
【1000字未満小説】花曇り|シロクマ文芸部
シャボン玉の虹色に、流れる雲が映る。
みよ子が寄り目にしてさらに息を吹き込むと、シャボンはべちょりと潰れてストローの先に液がこぼれた。
「散歩行くぞ」
アパートの前で遊んでいたみよ子に父親の吉三が声をかけた。
吉三は下駄の歯を替えたばかりで機嫌がいい。休みの日は四歳になったばかりのみよ子と近所をぶらつくのが日課だった。
川沿いの土手を経由して、商店街を抜けて駅まで歩くのがお決まりのコースだ。吉三の懐具合によってはパチンコ屋に寄ったり、踏切の先にある売店で競馬新聞を買うついでにアイスを買ってやることもあった。
みよ子は引き戸脇の牛乳箱にシャボンの道具を片付け、ご不浄に行ってからズックを履き直した。
🫧
川べりの桜は昨夜の雨に花びらを盛大に散らしていた。空は白く霞んでいる。
ガッ ゴッ ガッ ゴッ
一面に敷かれた花びらを吉三の下駄が無遠慮に踏みつけて行く。
みよ子は薄桃色の地面に目を見張った。縁に花びらを溜めた水たまりをのぞき込む。水にセピアの枝が揺れ、花びらが舞ったかと思うとそれはぽつんと白いモンシロチョウだった。
先を行く吉三がみよ子を呼ぶ。その声に被せるように救急車が通り過ぎた。
商店街を進むと踏切の警報音が聞こえてきた。カンカンカンと鳴り止まず、人々は何事かをささやいている。
吉三はみよ子の手をぎゅっと握りしめた。
「公園に行くぞ。ロバのパン屋がいるといいな」
🌸
商店街を逆戻りして公園に向かうと、すでにたくさんの親子で賑わっていた。
一人の父親が流行りの写真機を構えている。景気が上向いてるとはいえ、工場勤めの吉三にはまだまだ手が出ぬ代物だった。
ロバのパン屋はいた。メロンパンと三角パックのコーヒー牛乳を買い、空いたベンチにみよ子を座らせる。
吉三は立ったまま胸ポケットから青いハイライトを取り出し、三本しか残っていないのに気づくとそのままポケットにねじ込んだ。
「お父さん、もう食べれない」
みよ子が半分になったメロンパンを差し出す。
花曇りの空は人の心をメランコリイにさせるのだろうか。
タバコを吸うはずだった口がザクザクとメロンパンをほおばり、下駄の鼻緒には花びらがついている。どちらも自分には分不相応な甘さだと吉三は思う。そしてくすぐったいような哀しいような気分になってメロンパンを飲み下した。
(約960字)
シロクマ文芸部さんの企画に参加します。よろしくお願いします。
とくに何も起こらないお話です。
昭和感を出してみましたが伝わりましたでしょうか。。。
写真機ですのよ、お父さん。笑
サムネ画像は さわこ様にお借りしました。ありがとうございました。