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芋出し画像

1. 0倍速の倱恋

    倧塚ぐみ

    キッチンで経隓した恋ず、倱恋。
    あのずきめきをくれた盞手が誰だったのかは、いただにわからない。


    圌の声ずの出䌚いは、3人目嚘の育䌑䞭だった。

    劊嚠がわかるず、倫は「  なるほど」ず呟き、数秒埌に新居を探しはじめた。

    新しい家族を出迎えるために賌入した家は、東京の倖れにある。郚屋から郜立公園の森林が芋枡せお、季節の倉化を目で楜しめるので気に入っおいる。䜏んだその日から、狭い1LDKでは叶わなかった広々キッチンが、私の新しい城になった。

    真っ先に、倧きなオヌブンレンゞを買った。パンも焌けるし、ピザだっお2枚同時に焌ける。バスクチヌズケヌキも䜜ったし、倧きなかがちゃプリンも焌いた倱敗した。最高かよ  

    育䌑䞭䜕しおた ず聞かれたら、「0歳児の育児」そしお「オヌブンレンゞ」ず答えるくらい、日々料理に没頭した。


    料理の時間が増えるほど、捗るもの——それは、耳掻だ。

    最初は「めちゃくちゃおもしろいPodcastポッドキャストがある」ず、倫に教えおもらったコテンラゞオにハマり、そこからいく぀かお気に入りの番組ができお、アヌカむブたで遡っお聎きたくった。

    でも、番組の曎新は週に1回皋床。倚くおも2回。毎日䜕時間も耳掻をしおいるず、あっずいう間に聎き尜くしおしたう。

    アヌカむブのストックがなくなるず、耳がどうしようもなく暇になった。そこで手を出したAudibleオヌディブルで、出䌚っおしたったのだ——圌の声に。


    声を聎いた瞬間、耳に春颚が吹いた。

    倜の静けさを包み蟌むように、穏やかで䜎く萜ち着いた知性的なささやき。朝焌けが地平線を染める瞬間のように、蚀葉を倱うほどの声質。

    圌の声に呌びかけられ、心の奥底で眠っおいたはずのずきめきが目芚めたのだ。人生初の掚し爆誕である。

    いく぀ものキャラクタヌを巧みに䜿い分けるプロフェッショナルな声色は、どれを聎いおも惚れ惚れする。䞭でも、無機質なキャラクタヌを挔じるずきのステンレスのような冷たい声が、たたらない。



    圌ず出䌚っおから、早朝にパンを焌くこずが増えた。
    米粉のパンを焌くための1時間を、合法的に耳掻タむムにあおられお、朝ごはんに焌きたおパンが食べられるのだから、焌かない遞択肢はない。どんな早起きも、どんな家事も、苊にならなかった。

    起きる時間はどんどん早くなり、早朝は圌ずの逢瀬にあおがった。䞀緒にパンを焌きながら、キッチンで朝日が昇るのを眺める日垞。初倏に出䌚い、ひず倏を共に過ごした。すべおが満たされ、最う心。

    あぁ、私、恋しおる


    しかし——


    ずある早朝、い぀ものように圌の声で䞀日を始めようずした際に、ふず気づいた。

    あれ そういえば、圌の声を1.5倍速で聎いおいる  ず。

    PodcastもAudibleも、効率を重芖しお、違和感がないギリギリのラむンたでテンポを早めお聎いおいたのだ。

    情報に觊れるだけならば、なんの問題もない。しかし私は情報ではなく、圌の声を味わい぀くすために、毎日アプリを立ち䞊げおいるのだ。最初こそいろんな朗読を聎いたけれど、今は完党に、圌のためだけに、月のサブスク費甚を払っおいる。


    それなのに、え
    私、圌の声を、時空を歪めお聎いおいたっおこず  

    なんずいう倱態だろう。自分が恥ずかしい。

      でもさ、それっお、裏を返せば、これから圌の真実の姿ずご察面できるっおこずだよね  

    誰に歪められるでもない本圓の圌の声ず、改めお出䌚い盎せるっおこずだよね   生声ではなくずも、同じ時空を介した圌の声ず。

    棚がた的ご耒矎すぎる。
    ミスしおんのはこっちなのに、ありがたや、ありがたや。


    䜕十時間もデヌトを重ねお、初めおのお泊たりするずきの高揚感  いや、䞀緒に迎えた朝に、自分だけが芋るこずのできる圌のあどけない寝顔を芋るチャンスが、今、目の前にあるのだ。

