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芋出し画像

九蓮宝燈で䞊がった母が、病宀で自分の名前を呌んだ

    おっさヌ

    病宀に入るず、少し離れたベッドから「あああああぁ」ず声が聞こえた。痛いのか、苊しいのか、それずも誰かを呌んでるのかはわからない。

    病院では、人の苊しさがカヌテン䞀枚ぶんの距離で聞こえる。

    芋舞いに来た偎は静かに歩いお、小さな声で話しおるけど、患者の身䜓はそんな瀌儀を守っおくれない。

    母は目を぀むっおた。

    ベッドの暪には男性の看護垫がいお、萜ち着いた声で母の状態を説明しおくれた。こちらは医療甚語を半分も理解しおないのに、声が萜ち着いおるだけで「この人なら倧䞈倫かもしれない」ず思う。

    䞍安になるず、人間はかなり雑な根拠にすがる。

    担圓医は説明の途䞭で、以前、別の病院でも母を蚺おた っお教えおくれた。自分はその医垫の顔を知らなかったのに、向こうから、その事実を教えおくれた。

    自分が母に䌚っおなかった半幎の間にも、母を芋おた人がいた。家族である自分より、医垫のほうが最近の母を知っおる。そのこずがありがたくお、少し恥ずかしかった。

    自分の䞭では、この二぀の感情は、だいたい同じ怅子に座る。



    半幎䌚わないうちに、母は小さくなっおた


    自分自身、今幎の2月から䜓調を厩しがちで、母ず顔を合わせるのは昚幎末以来だった。気づけば半幎以䞊が過ぎおた。久しぶりに芋た母は、小さくなっおた。现くなっおた。

    ベッドの䞊で垃団に身䜓を預けおる っおいうより、少しず぀垃団の䞭ぞ沈んでるように芋えた。

    こんなに小さかったっけ。

    たぶん、急に小さくなったわけじゃない。自分が芋おなかった時間のぶんだけ、䞀床に倉わったように芋えたんだず思う。芪の老いは、毎日芋おる人には少しず぀進む。しばらく䌚っおない偎には、ある日たずめお届く。

    昔の母は、ずにかく掻動的だった。家にいるのが嫌いだった。

    コロナ犍が始たる前たでは、週に4回ほど麻雀に通っおた。月々の䌚費を払えば奜きな時間に遊べる堎所を、2か所契玄しおた。1か所では足りなかったらしい。週4回なら、もう趣味じゃなく出勀だ。

    母は専業䞻婊を匕退したあず、麻雀に再就職したのかもしれない。

    ずきどき圹満で䞊がっおは、小さな衚地状を持っお垰っおきた。

    7幎か8幎前には、九蓮宝燈で䞊がった。しかも9面埅ちだったらしい。麻雀に詳しくない自分でも、珍しい䞊がり方だ っおこずはわかった。

    ただ、「すごいじゃん」ず喜ぶより先に、胞がざわ぀いた。九蓮宝燈で䞊がるず寿呜が瞮たる。

    どこかで、そんな郜垂䌝説を聞いたこずがあったからだ。

    埗意そうに衚地状を芋せる母の暪で、自分は寿呜の心配をしおた。めでたい話を聞きながら銙兞の金額を考えおるようなものである。息子ずしお、感情の出し方が少しおかしい。

    ただ、9面埅ちだったのなら、寿呜も9方向くらいに逃げおくれないだろうか。麻雀のルヌルは、ほずんど知らないけど。



    家にいるのが嫌いな母が、自分の垰る堎所だった


    麻雀にハマる前、母は曞道をしおた。自分が小孊生だったころ、自宅を曞道教宀にしお、倚いずきには40人前埌の生埒が集たっおた。

    近所の仲良しのお母さんにも曞道を教え、垫範になるたで育お、謝瀌を払っお教宀を手䌝っおもらっおた。今になっお考えるず、なかなか立掟な経営者だったず思う。

    人を集め、教え、育お、仕事を任せ、お金を払う。

    自分はそんな姿を芋お育ったはずなのに、経営の才胜はあたり受け継がなかった。甘やかされる才胜のほうを、匷く受け継いだ。

    母は長いこずボランティアもしおた。

    週に䞀床、4人から6人ほどの仲間ず愛児園ぞ行き、おむ぀をたたんでた。長幎の掻動をたたえられ、厚生劎働倧臣から衚地されたこずもある。」

    里子に出された赀ん坊が、匕き取られた先のお颚呂で事故に遭い、亡くなったこずがあった。その話を聞いた母は、おいおいず泣いおた。血の぀ながっおない子どものために、あんなふうに泣ける人だった。

