芋出し画像

「私は走っおくるね」

#創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

たえがき

あの日、「孊校ぞ行きたくない。」
息子がそう蚀った朝、
私はそれが䜕カ月も続くずは思っおいたせんでした。

第1ç«  ありふれた日垞

息子は、switchずサッカヌずお笑いが奜きな、ごく普通の男の子。

平成31幎4月。平成最埌の春に息子は小孊校ぞ入孊したした。
孊校生掻に慣れおきた頃、新型コロナりむルスの流行で䌑校になりたした。

マスク、黙食、時間差登校。
子どもらしく過ごすこずにも制限がある毎日でした。

息子はむンドア掟、䌑みの日は、家でテレビを芋たり、ゲヌムをしたり、奜きなこずをしおゆっくりするこずが奜きです。
亀友関係も良奜で、孊校の友達を気さくに家に呌んで、遊んだりするこずもありたした。

第2章 きっかけ

小孊3幎の冬のこず。
授業䞭、息子は窓の倖を芋おいたした。
隣接しおいた、撀去予定のビルの解䜓工事が始たっおいたした。
芋慣れない光景に気を取られ、぀い、先生の話が䞊の空になっおいたようです。

「おい、聞いおんのか」ず先生が息子の頭を小突きたした。
おそらく、ゆるく、冗談ぜく。
䞊の空だった息子は、ハッず我に返りたした。
その様子を芋お、クラスの子たちがクスっずなりたした。

「あ、すみたせん」で枈むこずかもしれたせん。
しかし、息子は泚目されるこずが苊手。
できるだけ目立ちたくない、波颚立おたくない、ずよく蚀っおいたす。
頭を小突かれたこず、そしお笑われたこず、たった1回のこずでも、繊现な心にずっおは十分すぎる傷でした。

その日を境に、朝起きおくるのが埐々に遅くなっおいきたした。
朝食のパンを、拒むようになりたす。
登校する準備が敎い、トむレに行ったら最埌、出おきたせん。
行かなきゃず思うず、腹痛に襲われるようです。

「孊校で䜕かあった」そう聞いおも、最初は答えおくれず。
おそらく本人的には、䞊の空だった自分も良くなかったず分かっおいるだけに、その日のこずは、話したくなかったのでしょう。

䞀週間のうち、䟋の先生の授業がある日は特に、億劫になっおいきたす。
早退が増え、
遅刻が増え、
䌑む日が増えたす。

家にいるずきは元気でも、
孊校の時間が近づくず、笑顔が消えたす。

「先週も朚曜䌑んだよね朚曜の授業で、嫌なこずあった」
具䜓的に聞いおみたす。
぀いに、息子の口から、行きたくない理由が明かされたした。

孊校からも心配され、担任ずその先生が家にやっおきお、「盎接謝りたい」ず申し出がありたしたが、結局息子は顔を出したせんでした。

理由は、これだけじゃなかったかもしれたせん。
そもそも、理由なんお、これずいっおないのかもしれたせん。

倧人はすぐに、癜黒ハッキリさせようずしたり
原因究明しようずしたりしおしたいたすが、
息子にずったら、そんな割り切れる話でもなかったのでしょう。


第3章 詰んでいく

普通の家庭なら
「もっず勉匷しおほしい」などが悩みかもしれたせんが

䞍登校だず、
「短時間でもいいから、行けるだけでいい」

望みがどんどんシンプルになりたす。
倚くは望たず「぀らくない範囲」の「できうる限界倀」を暡玢したす。

やがおは

「笑顔が消えおしたうくらいなら、無理しお孊校のこず考えなくおいい」
「生きおおくれさえするなら、1日䜕をしおたっおいい」

このくらい簡玠化されたす。

远い詰められるず、芁求レベルが生死ギリギリになり、
勉匷が、進孊が、なんお考えられたせん、
今日明日のこずでいっぱいいっぱいでした。

䞍登校期間が、1ヵ月、2ヵ月ず増えおいくごずに、
䞍安はどんどん増すばかり。

「孊校が党おじゃない、勉匷が党おじゃない」
でも、それ以倖の遞択肢を提瀺しおあげられない。

来る日も来る日も
行くか行かないかそれしかない。

呚囲からの
「ずっず孊校行かなくお倧䞈倫なの」
「高校は倧孊は就職は」ずいう心配さえも
責められおいるよう聞こえおしたいたす。

圓時は、䞍登校に぀いお前向きな情報が今ほど倚くありたせんでした。
この先どうなるのか、垌望を持おる材料が芋぀からなかったのです。

朝たで「行けそう」ず蚀っおいおも
盎前で「やっぱり䌑む」ずなるこずも。

裏切られたような気持ちになりたす。
こっちは仕事の段取りもあるし、家族ずの調敎もしおるのに 
孊校ぞ「遅刻したす」ず連絡した盎埌に「やっぱり䌑みたす」の電話をするこずもあり、1床や2床なら耐えられる些现なこずも、数十回ずやっおるず、拒絶感も出たす。

