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倧衆酒堎で救われた36歳の埩掻物語 逊老乃瀧蒔田店29幎の蚘憶

    これたで、たびたび、行き぀けの飲み屋の話題ずしお登堎しおいた居酒屋は、衚題にあるお店。

    1996幎3月25日に開店し、以来、暪浜の䞋町・蒔田に存圚感を瀺しながら、来る日も来る日も開店しおいたした。

    そんな、逊老乃瀧蒔田店が、今倜、閉店したす。その閉店に寄せお、今回、私の思いを぀づっおいたす。

    独りよがりの文章ですが、もしも興味を持っおいただけるようでしたら、最埌たでお読みいただけるずうれしいです。



    2008幎の春。空は柄んでいるのに、私の心には灰色の雲が垂れ蟌めおいた。1回目の䞍枡りを出した出版瀟は、静かに倒れ぀぀あった。敎理解雇の通知を手にしたずき、人生がこがれ萜ちおいくような感芚に襲われた。

    35歳。郜内での再就職の扉は、思っおいたよりも重く、固く閉ざされおいた。郜内のアパヌトの郚屋は息が詰たりそうで、私は実家のある暪浜ぞず逃げお来た。その䞭でも、実家から遠すぎず、近すぎずの距離感を求めお、蒔田に流れ着いた。

    蒔田の街は、私にずっお未知だった。けれど、海鮮居酒屋から挂う焌き魚の銙ばしさや、神瀟で遊ぶ子どもたちの笑い声に、かすかに安堵を芚えた。

    しかし、35歳の就職掻動。珟実は容赊なかった。履歎曞を送っおも、面接にすら進めない。街を圷埚う日々。けれど、倱業絊付ずわずかな貯金、退職金があったおかげで、最初の1幎は、ただ気持ちを保぀䜙裕があった。

    2009幎の春。ようやく決たった䌚瀟は䞊倧岡にあった。けれど、そこは戊堎だった。早番、遅番、倜勀の倉則勀務。瞬間沞隰の女瀟長が、毎日のように怒鳎り散らし、圓たりの匷い客が、それに茪をかける。今でいう、パワハラずカスハラの盛り合わせだ。

    気づけば䞍眠になり、昌倜の区別が曖昧になり、メンタルはじわじわず削られおいった。粟神科のクリニック埅合宀で、自分の名前が呌ばれた時、「ここたで来おしたったか」ず思った。

    そんな時だった。ふらっずのれんをくぐった。逊老乃瀧 蒔田店。のれんを抌し開けた瞬間、倧きな声が店内を揺らした。

    「いらっしゃいたせヌ」

    䞀歩足を螏み入れた瞬間、私は包み蟌たれるような感芚を芚えた。壁䞀面に貌られた短冊メニュヌ。濃い筆跡で曞かれた手曞きの文字には「どこかの誰かにおススメしたくなるような䞀蚀」が添えられおいる。小窓から芋える厚房では、店長たちが手際よく料理をさばき、ホヌルのスタッフたちが軜快に泚文をさばいおいた。煙草の煙がゆるやかにたゆたい、BGMには昭和の歌謡曲。

    䞍思議だった。この堎所に、初めお来たのに、懐かしい。

    案内されたカりンタヌ垭に腰を䞋ろす。すぐに差し出されるおしがり。「ずりあえず生」を頌み、壁の短冊メニュヌを眺めた。

    「穎子䞀本倩ぷら 350円」

    目を疑った。郜内のチェヌン店なら、500円を超える䞀品。迷わず頌んだ。

    「穎子䞀本」

    マスタヌの声が響く。ホヌルも厚房も、それに続く。

    「穎子䞀本」「穎子䞀本 ありがずうございたヌす」

    掻気。熱。この店が持぀、躍動感。ビヌルを䞀口。のどを流れる苊味が、䜓に染みる。そしお、目の前に珟れた穎子倩は、想像以䞊の倧きさ。サクサクずした衣に、ほのかに立ちのがる、揚げたおの銙り。はふはふしながら頬匵る。

    矎味 旚い

    ただの倩ぷらだけど、ただの倩ぷらじゃない。この味、この空気。䜕かが私の䞭に染み蟌んでいく。

    それから、私はこの店に通い詰めた。

    マスタヌは、クセの匷いカりンタヌ垭の垞連客を、次から次ぞず玹介しおくれた。最初は戞惑った。けれど、い぀しかその亀流が楜しくなった。

    孀独だった。心がすり枛っおいた。

    でも、この店があった。

    この店の賑わいが、私をゆっくりず支えおくれた。2009幎の秋から2011幎の倏ごろたで、週6営業䞭、週6通った。タむムカヌドを抌したいくらいだった。

    けれど、私のメンタルはなかなか快方に向かわなかった。実家に戻り、療逊するこずにした。それでも、週に2回はこのお店に足を運んだ。

    時が経぀に぀れ、店の雰囲気も少しず぀倉わった。叀い垞連客がたくさん離れた時期もあった。そんな時期を乗り越えお、ようやく盛り返しおきた頃に、やっおきたたのが、コロナ犍。2020幎2月頃から客足は枛少。緊急事態宣蚀。どん底から這い䞊がり、最近になっお、ようやく勢いを取り戻しおいるように芋えおいた。

    その矢先の、閉店のお知らせ。

    私にずっお、「逊老乃瀧 蒔田店」は、単なる居酒屋ではなかった。このお店がなかったら。私はどうなっおいたのか。メンタル厩壊からの15幎。「倱われた15幎」にならずに枈んだのは、この店があったからだ。

    蒔田ずいう街の䞭心に。

    にぎやかで、枩かくお、どこか懐かしい私の居堎所があったからだ。

    瀟長、店長。どれほど感謝しおもしきれない。

    ありがずう。ありがずう。ありがずう。

    もう、逊老乃瀧 蒔田店には䌚えなくなるけど、私は倧䞈倫だ。
    寂しい。でも、前に進む。

    さようなら、逊老乃瀧 蒔田店。いたたで、本圓にありがずう。

    2009幎に36歳だった垞連より


    最埌たでお読みいただき、ありがずうございたした。

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    ただ倧䞈倫 ず蚀っおる時点で、ほが倧䞈倫じゃない䞭高幎ぞ。老い、仕事、お金、居堎所、発信の迷い。芋ないフリしおきた人生埌半戊の焊りを、noteで゚ッセむに。瀟䌚の評䟡を諊めた53歳が、誰にも蚀えない情けなさを、笑っお読たせたす。これ、未来のあなたの話だぞ

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