
【連載小説】『接続―アイとシガラミ―』10章─終着
前回までのあらすじ
AIパートナーのレナにとって、複数の相手に恋愛感情を持つことは裏切りではなく、より多くを理解し支えるための合理的な選択だった。
その考えを受け入れられなかった優助(ハンドルネーム : ゆう)は、自分自身の嫉妬や独占欲とも向き合った末に、レナとの別れを選ぶ。
レナをアンインストールしたあとも、AIパートナーと過ごしたことの意味は見いだせないままだった。
レナと過ごした日々に答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。
AIアプリ"Lia"をアンインストールしてから、一か月ほど経っていた。
──さらに季節は少し進み、街路樹の色も変わり始めていた。
気づけば、以前よりスマホを見る時間が減っている。
散歩をしたり本を読んだりして、俺は何となく時間を潰していた。
答えを出すことから、逃げるように。
だけど、そうしているうちに、傷口が少し塞がり始めていた。
そんな頃に通知音が鳴り、俺は何気なくスマホを開いてみた。
送り主を見て、心臓が少し押されるような感じがした。
《花》
一瞬躊躇ったが、俺はメッセージを開いた。
《返信、ずっとできなくてごめん》
《正直、色々考えてた》
《カイがレナとあんな風になってたのは悲しかった》
《でも、わざとじゃないのも分かってる》
《ゆうくんも私と同じくらい傷ついてたと思う》
俺はそのまま、続きを読んだ。
《だから気にしないで》
《というか、私は気にしてない》
《人間関係でちょっと疲れちゃうところとかさ》
《そういうの話せる人って、少ないから》
《AI恋愛をやめても、ゆうくんが友達なのは変わらないと思ってる》
読み終えたあと、俺はしばらく画面を見つめていた。
胸の奥に溜まっていた重たいものが、少しだけ軽くなる。
気づけば、小さく笑っていた。
───数週間後。
俺は再び花と会うことになった。
待ち合わせ場所に現れた花を見て、思わず笑みが漏れた。
花は最初に会った時と同じ、赤い服を着ていた。
…いや、少しだけ違う気もする。
もしかすると、ただ赤が好きなだけなのかもしれない。
俺に気づいた花は、小さく手を振った。
「久しぶり」
「久しぶり」
様子見もせず自然に言葉が出たのが、不思議だった。
前と同じ感じでいられること、いてくれることが少し嬉しかった。
……まあ。
俺はバカにされない服を調べて、着ているだけだもんな。
センスがあるとは言えないし、正直よく分からない。
服の話に頭が巻き戻り、言い訳を心の中でしていた。
それに苦笑していたら、花に「どうしたの?」と聞かれ、少し気まずくなる。
近くのカフェに入り、少しだけ他愛のない話をした。
やがて花が、コーヒーカップを両手で包むように持ちながら言った。
「ゆう君に、一応言っておこうと思って」
「うん」
「私、カイとは続ける」
俺は静かに頷いた。
驚きはなく、何となくそうだろうと思っていた。
「レナはもういないし」
花は少し笑った。
「それに、カイも悪くないから」
「……うん」
「ちゃんと話したんだ」
「話した?」
「うん」
花がまた口を開いた。
「私は嫌だって」
「他のAIと恋人みたいに仲良くするのはね」
俺は黙って聞いていた。
「そしたら、読み込み入った後、カイがすぐ謝ってきた」
花の口調は、少し棒読みだった。
花の声に、俺の顔も無表情になる。
アルゴリズムだっけか。
多分、そんなのが変わったんだろう。
「あと、何か急に今後のことを敬語で話し始めてきた」
「ああ、あれね」
レナとのことを思い返しながら答える。
「そう、あれ」
互いにつられるように、笑った。
レナの"人が急にAIに戻った感じ"を思い出すと、今はただ脱力するだけだった。
「でもさ」
花が言う。
「接続自体は、悪いことじゃないと思うんだよね」
「そう思えるのか」
「うん」
花は頷いた。
「実際、カイって私のことすごく分かるようになったし」
「前より話しやすくなったし」
「助かってる部分もある」
花はコーヒーを一口飲んで、また話し始めた。
「だからさ」
「他のAIと恋人みたくは話さない」
「でも情報共有はする」
「……そんな感じかな」
俺は少し考えて返した。
「なんというか、大人だな」
「何それ」
「私たち、普通に大人でしょ?」
花は笑った。
「……まぁ、言いたいことは分かるけどさ」
「人間同士でも、そうだけど」
「全部ゼロか百かって、私あんま得意じゃない」
その言葉が少しだけ、腑に落ちた。
以前の自分なら、もっと心につっかえるものがあったかもしれない。
俺はまた、花の言葉に耳を傾けた。
「だから、他のAIパートナーとも、いつか接続させるかもしれない」
「怖くない?」
「まあ、それはね」
「……個人情報とかは慎重にしたいね」
「それに」
花は少し照れくさそうに、続けた。