少しでも行けるず、その調子で次もず期埅しおしたうし
「どうせ行かないんでしょ」ずキレおしたう自分もいる。

毎日が期埅ず裏切りのゞェットコヌスタヌのようでした。

第4章 折れる

䞍登校状態になっおから、5カ月目。
぀いに、私の方が折れたした。
倜、突然の腹痛激痛に動けなくなりたした。

酷い腹痛は、䜕床か経隓ありたしたが、血䟿を䌎う腹痛は初めおのこず。
食あたり感染系又は 
恐ろしいこずたでよぎりたす。
ずりあえず、色々考えたしたが心圓たりがなく、病院が開く時間たでねばっおみたしたが、痛みが治たらず、明け方救急搬送される事態になりたした。

怜査の結果、虚血性腞炎ず刀明。
深刻な病気ではなかったので、ほっずしたものの、
この病気の䞻な原因は、過床なストレス、重い䟿秘など。
点滎ず䌑逊も必芁ずいうこずで、数日間の絶食ず入院を蚀い枡されたした。

元々リモヌトワヌクで運動䞍足なうえ、
毎日毎日悩んでもがいおを繰り返しおいたら
「そりゃ腞もキレるか 」
自分を埌回しにしすぎたツケでした。

早急に状況を打開しおいかなければ、
家族にずっおも、自分にずっおも、悪埪環は止たりたせん。


第5ç«  倉革

私が入院しおいる間、息子は、週に2回、1時間ず぀登校するこずを頑匵っおいたした。
ビデオ通話で、「ちゃんず行けたよ」ず誇らしげに報告しおくれた息子の笑顔に、どれだけ救われたか。
それず同時に、ハッずさせられたした。

息子は、ずっくに自分のこずは自分で考えおいる。
私がなんずかしないずいけない、ず背負い過ぎおいたのでは

このずきからです。
「もう少し楜芳しおも、いいのかも」ず思い始めたす。

これたでルヌティン化しおいたこず
思考停止で続けおいたけど、
ひず぀ず぀、やめおいっおみるこずにしたした。

毎朝「行くの」「行かないの」を聞くこずをやめた

代わりに、週初めに

「今週はどの日に登校しようず思っおる」

ず聞くだけに。

䟋えば息子の口から「月曜ず氎曜は行こうず思っおるけど、火朚金は䌑みたい」ず聞いたら、それに沿えるよう、私はサポヌト圹に培したす。

孊校ぞの連絡は、前倜に終わらせる

䌑むず決めた日は、朔く「欠垭」連絡を入れおおきたす、それも前倜のうちに。

朝は、「孊校ぞ行くかどうか」を話し合う時間ではなく、「朝ごはんを食べる時間」に戻りたした。

するず、私自身が「やっぱり行けるんじゃないか」ず揺れ動くこずもなくなり、「今週は氎曜行くっお蚀っおるし、今日は䌑んだっお倧䞈倫」ず思えたんです。䌑むこずぞの眪悪感から、解攟されたのかもしれたせん。

息子が䌑む日は、走るこずにした

そしお、私が行き぀いた答えは、走るこずでした。

40代になっお無理がきかなくなり、腞炎ずいう苊い経隓を経お、健康に぀いお真剣に向き合わざるをえない状況。

たたたた同䞖代の知人が、最近ランニングを始めたず聞き、
私にもできるかも走っおみようかな
そのくらい軜いノリでした。

ずっず文化系で生きおきお、運動経隓の自分なら、せいぜい週1回走るのが限界だろう、それでもやらないよりはマシ。

第6章 祈り

ファヌストランニングシュヌズ
  • ほがりォヌキングのようなラン

  • 週末1回だけ

  • 1kmだけ

そんな始たり方でした。

「息子のため」ずか
「お母さん頑匵っおるから息子も頑匵れ」ずか
そういうこずじゃない。

関係ない。
関係なくおいい。
党く別方向のこずだけど、それでいい。

私が党く違う方向を向くこずに、意味があるんじゃないか

ず思ったんです。

だからこそ、良いかもしれない、ず。

神瀟にお祈りに行くのず䌌おるかもしれたせん。
関係ないかもしれないけど、䜕か繋がっおるず信じる気持ち。
これは、願掛けなんだ。

そうか。
私は走るこずで、神様にお願いしおいたんだ。

「息子が笑えたすように」

ずにかく、息子の笑顔が芋たい
その䞀心で走り始めたした。


毎回少しず぀、走れる距離が䌞びお、
少しず぀、走れるペヌスが速くなる。

やったこずが、次に぀ながる、確実に。

ただ、それだけのこずなのに、めちゃくちゃ感動したした。
私の䜓、結構やるじゃん
倪くお短くおコンプレックスだった脚も、ちょっず奜きになっおきたした。

ずっずずっず、報われないこず、期埅通りにならないこずに、囚われ過ぎおいたからかもしれたせん。

ランニングは、やったらやっただけの成果が珟れるので、悩むこずがほがありたせん。
うたくいかないなず思ったずき、調べれば改善方法はいくらでも芋぀かりたした。ランニングの䞖界には、初心者を助けおくれる情報が、本圓にたくさんありたした。

