「おつきさま、はんばんはー」
八月のある日、もうすぐ一歳八か月になる孫とふたり、物干し場からつづく小さな屋根の上で夕涼みをしていました。ふと空を見上げると、まあるい月が顔をだしていました。
「ほら、トアくん!お月さま!」
抱っこしている私の腕のなかで、孫はキョロキョロと空を探しています。
月を見つけた瞬間、「あ!あ!」と指をさして、ぱぁっと表情が変わりました。
私が「お月さまー、こんばんはー」と言うと、孫も「はんばんはー」と、小さな声でまねをします。
雲に隠れたり、顔をだしたりする月を、孫は目をまんまるにして見つめていました。
月が雲に隠れると「ふー」と息をふき、姿を現すと「きれー」と言います。見えなくなっても、じっと待っていましたが、やがて月は大きな雲に隠れてしまい、なかなか顔をださなくなりました。
「お月さま、でてこないねえ」
「ねんねしたんかなあ」
「トアくんも、ねんねしようか」
何を言っても、孫はだまって空を見上げています。
「ママに、お月さま見てきたよって、言ってこようか」
そう言うと、こっくりうなずいて、ようやく家のなかに入りました。
「トアくん、お月さま見てきたん?よかったね」
娘が笑顔で迎えてくれました。でも孫は、瞬きもせず、娘を見つめています。
何かを言いたそうですが、言葉がでてきません。私は孫の隣にしゃがんで、お話してくれるのを待っていました。
「トアくん、お月さま、きれいやった?」
「どうしたん?」
娘が声をかけても、孫は目をまんまるにしたまま、固まっています。
そのあと、孫は「はんばんはー」と言って、ママにぺこりと頭をさげました。
「トアくん、こんばんはしたよって教えてくれたん?」
今度は娘が目をまんまるにして、笑顔で孫を抱き上げました。何度も何度も頬ずりされている孫は、キョトンとしていました。
長く保育士をしていた私にとって、いつか娘に赤ちゃんができたら、その子のお世話をすることがひそかな夢でした。
パジャマの引き出しの奥には、二十年以上前のマタニティ用品が眠っていました。娘が小さい頃は、「まだ使えそうだから」という理由で、ワンピースや腹巻をそこにしまい込んでいました。
衣替えのたびに目にしながらも、何年も触れることがなかったそれらを、ある年、すべて出して並べてみました。もう二度と出番はないはずなのに、くたびれていない服たちを処分するのは心苦しく、それらを小さな衣装ケースにまとめて、納戸の高いところへ上げました。
いつの頃からか、それは「娘に使ってほしいもの」という、私のささやかな願いに変わっていました。
娘の結婚が決まったとき、私はその衣装ケースのことを思いだしました。でも娘は、結婚前に受けた検査で、自然に妊娠するのが難しい体質だとわかりました。娘自身は、それを受け入れているようでしたが、私は「そんなはずはない」と、まだ諦めたくはありませんでした。
入籍して半年が経とうとしていた、三月末のことです。納戸に雛人形を片付けたとき、あの衣装ケースが目に入りました。娘は新しい生活を楽しんでいて、赤ちゃんの話もしていません。それなのに私は、まだどこかで期待を捨てきれずにいました。
でも、一番上にあるその箱を見上げていると、なんともいいようのない居心地の悪さが、じわじわと広がってきました。
おへその奥がズンと重くなり、全身がかっと熱くなりました。
もう、そのままにしておくことはできませんでした。
背伸びをして手をかけたその箱は、中身以上にずしりと重い感じがしました。
私は高いところから、ゆっくりと衣装ケースをおろしました。
うっすら曇った蓋を開けると、古臭い埃っぽさの奥から、当時使っていた洗濯石鹸の懐かしい匂いがします。防虫剤には「お取り替え」の文字がくっきりと浮かんでいました。
一枚ずつ、服を広げていくと、娘がお腹にいた頃のことが思いだされました。まだ使えると思っていた腹巻は、ゴムが伸び切っています。なんだかおかしくなって、ふっと鼻で笑ってしまいました。
Tシャツやワンピースは、しわを伸ばして、丁寧にたたみ直しました。きれいな服はリサイクルへ、シミが浮き出ているものや腹巻は処分することに。
空っぽになったプラスチックの箱は、当たり前に軽くなっていました。底をゆっくり人差し指でなぞると、小さな埃の塊ができました。指先で丸めてゴミ箱へ。
パチンと蓋を閉めると、高いところへは戻さずに、手の届きやすい場所に置きました。
それから季節が少しだけ進み、汗ばむ日も増えてきた、五月の連休のことです。娘が久しぶりに泊まりにきました。
部屋に入ってくるなり、照れくさそうに「赤ちゃんできた」と一言。
一瞬、誰の話かわかりませんでした。
……赤ちゃんて?誰の?