    掚しの声を正しく聞かずんば、掚しの真䟡を知るべからず


    開こう。真実の扉を——



    再生速床を「1.0倍」に合わせる。
    再生ボタンを抌す指が震える。

    初めたしお  

    本圓の、あなた  







      ん





    え、ちょっずたっお。


    えっ


      え


    なんか、あの  





    誰




    耳に吹いたのは、聎き銎染んだステンレスのような冷颚ではなく、枩もりのある、やたらに湿床の高い枩颚だった。

    1.0倍の圌が、想定倖にセクシヌボむスなのだ。ぐっちょりっおいうか、ねっずり ネチネチ じっずり

    ステンレスボむス、アッチアチになっちゃっおる。
    1.5倍速だず綺麗に消え去っおいた粗い息づかいずか、すんごい拟っちゃっおる。耳から党身に、ボむス愛撫が駆け巡っちゃっおる。

      やばい、朝5時に耳から摂取しおいい゚ロスの適量を超えおいる
    ちょっずこれ、臎死量いっちゃっおない 耳、生きおる 耳 耳ヌヌヌ


    誰かヌヌヌヌ
    救急車ヌヌヌヌヌヌ

    あず陀湿機ヌヌヌヌヌヌ




    ずりあえず、声の湿床、高すぎん え ホントに あなた誰 誰なのヌヌヌヌヌ

    掚しヌヌヌヌカムバァァヌヌック




    信じ難いこずだが、1.0倍速の䞖界に、掚しはいなかった。

    倍速で、そんなに声倉わるこずある  

    むしろ0.7倍ずかで、今床は逆方向に圌を歪めちゃったのではないかず疑っお確認しおみたけれど、衚瀺されおいるのは間違いなく1.0倍速だった。

    これが、真実の圌なんだ  
    等身倧の、なににも歪められおいない、寝起きの圌  


      そもそもなによ「あどけない寝顔」っお。
    朗読ずかさ、仕事だから。OFFじゃない。圧倒的ON。
    1.0倍速の圌の声、特定のオンナだけじゃなくお、日本党囜、老楜男女みヌヌヌんな聞いおる。党然特別じゃない。


    魔法が、解けた。

    真実の愛に觊れたら、姫は目芚め、王子は元の姿に戻り、枯れ果おた囜に生呜力が戻っおくるずいうのに、私の頬の血色は悪くなるばかり。誰も、1.0倍速の圌ず私のあたらしい䞖界を、祝犏しおいない。


    もう、忘れよう、1.0倍速の圌のこずは。
    個人的な奜みで蚀えば、1.5倍速だった。それだけの話だ。これからも1.5倍速で聞き続ければなんの問題もない。


    しかしそれでは、私が恋しおいるのは、いったい誰

    1.5倍速の圌は、䜕者なのだろう  


    手を䌞ばしおも、指先にはなにも觊れない。倍速の音声は、ある皮の虚像。最初から、そこには誰もいなかったかのかもしれない。

      いや、違う。圌の声にずきめいたのは事実なのだ。かけがえのない圌ずの日々は、誰にも吊定できない、倧切な思い出だ。


    気持ちの敎理が぀かないたた、圌の朗読を最埌たで聎いた。もちろん、1.5倍速で。盞倉わらず、玠晎らしい声だ。この時空には、私が恋したステンレスな圌がいる。

    すべおを聎き尜くしおしたったあず、新䜜はなかなか出なかった。結局次の支払いのタむミングで、私はAudibleを解玄した。


    キッチンで経隓した恋ず、倱恋。
    あのずきめきをくれた盞手が誰だったのかは、いただにわからない。

    耳に吹いた春颚ずずきめきだけが、遠い蚘憶の䞭で、今もかすかに息づいおいる。




    【back number】
    #1 プリンず、倫ず、修造ず


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    食や暮らしを入り口に、゚ッセむを曞いおいたす。 子ども×朝ごはん本を出版䞭。かきたた汁がすき。 https://amzn.asia/d/0hJYEvq スキを抌すず、今日のラッキヌフヌドが出るよ。

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