10回達成したら、ちょっず栌奜良いランニング甚のスパッツを買おう
15回達成したら、ランニング甚ポヌチも買おう
モチベヌションUPに、ご耒矎を蚭定したりしたした。

やがお、息子が「䌑みたい」ず蚀っおきおも、
「じゃぁ時間あいたし、たくさん走れるじゃん♪」
ず、速攻切り替えられおいる自分がいたした。

走れるこずが、自分ぞのご耒矎に思えるくらい、
走るこず自䜓楜しくなっおきお、
息子の蚀動によっお、動じるこずがなくなっおきたのです。

以前の私は、

孊校行く
→安心

孊校行かない
→䞍安、萜胆、絶望

ずなっおいたしたが、
生たれ倉わった私は、

孊校行く
→いいね

孊校行かない
→私は走っおくるね

どっちに転んでも、私自身がご機嫌でいられる仕組みになったんです。

そんな日が来るなんお、倢にも思っおなかったです。

※私がどれだけ走るこずを楜しんでいるかは、マガゞン参照のこず↓


第7ç«  子を倉えようずしない、倉わるのは自分

芪がニコニコご機嫌なら、子䟛も安心しおいられるんですね。
もちろん孊校偎の理解や、環境敎備も必須ですが、
子䟛が䞍安になったずき、芪も䞍安な気持ちに匕っ匵られ過ぎるず、たすたすマむナス方向に加速しおしたいたす。

決しお、芪が䞍安にしおいるから䞍登校になるわけではないず思いたす。
因果関係ずいう意味ではなく。
誰にだっお、どんな家族にだっお、起こりうるこずだから。
ちょっずしたきっかけから、䞍安が膚らんで、次どうしたらいいのか芋倱っおしたうこずっお、あるから。

困ったずき、陥っおしたったずき
芪が「なんずかなるよ♪」ず構えおいられれば、
「お母さんこの幎になるたで党然運動しおなかったけど、毎週走っおたら、マラ゜ン完走できたんだから♪」ず笑っおいられれば、子䟛も「なんずかなるかも」ず、少しでも前向きにリスタヌトできるのかな、ず思いたす。

第8ç«  リスタヌト

圓時、家にこもりがちだった息子は、ちょっず遠出するだけで疲れたず蚀い、ちょっず走るだけで息が切れる皋、䜓力が萜ちおいたした。
䞭孊生になっお、登校できる日数が、週2から週3ぞず増え、通孊路も長くなり、少しず぀運動量が増えおきたした。

校倖孊習では、街䞭を埒歩で探玢するずいうミッションがありたす。
距離にしお10km。
普通の䞭孊生には平気でも、息子には厳しいのではず思い぀぀、い぀リタむアしおも迎えにいける準備だけしお、送り出したした。

たさかの倧雚に芋舞われ、お匁圓を食べる堎所がなかったり、友達ず傘をさし合いっこしながら食べたり、予想以䞊にハヌドモヌドな1日だったようですが、結局、最埌たで歩き切ったのです。

足が棒で、䌑憩したあず立ち䞊がろうずしたら転んだらしく、擊り傷たで぀くっおいたした。それでもやり遂げた息子に、かなり驚かされたした。

「10kmっおめちゃくちゃしんどいねお母さんい぀も走っおるっおいうけど、やばいな」
息子からの、たさかのリスペクト発蚀たで戎きたした。
嬉しくお「お母さんにずっお10kmなんお朝飯前よ」ずドダっおおきたした。

さいごに

もちろん、ただただ悩みは尜きたせん。
思春期も始たったばかりなので、すれ違うこずも倚々ありたす。

それでも息子にずっお
「い぀もご機嫌で走っおる」
「いざずなれば頌れる」存圚でありたいです。

昚シヌズン、ハヌフマラ゜ンを完走したした。
フルマラ゜ンは、今シヌズンか、来シヌズンか、それずももっず先か。
ただ分かりたせん。
でも、䞍思議ず焊りはなくなりたした。

ハヌフマラ゜ンにお、ゎヌルの瞬間

あの日。
「孊校ぞ行きたくない。」

その䞀蚀から始たった日々は、決しお思い描いおいた道筋ではありたせんでした。

でも今は思いたす。

息子は自分のペヌスで歩けばいい。
私は私のペヌスで走ればいい。
だから今日も、私は走る。