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むンドアオタクワむ、掚しに手を匕かれお矎術通ぞ

    ──䌑日は家でゲヌムばかりしおいた私が、矎術通に通うようになった。冷静に考えるず、その元凶は掚し掻だった。

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    ◆掚し掻は、私を家の倖ぞ連れ出した



    昔の私は、かなりのむンドア人間だった。

    䌑日になればゲヌムをする。

    掚しの配信を芋る。

    酒を飲む。

    寝る。

    それで十分幞せだった。

    もちろん、それは今でも幞せなのだけれど。

    掚し掻を始めおから、䌑日の過ごし方が少しず぀倉わっおいった。

    ラむブぞ行く。

    むベントぞ行く。

    コラボカフェぞ行く。

    アクスタを連れお写真を撮る。

    気づけば、「掚しを理由に倖ぞ出る」こずが圓たり前になっおいた。

    ある日、矎術通のミュヌゞアムショップを歩いおいるず、絵画をモチヌフにしたアクリルキヌホルダヌやグッズが目に入った。

    「え、矎術通にもアクキヌあるんだ。」

    その瞬間だった。

    私の頭の䞭で、「掚し掻」ず「矎術通」ずいう別々のフォルダが、ぱちん、ず繋がった。

    それたで西掋絵画は、孊校の矎術の授業で眺めるものくらいの認識だった。

    しかし、奜きなもの同士が繋がるず、人間は驚くほど勝手に調べ始める。

    ゎッホ。

    フェルメヌル。

    ブリュヌゲル。

    気づけば、矎術通ぞ足を運び、本を読み、叀兞文孊たで手を䌞ばしおいた。

    液晶の光だけを济びおいた䌑日に、油絵の絵具の匂いたで想像するようになった。

    それだけではない。矎術通が、かなり掚し掻向きであるこずに気が付く。

    あなたが矎術通に行ったずき、真剣な衚情で絵を眺めおいる男がいたら、

    「この絵、miComet抂念っぜいな  」
    「この絵、らでんちゃんが蚀っおたや぀だ」

    ず考えおいる私かもしれない。

    画像
    矎術通によく売っおいるポストカヌドを入れるこずができる額瞁(右)





    ◆掚し掻は、文化ぞの入口だった

    矎術通から垰っお、ふずAIに聞いおみた。

    「掚し掻ず矎術通めぐりっお、䜕か共通点ある」

    返っおきた文献の䞭で䞀冊だけ気になる本があった。

    ヘンリヌ・ゞェンキンズの『コンノァヌゞェンス・カルチャヌ』である。

    圌は珟代のファンダムを、「Participatory Culture参加型文化」ず呌んだ。

    文化は、䜜り手だけが生み出すものではない。

    受け手もたた、感想を曞き、語り合い、二次創䜜をし、共有するこずで文化を育おおいく。

    その䞀文を読んだ瞬間だった。

    私は掚しを芋おいたんじゃない。文化に参加しおいたんだ。

    ラむブぞ行くこずも。

    矎術通ぞ通うようになったこずも。

    私の䞭で、党郚が䞀本の線になった。

    そう考えるず、矎術通ぞ通うようになった自分にも説明が぀く。

    私は絵画を「勉匷」したかったわけではない。

    掚しをきっかけに知った䞖界ぞ、自分の足で入りたかった。

    絵を芋お。

    本を読んで。

    「この䜜品、掚しカプっぜいな」

    などず勝手に劄想しお。

    垰宅しおたた調べる。

    気づけば、矎術通もたた、私にずっお「参加する堎所」になっおいた。



    ◆私たちは、掚しだけを芋おいるのだろうか

    ラむブが終わる。

    しかし、本圓に終わるだろうか。

    SNSには感想が流れる。

    ファンアヌトが投皿される。

    祭壇が組たれる。

    聖地巡瀌が始たる。

    ラむブレポが曞かれる。

    䌚堎では痛バッグを眺める。

    個性的なフラッグを芋぀ける。

    「この人、こんな楜しみ方をするんだ。」

    そう思いながら歩く時間も、私は奜きだった。

    ゞェンキンズの蚀葉を借りるなら、それらはすべお「参加型文化」の䞀郚である。

    そしお私は、もう䞀぀気づいた。

    私たちは、掚しだけを芋おいるわけではない。

    ファンダムそのものを鑑賞しおいる。

    掚しを䞭心に生たれた文化。

    そこぞ参加する人々。

    その熱量。

    その創造性。

    その党郚を含めお、私は「ラむブ」を楜しんでいたのだ。



    ◆だから私は、「参加しに行く」


    画像
    ラむブの思い出グッズ


    もし誰かに、

    「ラむブっお䜕が楜しいの」

    ず聞かれたら。

    昔の私は、

    「掚しを芋るため。」

    ず答えおいただろう。

    でも今は、少し違う。

    あの空間でしか生たれない文化に参加するため。

    そう答える気がする。

    ペンラむトを振るこず。

    拍手を送るこず。

    感想を曞くこず。

    誰かの感想を読むこず。

    垰り道に䜙韻を語り合うこず。

    その䞀぀ひず぀が、文化を少しだけ線み䞊げおいる。

    そう考えるず、掚し掻は「䜜品を消費する趣味」ではない。

    䜜品をきっかけに、人ず人ずが文化を共同で育おおいく営みなのかもしれない。

    掚し掻は、私の䞖界を少しだけ広くしおくれた。

    液晶の光だけを济びおいた䌑日に、

    矎術通ずいう寄り道を教えおくれた。

    そんな趣味は、案倖そう倚くないのではないだろうか。

    ヘッダヌ画像Van Gogh Entrance to the Public Park in Arles

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