目の前で笑っている娘と「赤ちゃんできた」が結びついた瞬間、頭が真っ白になりました。「え?」とも「あれ?」ともつかない声ばかりでて、何を言えばいいのかわからなくなっていました。
「ほんとうに?」
「ほんとうのほんとうに?」
娘はふふっと笑ってお腹を小さくさすりながら、私につきだすように見せてきました。
まだふくらんでいない娘のお腹にそっと手をあてたり、なでたりして、私はなかなかその手を離せませんでした。
ふと、「そういえば私、あの衣装ケース、空っぽにしたんだった」と思いだしたのは、娘のつわりも落ち着いて、お腹が少し大きくなりはじめた頃のことです。
後日、娘にその話をすると、
「え?そんな大昔のワンピース、着るわけないやん」
と、あっさり笑い飛ばされ
「そりゃそうや」
と、私もいっしょに笑っていました。
腹巻を買いに行ったときは、なかなか気に入るものがなく、
「あー、お母さんの腹巻、やっぱり使ってほしかったなー」
と、冗談めかして言うと、
「だから、もういいって」
と、またふたりで笑い合いました。
あの夏の日から季節は巡り、もうすぐ二歳半になる孫は、いつのまにか「こんばんは」と正しく言えるようになっていました。
孫はいつも、空に月を見つけると、目を輝かせて、「あ!こんばんは!」と、指をさします。このときの「こんばんは」は、夜の挨拶ではなく、孫のなかでは「おつきさま」のことのようです。三日月でも、半月でも、絵本のなかのお月さまでも、月のかたちに似た小さな紙切れを見つけたときでさえ、大発見!というように「あ!こんばんは!」と教えてくれます。
あのとき空っぽにした衣装ケースは、今、孫のおもちゃ箱になっています。なかには木製レールセットがぎゅうぎゅうに詰まっています。
ふとした瞬間にその箱を見ると、あの日、一枚ずつ服をたたみ直して空にした、静かな時間を思いだすことがあります。
そんなある日、娘が教えてくれました。
窓の外に月を見つけた孫が「あー!ママ!かくれちゃう!!」と、洗濯物を畳んでいた娘を呼びに来ました。
窓を開けて、ふたりで「ふー」と息をふくと、雲のあいだから月が顔をだしました。「きれー」と孫がつぶやくのを聞いて、娘が「リエと見たの、覚えとる?」と尋ねると、「あ、おぼえとる」と返事が返ってきました。
「お月さま見て、なにしたん?」という問いかけには、「こんばんはー」と言い、空を見つめています。この日は、ぺこりと頭をさげることはありませんでした。
今度は娘が「あ!お月さま、かくれちゃう!」と言うと、孫は言いました。「あ、じゃあ、ふ〜したらでてくるよ」。
言われた通りに娘が「ふー」とすると、本当に月が顔をだしました。
孫は「こんばんはー、ばいばーい」と手をふって、自分でカーテンを閉めました。

両脇の積み木やスロープも、かつて娘と息子が使っていたもの
