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これから先自分のやりたいことを見つけ、そのことに一生懸命打ち込んでいきたいです。 小学生の時の宣言、今振り返ろう

これから先自分のやりたいことを見つけ、そのことに一生懸命打ち込んでいきたいです。

僕が小学校卒業する時に、 宣言した一言なんですよね。
僕の小学校は、卒業証書をもらった後に横にはけて、そこには入学式の時に親と取った写真が写し出されていて。
一言何かこれからに向けての宣言をして。 壇上を降りていくっていうのがあったんですよね。

みんなは中学校ではこんなことをしたいですとか。色々言ってたはずなんですけど。 
僕はなんでかわかんないですけど、 これから先っていうすごく漠然としたところに対して、自分のやりたいことを見つけて、そのことに一生懸命打ち込みたいっていう宣言をしたわけなんですね。
それはその時まあ悩んでたことというか。

ある程度、精神年齢が上がってきて。
ちっちゃい時に思い描いてたいわゆる将来の夢、プロ野球選手になりたいですとか、それがあんまり叶わなさそうだぞっていうことに、僕は結構気づいてしまってた時代で。
小学校の低学年の時みたいに、 無邪気に喜んだり、夢を語ったりすることが、 できなくなった時代なんですよね。
将来の夢が、安定した収入がある職業、っていう小学生ってちょっと嫌ですよね笑

当時はそのことがすごく悩みではあったんですよ。
親が単身赴任をして距離感がわからなくなったりとか。
体も心も変化があって、それに適応できてなかったっていう時代。
無邪気に何になりたいって言える友達ってやっぱりいるじゃないですか ?
あるいは、周りの目を気にせずに馬鹿やったりして、先生に怒られるみたいな人もいるわけですよ。

僕はどうしてももうそれができなくて、当時はちょっと引け目に感じている節があったんですよね。
自分の心の声っていうのを、理性で押し殺してたみたいな感じになるのかもしれませんけど。
だからこそ、その自分のやりたいことを見つけて、脇目も降らずに打ち込めるっていうのが、色々考えて、宣言する内容としてしっくり来たんですよね。
どうせ宣言するなら、 これから大きく動いていくであろう人生に対して、決意的なものを喋ろうとしたんだと思います。

その後結局自分のやりたいことが見つかって打ち込めたかって言うと。
うーん、微妙ではあります。
中学校から大学までずっとバレーボールっていう 1つの競技をやっていて。
それはすごく自分的には一生懸命やったし、出来栄えもよく頑張った方だと思います。
だけど、 それはやっぱり別にプロになれるわけでもなかったし。

悩んだ末に僕は医者をやってるわけですけど。
進路として選んだことは全く後悔ないです。
むしろすごく良い選択だったと思います。
ただ、サッカーの長友選手みたいな熱量を傾けられているわけではない、っていうのも事実。
自分を保つために、少しのめり込み過ぎないようにしている節があります。
職業柄、深入りしすぎは良くないと思っているので。

小学生の時は、何かvocationみたいなものを見つけないと、って思ってただけなんですよ。
でも、今の自分の職業人としての姿って、昔の自分が見たらビックリするところにあるし、それは素直に誇っていい部分。
職業人としても、今後レベルアップしていく予定だし。
人生の大部分は職業人としての時間だけど、仕事だけが人生ではない。
今はそれに気づいているので、「自分の人生を生き切る、最大化する」が目標です。

自分のやりたいことって、一生探し続けることなのかもだし。
やり始めたことがだんだんやりたいことになる、っていうのも、また、真理だと思うので。
どうやってこれからの人生を歩んでいくんだろうなぁって、昔より今の方が楽しみに思ってますね。

(小学生の時は、これから自分の人生の舵取りをすることに、大人の仲間入りをしていくことに、強い不安があったということかもしれません。
ちなみに
中学の卒業式:義務教育終わり、これからさらに親へ感謝していかないと、高校楽しみ
高校の卒業式:母校離れるの寂しいけど、やり切った感、大学楽しみ
大学の卒業式:みんな返事の声小さすぎやん、と会場で一番の声量で返事をして、親に成長を見せつけようとする→結果、推し女子に褒められ喜ぶ
卒業式って、親に感謝する良いタイミングですよね。)

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