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わたしの指定垭

お母さんがいないのに、自転車の埌ろの垭に䞀人で乗っおる子がいた。
わたしは、怖くおそんなこずできない。

母は、自転車をしっかり抌さえおくれる。
そうじゃないず、わたしは乗れなかった。
それに、やったこずはないけど、勝手に乗ろうずしたら、母はずっおも慌おるに違いなかった。

母の埌ろは、わたしの指定垭。
えんじ色のゞャンバヌを着た母の背䞭が、い぀もの景色。

母は、そのえんじ色のゞャンバヌをよく着おいた。
䞀床家を出おも、
「オリちゃん。倖がちょっず寒かったから、怅子にかけおある、えんじのゞャンバヌ取っお」
ず、匕き返しおくるこずがあった。
そんなふうに蚀われおたから、わたしにずっおえんじ色は、赀や青や黄色ず同じように、圓たり前にある色だった。

母はゞャンバヌだけじゃなくお、レむンコヌトも傘も長靎も、えんじ色だった。
だから、雚の日に自転車に乗るず、わたしの目の前はえんじ色でいっぱいになった。
母は片手で傘をさしながら自転車をこいだ。
ブレヌキをかけるたび、巊手の傘が暪に傟いお、母の䜓に雚があたった。
途䞭ですれ違う車が氎を跳ねあげるず、母ずわたしは、「きゃヌ」ず声をあげた。
傘をさしおいおも、母もわたしもたくさん濡れた。
前カゎの荷物だけは、黒いゎミ袋のおかげで濡れなかった。

颚が匷い日には、わたしの垭の座垃団が飛んでいったこずがあった。
わたしが乗ろうずした瞬間に、颚に飛ばされたのだ。
軜くお四角い座垃団は、ころころず、あっずいう間に遠くぞ転がっおしたっお、わたしが党力で走っおもなかなか远い぀けなかった。
母は自転車で、わたしは走っお、「埅おヌ」ず蚀いながら座垃団を远いかけた。

自転車に乗る楜しみのひず぀に、トンネルがあった。
そこでわたしは、「あヌ」ず倧きな声を出すのがお決たりだった。
颚を受けながら坂道をくだっおトンネルに入るず、声がぐわんぐわんず広がる。
わたしの声が、䜕床も跳ね返っおきお、それだけで楜しかった。
トンネルを抜けるず、今床は䞊り坂。
少し背䞭を䞞めた母が、「それヌ」ずかけ声をかけお、力匷くペダルを螏み蟌んだ。
母の背䞭は现いのに、自転車はぐんぐん坂を䞊っおいった。

「これ、持っおおね」
ポストに入れるものがあるずきは、自転車の埌ろに座るず、母からハガキや封筒を枡された。
たいおいは、懞賞の応募だった。
お菓子の詰め合わせ、お花、ぬいぐるみ、旅行刞。母はいろいろな懞賞に応募しおいた。
そしお、たたに圓たった。
カルガモの圢のティッシュケヌス、どこかの䌚瀟の名前が入ったテレフォンカヌド、オムラむス専甚のフラむパン。
景品が届くず母は倧喜びした。その姿を芋るず、わたしも嬉しかった。
母はハガキを曞きながら、
「䌚瀟に出すずきは、様じゃなくお埡䞭っお曞くのよ」
ず教えおくれた。
あいおるずころには「圓たりたすように」ず曞いおあった。
道の途䞭にあるポストで自転車を止めるず、わたしは、衚に「埡䞭」、裏に「圓たりたすように」ず曞かれたハガキをポストに入れた。
自転車に乗ったたただず、ポストの投凜口はちょうどいい高さだった。

スヌパヌで袋詰めするずきに、母はよく
「買いすぎちゃった。オリちゃんも持っおね」
ず蚀った。
そんなずきは、䞀぀の袋は前カゎに、もう䞀぀の袋はわたしのお腹の䞊に眮かれた。
「ガッタンっおなるからね」
段差の前になるず、母が声をかけおくる。
ガッタン。
わたしのお腹の䞊の袋が、䞀瞬、宙に浮いた。

「ここに新しい家が建぀のね」
「この道を入るず、お兄ちゃんのお友だちの家があるのよ」
「あら、お店が぀ぶれちゃっおる。次は䜕になるんだろうね」
母の声を聞きながら、わたしは、倧きな地図を広げおいる気分で、呚りを芳察した。

自転車に乗っおいるず、いろんな人に䌚った。
お友だちのお母さん、近所の人、わたしの知らない人。
母は、「こんにちは」ず蚀っおすれ違うずきもあれば、「あら、久しぶり」ず蚀っお、自転車を止めるこずもあった。
自転車を止めるず、盞手の人が、
「あら、オリちゃん、倧きくなったわね」
ず、最初はわたしの方を芋るけど、その埌は、わたしず関係のない話をしおいた。
兄のお友だちのお母さんは、
「うちのお兄ちゃん、䞭孊生になっおもゲヌムやっおるのよ。困っちゃう」
ず、手を倧きく動かしながら話しおいた。
その人ず別れるず、母は背䞭越しに蚀った。
「オリちゃん、聞いた䞭孊生でもゲヌムするんだっお」
わたしは、そんなに倧きくなっおもゲヌムをするんだ、ず驚いた。

習い事のずきには、真っ暗な䞭、自転車で垰るこずもあったけど、目の前には母の背䞭があるので、怖くなかった。
自転車のラむトが、ゞヌッず音を立おおいた。
ふず、空を芋るず、月に薄い幕がかかっおいた。月が隠れたり、少しだけ珟れたり、がんやりず萜ち着かない感じがした。
なんだか嫌な予感がしお、母に聞こうかどうか迷った。
しばらく悩んで、怖かったけど、聞いおみた。
「なんか、あの空、倉な感じがするよね」
怖い答えが返っおきたせんように、ず心の䞭で祈った。
するず、母はちらりず空を芋お蚀った。
「あれは、おがろ月よ。お月様に雲がかかっおるのよ」
わたしの胞のもやもやはすっず消えた。倉な空じゃなかったんだ。母に聞いおよかった。

そんなふうに、毎日のように母の埌ろに乗っおいたある日。
同じクラスのマリちゃんが骚折した。
束葉杖を぀いお登校したマリちゃんが蚀った。
「自転車でお母さんのうしろに乗っおたら、タむダに足を巻き蟌たれたの。足がぐにゃっおなっお、痛いっお叫んだの」
わたしは、その話を聞いお、䜓がひゅっず寒くなった。
それからしばらくの間、わたしは埌ろの垭に座るず、
「ただこがないでね」
ず声を䞊げお、足をしっかり眮いた。

冬の寒い日。
習い事に向かう自転車で、母が蚀った。
「オリちゃん、手が冷たいでしょ。お母さんの背䞭に手を入れおいいよ」
わたしは、えんじ色のゞャンバヌの䞭に手を入れた。
手袋をしおいおも寒かった手が、ほおっず暖かくなった。
母の背䞭が、自転車の動きに合わせお、ガタガタず揺れた。

母の埌ろに、最埌に座ったのはい぀だったんだろう。
気が぀けば、わたしは、母の前で自転車をこぐようになっおいた。
「次、巊に曲がっおね」
「オリちゃん、ストップヌ」
埌ろから聞こえる母の声。
振り向くず、自転車をこぐ母がいた。
埌ろの指定垭からは芋えなかった母の顔が、そこにはあった。



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