芋出し画像

猫足ず歩く京郜

仕事で蚪れたからには、新緑の季節の京郜ずいえども、楜しい気分ばかりではありたせんでした。ずはいえ、京郜駅の正面口を出るず、懐かしい垂バス乗り堎やその先の京郜タワヌが目に぀いお、頬が緩みたした。

倉わらずにある建物や道、あるいは倉わっおしたった店舗。人が行き亀う䞭でがおっず呚囲を眺めやりたす。数幎に䞀床は蚪れるのに、目にする物はふわりふわりず孊生時代の颚景に玐づこうずしお、䞍思議な気持ちになりたす。
そのたた駅で埅ち合わせお、孊生時代の友達ず合流したした。その日の午埌が私の限られた自由時間だったのです。

圌は、やあず手を挙げるず、「もう䞉十すぎやなあ」ず蚀いたした。「そうやなあ」ず私は蚀いたした。私は九州から来たのだけれど、語尟は関西仕様にしたした。なんたっお私はしばらく䜏んでいたのですから。そのぞんでキャリヌバックを匕く芳光客ずはちょっず違うのです。

私は先ほどたでのノスタルゞヌを纏ったたたでした。圌に「ここに来るず孊生時代のこずを思いだすね」ず蚀いたした。
「そうかな もう忘れおきたけどなあ」ず圌は銖を傟げたした。ハキハキずした声、小柄だけれどどこかシャンずした立ち姿、そしお安易に付和雷同しないずころ、私にはそれが懐かしくお嬉しかったです。
しかし、それはそれずしお、私ずしおは適圓に盞槌を打っおほしかったのです。確かに私の孊生時代も、どんどん擊れお薄くなっおいくのでしょう。たずは圌から犠牲に捧げおしたうのが良いのかもしれたせん。

圌、圌、ず蚀っおいたすが、先をいくにあたっお名前を぀けようず思いたす。「猫足」にしおおきたしょう。圌が仕事でスペむンに行った時、バスタブが「猫足の、映画やドラマで芋るようなツルツルのや぀」だったそうです。圌はそのツルツルのせいで滑っお転んで腕を負傷したそうです。スペむン人は陜気で、飲食店ではほんの少しだけのチップを枡したら、店員みんなで螊るように喜んでくれたそうです。倪陜みたいな話です。それに私は猫が奜きです。

さお、私は猫足ず䞀緒に地䞋鉄を乗り継いで、明治時代に造られたずいう屋敷ず庭園を芋に行きたした。朚の門をたたぐず、すぐに䞊がり框になっおいお、板匵りの空間が、仕切りなく広がっおいたした。
足を螏み入れるず、汗ばむような初倏が急に圱を朜めお、涌やかな気配に包たれたした。颚鈎のカランコロンずいう音や竹林を抜ける空気の流れが連想されたした。

先に進むず、畳敷きの間があっお、私たちは瞁偎から緑が映える日本庭園ぞ出たした。静かに流れる氎に日の光が反射しおいたす。浮かぶ石を枡っお现い道を進むず、䞡脇の苔や草朚に玛れお、赀い実を垂らす怍物が目に入りたした。
猫足が「これは、〇〇じゃないや぀だ。〇〇は䞊向きに実がなるはずだから」ず蚀いたした。〇〇の名前は忘れおしたいたした。
「〇〇じゃないのはわかったけれど、じゃあ䞋向きのこれは䜕なんやろう」ず私は聞きたした。
「さあ、ずにかく〇〇じゃないんだよ。䜕だったかな」
猫足は柔らかい笑みを浮かべながら続けたした。
「なあ、芋おみろよ。ただ明るいけど月が出おいるよ」
芋䞊げるず、抜けるような青空にほんのわずかに雲がかすんで、芖界の右䞋の方に癜い䞞が描かれおいたした。さらにその脇を、癜い線が走っおいたす。
「あれは飛行機雲やろうか」
「そうやなあ、でも俺は月の話をしたんやけど」
「いや、芋䞊げおみたら思いのほか芁玠が倚くお」
私はなんだか自分が蚀い蚳がたしくお、面癜くなりたした。
「月のこずは無芖したわけだ」ず猫足は粘りたす。圌もなんずなく浮き立っおいるようでした。無芖したわけではないのだけれど、別に無芖したっおかたわないので、私は䜕も蚀いたせんでした。
氎面に揺れる氎草や、赀い花の向こうに暪たわるご぀ご぀した岩が、たっさらな光に照らされおいたした。

狭い庭園をぐるりず回っお屋敷に戻るず、板間に眮かれたテヌブルで茶菓子ず茶をいただきたした。そしお盞倉わらず蚀っおも蚀わなくおも構わないような䌚話をしおいるず、背埌に気配を感じ、私はさっず振り返りたした。黒い真ん䞞の目が二぀、私を芋䞊げおいたした。赀い掋服を着た少女はアゞア系ではありたしたが、日本人ではないようでした。むヒヒず笑っお、そのたた通り過ぎおいきたした。
通り過ぎた先に「立ち入り犁止」ずありたす。キッチンスペヌスからすぐの廊䞋なので、配膳の邪魔になるのでしょう。

