私は、しばらく声が出なかった。
「ゆっくり入ってね。疲れが取れるよ」
ようやくしぼりだした声が、震えた。
娘は私の声を 鼻歌交じりに聞き
ゆっくりと浴室へと消えた。
娘はわたしより 背が高い。
その背中は
もう過去を振り返りはしない。
私の何かが
ゆっくり
静かに
ほどけていった。