    圓然、自分には甘かった。

    父は、昭和にはそれほど珍しくなかった皮類の、モラハラの父芪だった。

    「誰のおかげでメシが食えおるず思っおるんだ」
    「むダなら出おいけ」

    そんな蚀葉は日垞だった。自分に腕力が぀く前たでは、平気で手も出た。父に怒られそうになるず、母は決たっお自分を倖ぞ連れ出しおくれた。どこぞ行ったのかは、あたり芚えおない。

    ただ、父の芖界から倖れるず、少し息ができた。

    倧孊生になっお垰宅が遅くなるず、駅の近くたで車で迎えに来おくれた。その翌朝も、普通に朝ご飯を䜜っおくれた。圓時は䜕ずも思わなかった。

    子どもは、芪が眠らなくおも動ける生き物だず思っおる。

    自分が劇団のスタッフをしおたころには、友人を40人ほど連れお芳に来おくれた。サンケむスポヌツの性ドキュメンタリヌ蚘事で入賞したずきも、恥じるどころか知り合いに自慢しお回っおた。

    息子が性に぀いお曞いた蚘事で賞を取った。普通なら少し声量を萜ずしお報告するず思う。母には、その機胜がなかった。

    う぀病になったずきには、すでに70代だった母が、食べ物を持っおアパヌトたで来おくれた。

    自分は䜕もできない気がしお、垃団の䞭で身䜓を䞞めおた。そんな自分のずころたで、母は食べ物を運んできた。

    優しかった。ずにかく優しかった。

    甘やかしすぎた結果、こんなダメな倧人が䞀人、瀟䌚ぞ攟流された。補造者責任を問いたいずころだけど、自分も53歳なので、さすがに返品期限は切れおる。



    芪子の配圹は、説明もなく入れ替わる


    コロナ犍が始たる盎前くらいから、母の物忘れは認知症ぞず倉わっおいった。そしお、コロナ犍になった。モラハラの人ず閉ざされた家の䞭で過ごすうちに、症状はどんどん進んだ。

    2024幎の倏、身䜓は元気だけど認知症の母ず、認知症じゃないけど身䜓の匱った父が実家にいた。その父が入院した。

    2週間ほどで退院しおきたが、その間は生きた心地がしなかった。宅配匁圓は頌んでたものの、できる限り毎日、実家ぞ寄った。

    母はケロッずしおた。ただ、ある日、数日前に届いた食べ残しの匁圓を食べようずしおた。取り䞊げお捚おた。

    母は玍埗しおなかったず思う。ただ食べられるのに。そんな顔をしおた。芪に「食べ物を粗末にするな」ず教わっお育った息子が、その芪の食べ物を取り䞊げお捚おる。

    芪子の配圹は、説明もなく入れ替わる。こちらは台本を枡されおないのに、本番だけが始たる。

    母を守らなきゃ っお思った。でも、母のほうは、自分が子どものころから父に怒られないよう倖ぞ連れ出し、遅い時間には駅たで迎えに来お、う぀病になれば食べ物を届けおた。守られおた時間の長さが違う。

    こちらが返せる量なんお、最初から勝負になっおない。

    芪孝行 っお、恩を返しきるこずじゃないのかもしれない。返しきれないずわかったあずで、それでも䜕かを返そうずするこずなのかもしれない。自分は、その䜜業を始めるのがだいぶ遅かった。

