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まっ白のカレンダー

    おちつく

    過ぎるカレンダーは目新しい功績のない日がほとんどで、8月末に最低限の仕事さえ失うから僕はきっとカス。趣味すらある理学療法の勉強と起業のための営業も人嫌いの方が功を奏してスタッフとは反発を繰り返すから業界から求められること滅多にはい。今までの仕事も超のつく変わり者が僕に興味を示しておこぼれと面倒な仕事をもらうばかりのもので運がいいのか悪いのか。この前は片道1時間の訪問の依頼があり「行きますよ泣」と受けた自分は漢だと思う。不思議なのはリハビリで会う患者さんや家族とのコミュニケーションで悩むことは少なく、なんなら普段隠している素も露出して(程度はわきまえながら)、それぞれ持つ障害をなんとかできたらという気持ちが勝手に湧いてくるからある意味天才だということにしている。接遇とか経済のことなど必須項目の常識はかなぐり捨てて、リハビリが大好きというだけの裸同然でこの世に生まれてきたんだ。思い付きで買い、金のない生活を打破するためのロト6はまた外れた。この前「現実を見なよ」とご指摘を受けて、外から見れば何もしていないと判定を受けるのはこれで何回目だろうか。リハビリがしたくても病院や事務所から嫌われてしまえばその機会は失われていく中で、保育園の審査も労働時間がなければ子供の通園が危うい。なんて言い訳や社会への不満は無責任だってもうわかっている。自分のことぐらい自分が肯定できないとこの世から脱落したい気持ちは抑えられず無力さで身の回りのこともサボるばかりだからできるだけ生産的という言葉を好きでいる。目の前の散らかった子供のおもちゃや台所にあふれる皿やフライパンを片付ける家事から始めて、底まで落ちたい気分と何もしたくない体を少しごまかすことができたらせめてもの仕事のスケジュール調整と、文章を書いてみる。カレンダーには乗らない努力を始めて今日も一日自己満足ができたら僕は合格とする。時間の流れは早くて、というか早すぎて年齢を得るのがというより、何もできない日が高速で重なり続けるのが怖い。時間は十分にあったはずなのに増えない財布の中身と、増えない自分の器量。気づけば浪費した時間と白髪の数は数えきれないのだから。暑い夏に流行る怪談話は生活が安定がしているから怖かった。どっぷり将来への不安に浸かってしまえば他に怖いものなくて幽霊だって娯楽だ。それでも何も残らない空白の日常も大切にしなくちゃ。偉人はやり続けることに意味があるというし、文章なら2,3行でも毎日書き続けていれば上達するかもしれないし。売れるか売れないかは誰にも分からないし、というか売れないのが現実と受け入れながらも無関係に自分を止めないことが正解だと思っていて、体力と年齢と頭皮が限界だとしてもまだ成長できると思い込みダンベルの筋トレよりもスマホに書いている、リハビリをしている。そしたら筋肉は弱り痔が再発した。人生はこんなもの。予想外のトラブルはよく起きて両手を挙げて喜ぶことは滅多に起こらない。最近開かれているワールドカップで日本代表が勝てたことは嬉しいけれど僕の人生に関係もない。勝利はフィールドで走るサッカー選手と監督の功績でテレビの前の僕は何もしていないし明日も朝6時に起きることは変わりない。推し活なんて言って他人を応援できる人が羨ましくて、脇目を振れるぐらい自分の気持ちと生活は安定している人だと思ってしまうから、僕はトラブルを愛しこの時期にエアコンが壊れたことを許している。今日も起きた出来事をカレンダーに記入する。何時から何時までどこどこのお宅に訪問リハビリに行って、終われば自宅で夕ご飯のカレーを作り子供を入浴から寝かせつけたとカレンダーの空白に自慢する。決して誰も褒めてくれることはないから、自己満足で歩き続ける。自分で、自分が行ったどんな小さな作業も拾い上げて合格と認める習慣を一日に計100回ぐらい繰り返しスマホに書き込んだら、やっと眠れて午前6時に起きることができる。推すのは自分以外にありえなくて、カレンダーはそんな人の味方。僕しか利用しないそのマス目は白くてところどころに黒い斑点がある。小さな文字で精一杯叫んでいる。



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