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カフェオーレをそなえる

強か酔った帰り道、最寄り駅から自宅までの道のりを、家族への詫びアイスとグリコのカフェオーレを下げて歩く。
カフェオーレの封を開け、ストローを刺して、そっと造花の前に置いた。



私が夜間高校に通っていた頃、朝のアルバイト先へ向かう道を自転車で走っていると、自宅近くの自動車販売店前に、見慣れぬ花束が供えられていた。
ここで事故があったんだな。そう思いながら通り過ぎた。

またある日、その日はゲームの発売日だった。バイト終わり、鼻歌を歌いながら学校をサボって家への道を自転車で走っていると、例の花束の前に差し掛かった。すると、3人組の制服を着た女子高生がしゃがんで手を合わせている。

同じぐらいの年齢の子が亡くなったのか。

それから私はその花束が供えられた場所が気になって、チラチラと通り過ぎざま様子をみるようになっていた。

きっと友達の多い子だったんだな。

そう思った。花束はいつの日にか造花に変わったが、いつ通り過ぎても真新しいグリコのカフェオーレが供えられている。独特の円錐形のパックに、丁寧にストローを刺して。

やがて私が成人式を迎えると、グリコのカフェオーレは、アサヒスーパードライに変わっていた。どうやら彼か彼女は私と同級生だったらしい。

時はたち、私は今はもうなくなった実家の近くに、自分の小さな城を築いた。

その頃、私は自分自身に酷く疲れていた。

帰り道、車道を走る車を見つめ、駅ではこちらに迫る電車を見つめる。そしてゴーッという走行音と共に我に返る。

その日、どうしても家に真っ直ぐ帰る事が出来なかった。浴びるように酒を飲みたい。しかし、生来の人見知りである私に行きつけの居酒屋なんてものは無く、安心安全安定の日高屋に寄った。

すっかり顔見知りになったが、マニュアル通りの会話しかしない店員にホッピーセットと爆弾炒め、すぐにでてくるメンマを頼む。こんな時まで注文品が出てくるタイミングを計算している。

日高屋には似つかわしく無い赤ら顔の千鳥足になって店を出る。

歩くか。

そう思い、駅から自宅までの4キロちょっとをふらふらと定まらない足元で歩く。そして例の造花までたどり着いて気付く、グリコのカフェオーレが雨晒しになって汚れている。

なんだか可哀想になって、来た道を戻ってわざわざファミリーマートに入った。グリコのカフェオーレを探すが無い。仕方なく、なるべく甘そうな、小さい牛乳パックに入ったカフェオレを買う。そして、彼か彼女に供える。パックの口を開け、ストローを刺して。

私は、なんだか貴方が羨ましい。

そう思いながら、あの日の彼女達のようにしゃがんで手を合わせようとしたが、人目が気になって一礼だけした。

それからしばらくして、車も電車もぼうっと見つめることはなくなった。しかし、強か酔った日の帰り道、私は家族への詫びアイスと、彼か彼女の為にグリコのカフェオーレを買うようになった。

私以外の誰かが供えたままにしているマックのコーヒーのカップや、街路樹から落ちた木の枝も持ち帰って捨てる。

きっと余計なお世話だ、と思っていることだろう。

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