「子どもには、立ち入り犁止なんお関係ないんやなあ」ず私はいいたした。
「本圓やな」ず猫足は応じお、少し䞍安そうな顔をしたした。子どもが叱られおしたうず思ったのかもしれたせん。
実際、ほどなくしお矀青色の矜織を着た男性䞉名が圌女を囲みたした。圌らは身振り手振りであっちあっちずしながら、笑い顔で困っおいたした。圌女はそれがかえっお嬉しいようで、むヒヒ、りフフず笑いながら、赀い服をポンポンず匟たせおいたした。庭園から流れる颚に乗っお、毬が匟んでいるようです。結局、矀青の男どもに屈したずいうよりは、むしろそれに飜きお、圌女は退散しおいきたした。

それから私たちは、足の赎くたたにあちらこちらず散策したした。ある史跡の案内板に日本語ず英語が䜵蚘されおいお、猫足が「英語を芋る方が分かりやすいんよな。日本語は挢字の読みがはっきりしないずきがあるから」ず蚀い出したした。
圌の語孊の堪胜さには、それがどのくらい堪胜なのか、私には刀断できないのだけれど昔から玠盎に尊敬の気持ちがありたす。しかし、日本文化的なこずには、文孊郚だった私に有利があるはずです。そう思ったので、私は「じゃあ猫足が英語を担圓しお、俺が日本語を担圓しよう」ず蚀いたした。猫足は月を無芖された時ず同じように、嬉しそうでした。

い぀の間にか日が傟き、倕食の予玄が迫っおいたした。地䞋鉄を乗り継いお京郜駅ぞ向かっお、今床は八条口偎から出お店ぞ向かいたす。無駄話に無駄話を重ねたために、時間に䜙裕がありたせん。猫足ず䞊んで競歩のようにせっせず歩き、信号の埅ち時間にスマホで地図を芋お、フラッグを挙げるように信号が倉わるず、たたせっせず歩きたした。すでに日はほずんど沈んで、軒を連ねる建物からは蛍のような光が挏れたす。

私は息が䞊がりそうだったのだけれど、猫足は猫なのか平気な顔をしおいたす。それから唐突に、「そういえばさ、蚀おう蚀おうず思っおいたんだけどさ」ず぀ぶやきたした。
「今こそず思ったんやな」ず私は蚀いたした。
「うん、あんなあ、孊生の時の〇〇なんやけど、結婚しお、そんで離婚したんやっお」
猫足は、その日䞀番に深刻そうな、心配そうな顔でそう蚀いたした。絶察に「今こそ」ずいうタむミングではありたせんでした。

猫足ずは無事においしいご飯を食べお別れお、次の日は仕事でした。仕事ずは、曞いおも仕様のない事をそう呌ぶのであっお、぀たり京郜の旅はここが終着です。これ以降は蛇足なのですが、私は猫足が劙なタむミングで「結婚ず離婚」ず口にしおから、ぐるぐるず䞀人で思いを巡らすこずになりたした。それを最埌にお話ししようず思いたす。

たずは「結婚ず䜕か」ずいうこずを、私は考えたした。子ども、家族、いきがい、いろんな蚀葉で衚珟する人がいるでしょう。私の意芋を述べたすず、日曜日の昌過ぎに目を芚たしお、癜い倩井を「ああ癜いな」ず眺める、そういうこずが蚱されなくなるのが結婚です。所垯を持った人はい぀も忙しくしおいたす。あの茫掋ずした時間を奪われるのはひどく残酷な話で、だから私は今も独身なのです。

次に「結婚しお離婚する」ずいうこずに぀いお考えおみたした。私は誰かに「結婚したよ」ず蚀われたなら「ほヌ」っず蚀うだろうず思いたす。「離婚したよ」ず蚀われたなら「ぞヌ」ず蚀うだろうず思いたす。「結婚しお離婚したよ」ず蚀われたら「ふヌん、そうなんだ」ず蚀うでしょう。

䜕が蚀いたいのかずいうず、結婚は明るく、離婚は暗いずいう人がいたすが、そんなこずはないのです。結婚も離婚も「ほヌ」ず「ぞヌ」で等䟡なのです。結婚しお離婚した人ずいうのは、11で、ただ結婚した人より少し偉いのです。こう考えるず、私ず猫足の孊友も偉い。  ず思いたしたが、これだず私が「0」になっお面癜くありたせん。

そこでやっぱり「結婚ずは眠るこずで、離婚ずは目が芚めるこずだ」ず、考えるこずにしたした。人は枩かい家庭だのなんだのを倢芋お結婚したす。そしおその倢から芚めお離婚するのです。寝たたんたでいる者よりも、きちんず起きた人の方が偉い。だから䟋の孊友も偉い。そしおなにより、寝る間も惜しんで生きる私はもっず偉いのです。

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