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介護保険制度が目の前で崩壊していく。今見えている景色を共有しておこうと思います。

    ORANGE_紅谷浩之

    介護保険制度が目の前で崩壊していく

    福井県の山あいの街で

    福井県の中でも、山あいの街。人口は減少していて、高齢者も減るフェーズに入っている。

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    高齢者数は減りながら高齢化率は上がっていく。典型的な日本の中山間地域の現状。

    この街で医療福祉活動を行っています。そして介護保健事業を行っているのですが、いよいよ、目の前で制度や仕組みが本当に崩壊している風景が見え始めました。


    ケアマネジャーが減る、人手不足という意味だけではない絶望の砦

    まず気づいたのは、私たちの居宅介護支援チームのメンバーが一人退職することになった時のこと。ケアマネジャー業務は一人減るというのは大変です。

    残ったメンバーは、切実な状況を語ってくれました。


    「つまり、新しいケアマネを一人、見つけて欲しいと言うことですよね(それが、こういう地域ではとてつもなく難しいんだよなぁ)」と、確認すると。


    「いいえ、違います。」


    え?


    いま、3人分の仕事を2人ですることになったことは大変です。人手が欲しいと今は思います。


    でも、この街では高齢者も減っていっているんです。要介護者も減る。私たちの仕事も減る。

    いま、人を増やしたら、将来やることがなくなっていきますよ。

    ケアマネジャーが一人減るのは、それが仕方ない状況なんです。


    ただ、


    今は目の前の仕事がどさっと増えて、てんやわんや。

    そして、その自分の仕事は、この先将来、どんどん減ってなくなっていく。


    この、虚しさ。わかりますか?

    それを知っていて欲しくて、話しているんです。


    最後の砦に最後に残る兵士の覚悟。

    こんな気持ちで地域に向かわないといけなくなってきているのか、と震えました。


    訪問介護は休止しろといわれても休止できない、逃げおくれた事業所

    二つ目はもっと最近。

    訪問介護が行き詰まりました。

    スタッフ不足、足りないスタッフで頑張りながら、なんとか続けたいと踏ん張ろうとしましたが

    「ダメですね。スタッフ定員不足になった時に、すぐさま休止してください」という、県からの非情な通告。


    訪問介護、ヘルパーさん、って大変な仕事です。

    デイサービスや施設で動けている介護職員が誰でも訪問介護に行けるわけではありません。

    一人で現場に行って、暮らし全体を見る。広い視野と細やかな視点の両方が必要です。施設で働いている時は発揮する必要のない、調理の技術やアイデアも必要になります。


    県の通告を守るべく、大変残念ながら 休止を決断。

    残された仕事は、利用者さんたちをほかの事業所に引き継ぐことです。


    僕は、在宅医です。住み慣れた家、地域で、その人らしく暮らしていくことを支える医療を専門にしています。暮らしは医療だけではなりたちません。っていうか、医療は後付け。まず必要なのは日々の暮らしそのもの。


    23年前、初めて地域医療の現場に行ったとき、まずは福祉の現場をしっかり見てこい、と師匠に言われて、介護の現場の研修に行きました。デイサービスで活動したり食事介助をしたり、入浴介助やリハビリを見学したり。

    そして訪問介護にも同行させてもらいました。「先生、何もできないでしょう。利用者さんとおしゃべりしててください」と、僕より若い訪問介護士の方が、手早く掃除と調理をしているのをのぞき見しながら、本当に何もできない自分を情けなく、そして訪問介護の役割の大きさを感じていたのを覚えています。

    2018年の豪雪災害の時は、訪問介護スタッフを送り届けるために、僕がドライバーを務めたりもしました。医者は電話とかでもなんとかなるけど、訪問介護は現場に辿り着かにゃぁならんのです。


    そういう経験と想いがある僕は、訪問介護を休止するということに、絶望を感じていました。


    しかししかし、さらにもうひとつどんでん返しが起こります。


    「おかけになった電話番号は 現在使われておりません・・・」


    引き継ぎをしようと連絡した訪問介護事業所たちが、先に事業休止・廃止をしていたのです。


    利用者さんを引き継げなければやめるわけにはいかない。

    介護保健事業は即刻休止せよ、という指導を受けている。

    「逃げおくれた伴走者」奥田さんの本のタイトルが頭をよぎります。

    逃げ遅れた責任を感じながら、地域の社会福祉チームとして、利用者さんからはこれまでの実費分だけをもらって、あとは全部持ち出しで続けるしかない。


    そういう決断を迫られました。


    結局は今のところ、利用者のニーズを整理して、

    別の役割を担っているスタッフから訪問介護経験者を0.1人、0.2人、とかき集めて、

    なぁんとか介護保健事業として続けつつ、これからのことを悩むことに。。。


    街の選択肢を減らしながらいつまで介護保険事業と言えるのか

    僕らの所と、社協の訪問介護しか、街には残っていません。

    最終的には2つの事業所の「合併案」も出てきます。


    しかしまてよ

    介護保険制度ができたときの大きなポイントがいろいろ崩れていくアイデアです。

    残された社会福祉協議会と、社会福祉法人の訪問介護事業所が合併して、必要な人たちに届けるために、利用者を選択していく


    って、 自己決定権、準市場、官民の役割分担、契約主義・・・どれもなくなっていく。


    あ、

    介護保険が終わるんだな、と


    直感的に感じました。


    このつづきは、今、now。続いています。


    こんな現場の現状を、記録しておくことも大事。

    研究や発信の関係者の方、そして同じ状況で闘う皆さん、アイデアください。




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