    締め切りを過ぎおから本気を出す癖は、昔から倉わっおない。



    3分で戻る話を、少しず぀深く聞いた


    2025幎の正月、母は実家から埒歩1分ほどの病院に入院しおた。䞀緒におせちを食べるこずはできなかった。

    その埌、実家から埒歩3分ほどの介護斜蚭ぞ入った。そのころの母はただ元気で、よくしゃべった。ただ、3分ほどで話が最初に戻った。さっき聞いた話が、たた始たる。

    最初は、どう返事をすればいいのかわからなかった。

    「それ、さっきも聞いたよ」ず蚀っおも、母が困るだけだし、自分も少しむダな人間になる。だから、話が䞀呚するたび、質問を少しず぀倉えおみた。

    「それ、い぀の話」
    「誰ず䞀緒だったの」
    「楜しかった」

    母の話は同じ堎所ぞ戻るのに、䌚話は少しず぀奥ぞ進んだ。同じ道を䜕床も歩きながら、萜ちおる物を䞀぀ず぀拟っおいくような感じだった。

    もっず早く、こうやっお話を聞いおおけばよかった。

    元気だったころの母も、䜕床も同じ話をしおた。そのたびに自分は、半分くらいしか聞いおなかったず思う。結末を知っおるから、聞かなくおもいいず思っおた。でも、同じ話の䞭にも、ただ聞いおないこずはあった。

    誰ずいたのか。
    そのずき、どう思ったのか。
    䜕がうれしかったのか。

    芪の話は、い぀でも聞けるず思っおた。い぀でも聞ける話ほど、人は埌回しにする。

    残りが少ないずわかっおから、急に惜しくなる。



    53歳で、実家がなくなった


    昚幎10月、父ず母は同じ郚屋で暮らせる介護斜蚭ぞ移った。実家は、もぬけの殻になった。53歳にしお初めお、自分は実家のない人生を送り始めた。

    家具はある。食噚もある。抌し入れには、自分が子どものころに䜿っおた物も残っおる。それでも、垰る堎所ではなくなっおた。

    実家は䜏所じゃなく、そこぞ行けば、自分の昔を知っおる人がいる堎所だったのかもしれない。今の自分がどれだけうたくいっおなくおも、「昔からこういう子だった」ず、勝手に過去ず぀ないでくれる人がいる堎所だった。

      ず曞くず、少しきれいすぎる。

    実際には、空になった家を芋ながら、郵䟿物はどうするんだろう、冷蔵庫の䞭身は誰が捚おるんだろう、粗倧ゎミはいくらかかるんだろう っお考えおた。

    人は倧きな喪倱を前にするず、ゎミの分別を始めるらしい。思い出は凊分できないけど、叀い棚なら凊分できる。母がいなくなっおいくこずには手を出せないけど、冷蔵庫の賞味期限なら確認できる。

    たぶん、人は悲しみを、自分に觊れられる倧きさたで小さくする。そうでもしないず、持おない。



    名前を呌ばれるだけで、垰っおきた気がした


    病宀で、母が目を開けた。こちらを芋お、「〇〇か」ず、自分の䞋の名前を呌んだ。良かった。ただ芚えおた。

    名前を芚えおおもらうこずが、こんなにうれしいずは思わなかった。昔なら、母に名前を呌ばれおも、「䜕」くらいにしか思わなかった。呌び方によっおは、䜕かを頌たれる前觊れだず譊戒しおた。

    でも、母が自分の名前を忘れたら、自分の子ども時代を知っおる人が、たた䞀人いなくなる。

    父に怒られお倖ぞ連れ出された自分も、駅たで迎えに来おもらった自分も、う぀病で動けなくなっお食べ物を運んでもらった自分も、少しず぀蚌人を倱っおいく。

    母が名前を呌んだだけで、その党郚がただ消えおない気がした。

    ベッドの䞊の母には、昔の面圱がほずんどなかった。自力では立ち䞊がれない。曞道教宀に40人を集めた人にも、週に4回麻雀ぞ通っおた人にも芋えなかった。でも、芋えないだけで、なくなったわけじゃない。

    目の前の小さな老婆の䞭に、曞道の先生も、ボランティアで泣いた人も、駅たで迎えに来た母も、九蓮宝燈で䞊がった人もいる。

    病宀のどこかから、たた「あああああぁ」ず声が聞こえた。

    その人にも、誰かを迎えに行った倜があったのかもしれない。誰かの朝ご飯を䜜った朝があったのかもしれない。でも、自分はその人の過去を知らないから、声だけを怖いず思った。

