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インタビュー・シリーズ<フィンドホーン>with アイリーン・キャディ(3)  ~内なる静けさの中に真実はある~

    1999年11月、フィンドホーンにおける日本人向け体験週間プログラム中、当時82歳でありながら早朝に瞑想を日課とするフィンドホーン共同体の共同創設者アイリーン・キャディさんにお会いし、私たちの人生や日常に瞑想を取り入れていくための有意義なお話を聞く機会を得た。

    <瞑想の静寂の中で内なる神の声を聞く>
      私が最初に内なる神の声を聞いたのは45年前のこと、瞑想をしているときでした。それは「心を静めなさい、静寂の中にありなさい、そして神がいることを信じなさい」というはっきりとした声でした。当時私は困難な時期を過ごしていましたから、こんなに大変な時に神の声を聞くなんて自分の頭がおかしくなったのかもしれないと思いました。一緒に瞑想をしていたパートナーのピーターも「その声は高次の次元から来たとは思えない。君は最悪の状況にあるじゃないか」と言いました。
      当初、この内なる声は親が子供に手紙を書くような口調でしたが、そのうちに私がその声を大好きになると「私の最愛なる子供よ」という呼びかけから始まるメッセージになっていきました。これは結構長い間続いたのですね。ある日のこと、「神さま、あなたの意図がなされますように」と祈ったときにはっとさせられました。私は、神と自分を切り離して、ずっと外側に観ていたからです…。ガイダンスでは、「私たちはひとつです。分離はありません」と何度も繰り返し言われてきたのですが、その時まで神が内にあると気づいていなかったのです。それは様々な変化を経た後、私たちがひとつであるということにやっと目覚めた瞬間でした。決して最初からそう思えたわけではないのですね。はじめのころは、いろいろな声がやってきて、戸惑うことも多かったのです。でも、次第に自分の内なる声に耳を傾けるようになり、そのうちに声はひとつになっていきました。他の声は消えていったのです。
      今、私はその声と共に生きています。それはもう私の一部なのですね。通常、私は瞑想の後にこのように両手を合わせ、「ありがとうございます。私に与えられているすべての祝福に感謝します」と言います。私は「ありがとう」という言葉を決して忘れません。瞑想の後には、本当に祝福されている感じがするんですよ。
      サンクチュアリー(瞑想室)に行くとき、私は瞑想のほかにもうひとつのことをします。それは「神は私にこう語った」(アイリーンの著書)を手にして、「今日、私は何を思い出すべきですか?」と尋ねることです。そして、しばらく待ってから、本をぱっと開いてみます。すると、その時自分にぴったりのメッセージが載っているページが開きます。これは初期のころのガイダンスを本にまとめたものですが、日本語にも翻訳されていると聞いています。この本の中でも、私たちはひとつです、分離はありませんと繰り返し語られているんですね。
      この本が出版されたことをとてもうれしく思っています。というのも、これを通して私たちが皆つながることができるからです。世の中には様々な言語はありますが、世界がひとつの大家族だと思えるんですね。みなさんも、自分が何か答えが必要なときに、あるいは一日のはじめに「今日私が思い出すことはなんですか?」と問いかけて、その本を開いてみてください。そうすると、そこに答えがあります。私は毎朝そうしています。

    <純粋なエネルギーにつながる>
    瞑想のとき、よく私は自分が「神さまの純粋な濁ることのない導管になれますように」とお祈りをします。そして、しばらくじっとしています。すると感謝のエネルギーが私を通ってぴりぴりっと手に感じられます。そうなると距離はもう関係なくなります。神は愛がどこに流れていくべきか、分かっているからです。瞑想のとき、このようなぴりぴりっとした感覚がでてくると、私はお祈りします。「私があなたの純粋な導管になれますように、私を浄化してください。そして、このエネルギーを必要なところに送ってください」とね。
      これは誰にでもできることです。瞑想の時だけに限らず、どこにいても気づいたときにです。光、愛、平和、喜び、知恵といった波動があなたを通して伝わっていきます。そういうふうに私たちが使われることはとてもよいことだと思いませんか?無意識で純粋であっても、それはただそれだけなのです。浄化してください、と言うことで、私たちは浄化されることの意味が分かるのですね。はっきりと意識をもってそうなっていくことです。

