メインコンテンツへスキップ
見出し画像

後悔とか希望とか

    Ayato|ユーモア


    MUちゃんへ。

    元気にしてるでしょうか。

    こっちは……まあ、それなりに元気だよ。

    強いて言えばこの湯河原っていう土地は、坂が多くて急で曲がりくねっているので、足に疲労が溜まるくらい。

    でも精神面では、なんだかずっと負荷がかかっている感じ。

    知り合いのいない土地での暮らしや、やったことのない仕事や、自分のためだけにしなくてはいけない家事や買い出し。

    君はたぶん、こういうものとか、言葉の壁すらぜんぶ乗り越えて一年のワーキングホリデーをやってきたんだと思うと、とても感動するよ。

    今の僕の救いは、こうして毎日君のことを考えて、泣いてもいい時間と場所があることです。

    夜は君の夢をよくみるので、泣くのは決まって朝です。

    何度も手を止めながら書いてるから、この文も全然進まない。

    働いているときも、例えば施設内の浴衣が、前に一緒に行った七尾の旅館で君が着ていたものにすごく似ているので、あのときのことを思い出してしまいます。

    あのときの君の、短い黒髪。

    食べきれなくて部屋に持ち込んだ夕食。

    ばあちゃんの撮った下手な写真……。


    仕事中、ホテル館内のトイレの見回りをしていても、きっちり切り取り線で切られていないトイレットペーパーを見つけるたびに、胸がつまります。

    さっき湯河原は坂道が多いって言ったけど、それも君の実家に似てるかもって思うし。

    入った定食屋に酢豚があったとき。あんまり飲めないのに日本酒のメニューを眺めるとき。君にもらったエコバックを畳んだりするとき。

    全部つながってる。

    僕の目にする全部が君につながっていて、

    でも一番大切な君がいない。

    夜のフロスはもうすっかり習慣だし、日曜にはトイレ掃除、英語の"l"の発音も気にしてるよ。

    今じゃ、どれが君にもらったものかわからないくらい僕の一部です。

    一部っていうか、半分くらいかな。


    ◇


    僕はあんまり後悔とかしないし、できればしたくない人間なんだけど、毎晩ねむりにつくときに、つい想像してしまいます。

    「ああ、僕は結局MUちゃんの水着姿を見てないじゃないか……」とか「今の髪でおさげにしてるの絶対かわいいな」とか、僕の運転する横で助手席の君がうたた寝していたら、どんなに愛しい気持ちになるだろうとか。

    僕が一度でも君に会いにアイルランドへ行ってたら、なにか変わったのかな、とか。

    でもどれだけ後悔しても、そのときの僕はそのときの僕にできることを、たぶんそれなりに知恵をしぼって、頑張ってやっていたのだろうし、そのときの君への想いにぜんぜん疑いの余地なんかないから、やっぱり後悔は先に立たないなってところにたどり着く。

    だから。

    だから、僕は前に進むことにします。

    後悔ではなく、それを希望として。

    君は遠いけれど、君が大好きで、大好きでしかたなくて、いろんな思い出が消えなくて、それどころかまだ君との思い出を増やすつもりでいる僕のまま。

    ぜんぶ抱えて、前に進むことにします。

    もう振り返らない彼女を追いかけ続けるまぬけな男。

    そんな男が世界に一人くらいいたっていいと思うから。

    そしてその男はそれを、書くことで表現できたりするかもしれないから。

    また会えることを、心から願っています。




     
     
     
    日々にユーモアをひとつまみ。 日常に肩が凝りそうな方へ、知的なユーモアを。 note歴4年、物書き歴10年。 知的変態。元書店員。乙一好き。 はじめての方は、こちらのサイトマップをどうぞ。 https://note.com/otukawa_/n/ncecf2de58b19

    あなたへのおすすめ