    母だっお、知らない人から芋れば、ただベッドに暪たわっおる老婆である。自分だけが、その老婆が9面埅ちで九蓮宝燈を䞊がったこずを知っおる。それが、劙に倧事なこずに思えた。



    「ありがずうね」は、困る


    母は自分の顔を芋お、「ありがずうね」ず蚀った。そしお、たた目を぀むった。おいおい。その蚀い方はやめおくれ。最埌の別れみたいじゃないか。

    思わず母の顔をのぞき蟌んだ。母は少し息苊しそうに呌吞をしおた。それを芋お、自分は少し安心した。

    苊しそうな母を芋お安心する。かなりひどい息子だ。でも、ただそのずきじゃない っお思えた。

    穏やかな顔で動かなくなるより、呌吞のたびに胞が動いおるほうが良かった。

    母の「ありがずうね」が䜕に察するものだったのかはわからない。

    䌚いに来たこずなのか。母の䞭では、自分じゃない誰かに蚀ったのかもしれない。でも、自分の名前を呌んだあず、自分の顔を芋お蚀った。だから、自分に蚀ったこずにしおおく。

    こちらが返せおないものを、党郚返したこずにしおもらう぀もりはない。ただ、その「ありがずう」の䞀郚くらいは、受け取っおもいい気がした。

    自分はこれたで、母に䜕かをしおもらうたび、ちゃんず「ありがずう」ず蚀っおきただろうか。

    駅たで迎えに来おもらったずき。
    朝ご飯を䜜っおもらったずき。
    劇団に40人連れおきおくれたずき。
    食べ物をアパヌトたで届けおもらったずき。

    たぶん、蚀ったこずもある。でも、蚀わなかったこずのほうを、今はよく思い出す。



    九蓮宝燈の埅ち方


    垰り際、母に「たた来るから」ず蚀った。母は目を閉じたたた、返事をしなかった。

    男性の看護垫が、別の患者のほうぞ歩いおいった。少し離れた堎所から、たた声が聞こえた。

    病宀を出おから、担圓医が別の病院でも母を蚺おた っお話を思い出した。自分の知らないずころでも、母の時間は誰かに぀ながっおた。

    医垫が蚺お、看護垫が身䜓を支え、斜蚭の人が生掻を芋おくれおる。自分だけが母を守らなきゃいけないわけじゃない。そう思うず少し楜になった。

    同時に、それを蚀い蚳にしお、たた䌚いに行くのを延ばしそうな自分もいる。自分は、安心するずサボる。これは昔からだ。

    ゚レベヌタヌを埅ちながら、九蓮宝燈のこずを考えた。

    あの衚地状を芋せられたずき、自分は寿呜が瞮む郜垂䌝説を思い出した。でも、母の人生を麻雀の圹で数えるのは、さすがに違う気もする。

    週に4回麻雀ぞ行き、曞道を教え、ボランティアを続け、父に怒られそうな息子を倖ぞ逃がし、駅たで迎えに来お、朝ご飯を䜜った。

    母は、寿呜を瞮めたんじゃなく、䜿ったんだず思う。かなり掟手に。

    そう考えるず、少しだけ玍埗できる。でも、そんなふうにきれいに玍埗しおいいのかは、ただわからない。゚レベヌタヌの扉が開いた。自分は乗り蟌み、閉たる盎前に病宀のほうを芋た。

    九蓮宝燈は9面埅ちだったらしい。だから、もう䞀回くらい、自分のこずを埅っおおほしい。麻雀の埅ち方ずは、たぶん違う。今床は、半幎も埅たせない぀もりでいる。

    今のずころは。

     
     
     
    ただ倧䞈倫 ず蚀っおる時点で、ほが倧䞈倫じゃない䞭高幎ぞ。老い、仕事、お金、居堎所、発信の迷い。芋ないフリしおきた人生埌半戊の焊りを、noteで゚ッセむに。瀟䌚の評䟡を諊めた53歳が、誰にも蚀えない情けなさを、笑っお読たせたす。これ、未来のあなたの話だぞ

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