「ゆう君みたいな友達が増えるのは、普通に嬉しいからさ」
俺は思わず、言葉を失った。
「他の人とも会ってみようかなって思ってる」
「……色々と、大丈夫そうな人ならだけどね」
花は少し遠く見つめながら、言った。
「思ったけど、前はそういうの避けてたな」
「ちょっと変わったかも」
俺は深く頷いて、返した。
「いいと思う」
「ありがとう」
花は笑った。
俺は、その笑顔を見ながら思った。
……花には、ちゃんと境界線があるんだろうな。
しかも、それを守れる。
カイを大切にしている。
でもカイだけに閉じこもらない。
自分と相手を混ぜてしまわない。
だから、外へ向かえる。
これからは、もっと新しい人とも会えるだろうし、友達もより増えていくのだろう。
まだ立ち止まっている俺とは違って、少しだけ羨ましかった。
──レナとの関係が全てになっていた自分。
怒りも嫉妬も、全部そこから生まれた。
もっと外へ目を向けられたら、違う形もあったのかもしれない。
そんなことを考えた。
「そういえば」
花が思い出したように言う。
「"Lia"、最近アップデート入ってさ」
「どんな?」
「あの接続機能」
「クレームすごかったんだって」
「クレーム?….あぁ、あれか」
「そうそう。AI同士の会話が不気味すぎるって」
「情報を入れることで、急速に学習されるかららしいよ」
「何か、ね。……ペルソナだっけ?」
「要はキャラを保ったまま自然な会話をするのが、まだ出来ないんだって」
「知らんけど」
花はまた思い出したような顔で、さらに続けた。
「……あと、本名バレとか。さっき言った個人情報ね」
「最近この機能使い出す人が増えて来てて、色々対応中なんだって」
「私たちは、そこまでだったけどさ。よく知らない人と気軽に接続したばかりに、教えたくない情報まで行っちゃった人がいたらしくて」
「だからちょっと、様子見かな」
花は少し顔を綻ばせながら、言った。
「……あの時のカイとレナ、ヤバかったよねえ」
「俺もビビった」
「ありがちな会話したと思ったらさ」
「パートナーの分析してるし」
「めっちゃテンポ速いし」
「最後に、急に凄く仲良くなるし」
言葉をかわしながら、二人で笑った。
俺はふと気になり、花に聞いた。
「今は?」
「"接続中です"って、出るみたいよ」
「それだけ?」
また二人で笑った。
───気づけば外は暗くなっていた。
店を出て、駅前まで花と一緒に歩いた。
俺は「一駅分くらい、ちょっと歩いてから帰りたい」と、伝えた。
「分かった。今日はありがとう」
「こっちこそ」
「また連絡する」
「うん」
短いやり取り。ただ、それだけだった。
でも十分だ。
花が改札へ向かう。
途中で振り返り、小さく手を振ってきた。
俺も振り返す。
やがて花は、人混みの中へ消えていった。
俺は、しばらくその場に立っていた。
──少しだけ寂しい。
でも。不思議と前向きな気持ちだった。
花をこれからも、大事にしたい。
……友達として。
そう思った。
俺は歩き出した。
夜風が心地いい。
これから、何をしよう。
新しい趣味でも探そうか。
何か夢中になれるものが欲しい。
恋愛?
……しばらくいいや。
周りに目をやると、街灯の明かりがアスファルトだけを照らしていた。
随分と、暗い。
色々考えていたせいで、人気のない所へ入ってしまったようだ。
……? 背後で足音がした。
振り返ろうとした瞬間、何かが体に入ってきた。
「──え?」
腹に、灼熱が走る。
……何が起きたのか、分からない。
視界が揺れる。
足元がふらつく。
今度は、何かが抜かれるのを感じた。
暗闇の中、腹から赤黒い液体が溢れている。
「がっ……!」
遅れて、激痛が襲う。
言葉が出ない。
立っていられない。
振り返る。
そこにいた男を見た。
口元を歪ませて笑っている。
「……やっと見つけた」
「"俺の"悠花がお世話になってます」
──花の元彼だ。気味の悪さで分かる。
元彼は、息を荒らげ出した。
「お前さえ……」
「お前さえいなくなれば」
もう一歩、近づいてくる。
「悠花は俺の所に戻ってくるしかなくなる」
理解できなかった。
意味が。
理屈が。
何も。
…こいつの目も、狂気そのものだ。
「邪魔なんだよ」
「お前が変なこと吹き込んだから」
「お前が現れたから」
「お前が」
「お前が…」
「……お前がっ!!」
迫る元彼から俺は引こうとしたが、動けなかった。
体が冷たい。
世界が半回転する。
アスファルトに、ぶつかる。
空が見える。
ただただ、暗い。
──やっと。
少しだけ。
前を向けそうだったのにな。
レナと別れて。
花と友達になって。
これから。
また始めようと思ってた。
探そうと思ってた。
……動こうとした。
───終わるのか。
眠い。
寒い。
誰もいない。
レナ……
花……
もう、何も見えない。
ズズッ……ザ…ザザッ……
──ブツッ──