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母の残した糠床

昨年の暮れに母が亡くなった。前日まで元気に庭掃除などしていたそうで、就寝中に脳溢血を起こしたらしい。

近所に叔母(母の妹)が住んでおり、その叔母から急報を受けた。雨戸が閉まったままで、呼んでも返事がないと言う。僕が駆け付けてチェーン錠をこじ開けて入ったときには、母は既に絶命していた。

90歳だったので、いつかそういう日が来るかもしれないと頭ではわかっていたものの、いざ亡くなると想像していたよりもずっと悲しかった。もう半年経つが、まだ悲しい。月並みだが、晩年の母に孝行しなかったことが、悔やまれてならない。

母は一人暮らしだったので、家は直前まで普通に暮らしていた状態のまま突然に主(あるじ)を失った。冷蔵庫や食品庫の中身はすぐに片づけなければならない。使えそうなストックは自宅に持ち帰ることにして、それ以外は廃棄処分した。

片づけの最後の方に、キッチンの下の扉から、糠床(ぬかどこ)が出てきた。糠床は、どうするか。簡単に維持管理できるようなものではない。庭の隅にでもぶち撒けて土に返すか。心苦しいが、現実的にはそれしかないだろうと思った。


僕の子供の頃、両親は自営業を営んでおり、母が料理に掛けられる時間は限られていた。忙しい中でも、手早く品数もそれなりに作ってくれたが、手の込んだ料理ではなく、味もごく普通のレベルだったと思う。母は、料理が特別上手な方ではなかった。なので、僕には「お袋の味」のような特別な懐かしみはあまりない。

糠床は母が若い頃から丹精にしており、食卓にぬか漬けが並ぶことが多かった。苦しい家計で手軽に一品増やせることが重宝したのだろう。僕は当然にそれを食べていたが、それは我が家では当たり前のことすぎて、子供の僕がそれに何かの特別さを感じたことはなかった。

僕は就職して家庭を持った。仕事や家族のことで一杯になり、盆暮れにしか母の顔を見ないようなことが20年くらい続いた。

母の晩年、通院の付き添いのために月に1,2回実家に帰るようになった。その頃になって母のぬか漬けの味を再認識した。それは僕にとって特別な味だった。スーパーで売っているぬか漬けや、和食屋の定食に付いてくるぬか漬けとは全く比較にならない、美味いぬか漬け。

やがて母は料理を手際良くできなくなり、生協の冷凍食品の配達を頼むようになった。僕が実家に帰ると、昼食にはその冷凍食品を温めて出してくれた。

温め方の説明書きが読めないと言われるようになって、僕もレンジや盛り付けを手伝った。しかし、ぬか漬けだけは、僕が帰るという日には、昼時にちょうど良く漬かるように早起きをして漬けてくれた。僕は「美味い、美味い」と言ってそれをたいらげた。母はきゅうりを切る手際も悪くなり、盛り付けに時間が掛かったが、味は相変わらず最高だった。


母はもういない。糠床は、残念だが、維持管理できないのだから処分するしかない。そう判断した。

しかし気が付くと僕は、その糠床を自宅に持ち帰って来てしまっていた。そしてやはり何もできないまま三日ほど経過した。これ以上放置したら腐ってしまう。どうせ駄目モトだ、姉とふたりでうろ覚えで母のやっていた様子を思い出し、糠床を掻き混ぜて、試しに漬けてみようということになった。

久しぶりに食べたぬか漬けは、母の漬けたほど上手にはできなかったが、間違いなく母の味がした。あたかも母がそこに生きているような気がする。涙が出た。庭にぶち撒けなくて良かった。

糠床を維持するには、冬場でも最低2日に1回はかき混ぜないといけない。その日から、糠床との格闘が始まった。できるだけ余計なことをせずに、2日に1回くらい掻き混ぜて、糠漬けを漬けて、食べた。味は何故か毎回少しずつ違って、安定しない。

1ヶ月ほどすると、糠が減ってきてしまい、勇気を出して生糠を足してみたら、味が全く違ってしまった。こんなことなら母の生きているうちにやり方を教わっておくべきだったと真剣に悔やんだ。母も喜んで教えてくれただろうに。

駄目にしてしまうかと心配したが、ネットで調べた俄か知識で、できる限りの愛情を注ぐうち、10日ほどで味が戻ってきた。糠床は生きている。実際にそこに生きているのは母ではなく、乳酸菌とか酪酸菌とか酵母菌にすぎないが、ともかく生きている。


半年が経ち、糠床はまだ健在である。気温が上がって管理は余計に難しくなってきているが、自分も少しずつノウハウを蓄積して、何とか管理している。苦味が出たらこうする、酸味が強くなりすぎたら、アルコール臭がしたら・・・多少のことでは驚かなくなった。

糠は減っては足すを繰り返しているので、オリジナルの比率はだいぶ低くなっているはず。味も、もう母の作っていた味そのものではなく、我が家の味になってきているかもしれない。

母の糠漬けの味を再現するのは不可能だし、正確に思い出すこともできない。でもまぁ、美味ければいいじゃないか。この夏を乗り切れるかどうか分からないが、できるところまで続けようと思う。

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