    <自分の最も高い次元の存在を信じる>
    内なる神の声というのは、もうそれぞれの中にあるのです。私にとってはすでに明白なことです。問題は、人がそれに気づいているか否か、知っているか否かなのですね。もちろんそれがはっきりとするまでに私にもかなりの時間がかかりましたが、この内なる声を聞きながら、私はもう人生を45,6年生きています。私にとってうまくいったなら、あなたにとっても役に立つはずではありませんか。信じる心をもたなくてはなりません。
      最初にフィンドホーンには何もなかったのです。キャラバンが一台と、一週間の収入8ポンド。私たちは信仰心をもって生きていたのです。それが私にとってうまくいったなら、どうしてあなたにとってうまくいかないことがありましょう。高次の存在があなたの中にあることを信じられますか?
      それは簡単なことではありません。私はそれを信頼し、献身的にエネルギーと時間を費やし、ようやくその声を聞くことができるようになったのです。コミットメント(決意)することが必要です。私たちは長い間耐え忍び、苦難を乗り越えてきましたが、同時に忍耐力を養ってきたのですね。ある日、私はサンクチュアリーに行って、「神さま、私に必要なものは何ですか?」と尋ねました。私が得た答えは、継続、一貫性、コミットメント、コミュニケーション、勇気をもつこと、そしてDO(やる)ということでした。今でも、私はそのような質を生きようとしています。
      忍耐力も確かに必要ですが、自分の中の最も高い次元の存在に人生を捧げようという意志も必要です。時々とか、気が向いたら、ガイダンスが来たらという条件付きではなく、本当にやるということです。そうしたら、問題なくうまくいきます。「ガイダンスが来てないみたいだから、今日は瞑想をやめよう」というのではうまくいきません。瞑想で座っていても何も起こらない。「一体私は何で座っているのかしら、こんなことをしても時間の無駄だわ」と感じることがあるかもしれませんね。でも、そんな時こそ自分とつながりバランスをとる、心を落ち着かせ、安定させるときなのです。そうすることで、この世でなすべきことをよりよくできる状態になるわけです。ですから、期待をもたないように。瞑想をするということは、自分に戻り、調和をとり、安定するということでもあるのですから。私自身も、いつもガイダンスや啓示を受けているわけではありません。全然ないときもあるのですね。今はそれを受け入れています。
      抵抗があると痛みが伴います。エネルギーと共に流れることができるなら、痛みはありません。私は若い時にそれを学んだのですね。私もそうなれたのだから、あなたにもできますよ。「どうかエネルギーと共に流れることができますように」とお祈りしてみてください。そして、お祈りするときは、言葉だけではなく、心から祈るように試みてください。そうし続けると驚くようなことが起こりますよ。

    <自分の中にあるやすらぎを思い出す>
    みなさんの中には、フィンドホーン滞在中に得た平和なきもちや温かく包み込むような愛が、このフィンドホーンという場所にあるものだと思って、自分の日常生活に戻っていくことに不安を感じている方もいらっしゃるようですが、思い出してください。それはみなさんの中にあるものなのですよ。愛と平和をあなたの中にみいだすことができたら、誰もそれをあなたから奪うことはできません。それはあなたの中に深く根付いる、常にあるものなのですよ。それこそが真実です。それを知っていてください。
      これは愛に関することです。愛と恐れは一緒になりませんね。まわりの人を愛していれば、恐れはなくなります。自分一人でそうできないときは、「どうか助けてください。私は愛する必要があります。助けてください」と祈ることを忘れないでください。そして愛を実践できるように学び、生活に生かすようにしてください。その愛のエネルギーをあなた自身が体現することができるように、そのためにも「神は私にこう語った」を必要なときに開くと助けになるでしょう。一度に一ページずつ、一歩ずつですよ。
      皆さんは、フィンドホーンにずっとはいられませんね。私自身は追い出されることはないようですが…(笑)。ですから、あなたの中に見出したやすらぎ、静寂、愛を一緒に持ち帰ってください。それはあなたのものです。どんな環境にあっても自分から愛を放射することはできます。それは他の人たちの役に立ちます。あなたのあり方、生き方、あなたがどのように物事をするかが大切なんですね。ここで得たやすらぎの源はあなたの中にあるのです。誰もそれを奪うことはできない。それはそこにあるのですからね。それを生かしてください。外側に表現してください。それとひとつになっていってください。そしてそのことを常に思い出してください。混乱したら、瞑想で自分の内側に入り、そこに平和と静けさ、自分の中心を見出してください。

    最後にお祈りをさせてください。みなさんに特別な祝福がもたらされますことを。一人ひとりが見出そうとしているものが見つかりますように。そして瞑想を通して、自分の中に静寂と平安を見出すことができますように。それぞれが神と共にいることができますように。私の最愛の神よ、ありがとうございます。

    以下、「心の扉を開く」11月24日のメッセージより

    <自分で判断しなさい>
    「果実をみれば木が分かる」と言われているように、人を見れば神のしもべかそうでないか、光の仲間か、闇の仲間かが分かります。目を開きなさい。そうすればあなたは確信をもって知ることができます。自分の心に聞けば、心は教えてくれるでしょう。自分で判断しなさい。外側の雑音に耳を傾けてはなりません。なぜなら、もし外部のいろいろなささやきや噂話を聞くと、あなたは雑音の板挟みになって真実かそうでないか見きわめがつかなくなります。そして迷い道に入り、どうしてよいかが分からなくなってしまいます。誰もが自分の中に真実を発見することができるのです。しかし、自分の中の本質の部分にふれるためには、そのための時間をとらなければなりません。人は自分で考えて、自分で道を見つけなければなりません。多くの人たちはなまけていてそうしないのです。そういう人たちは他人の言うことを聞く方が楽なので、自分の内なる声を聞かずに、外からの声を受け入れてしまうのです。静かにしなさい。すると真実が見えてきます。その真実があなたを自由にするのです。



     
     
     
    通訳・翻訳者。オンラインで気づきのエッセイや、北スコットランドのスピリチュアル・コミュニティとして有名なフィンドホーンで歌われている歌などをシェアしていきます。 著書「ピタゴラス数秘占術」訳書「自由への道」「エナジー・メディシン」

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