
そうか、もう赤ちゃんじゃなかった
息子とケンカしてしまった。
あんな言い方しなければよかった…
そう反省しながら、急に生まれたときのことが頭をよぎった。
息子が生まれたとき、
喜びでいっぱいになった。
長いことお腹にいた我が子にようやく会えた、
その感動は、その時感じた痛みなんか吹っ飛んだ。
でも
泣く、
オムツ代える、
授乳する、
ミルクあげる、
あやす、
寝かしつける
こんな風に毎日同じことを繰り返していると、
あの時感じた感動は
どこかへ忘れ去られてしまったように
目の前の我が子を可愛く思えない時もあった。
なんで泣いてるのかわからない
オムツも替えたし
授乳したし、ミルクもあげたから
お腹も空いてないはず
室温も適温だと思うのに
やれることすべてやっても
泣き止まない
なんで、なんで、なんで、、
そんな毎日に疲弊していた。
可愛く思えない自分を責めたことも何度もあった。
もちろん、
初めて笑ってくれたとき、
初めて歩いたとき、
初めてママって言ってくれたとき、
そんな初めての瞬間は
心から可愛い!嬉しい!と思っていたけれど、
なんで泣いているかわからないとき、
イヤイヤが続く日には
可愛いと思える余裕がなかった。
そんな私が今、街ですれ違う子どもたちを見て可愛いと思う気持ちは、
あの時の自分とは少し違う気がしている。
スーパーで駄々をこねている姿
いやいやいや!!って泣きじゃくっている姿
行きたくないって大泣きしている姿
ふん、って拗ねて隅っこに体育座りしている姿
知らない子なのに
どんな姿を見ても
愛おしいな、可愛いなと思える。
我が子の同じ姿をまた見たいとすら思う。
あの頃の私はただ育児に疲れていただけではなかった。
あの頃は可愛いと思えない自分を責めていた。
なんでだろうと悩み、落ち込んでもいた。
そんな毎日と自分を変えたいと思い
必死にもなっていた。
結果的に、それが自分自身を深く知るきっかけになったのだと思う。
あの頃に戻れたら、今はしないなと思うこともたくさんある。
ああしたらよかった、
あんな言い方しなければよかった、
もっとこう伝えてあげられればよかった、
と反省することもたくさんある。
でも、あの時のあの感情は私にとって、
必要だったと今は思う。
そして、
目の前の命を守ること、
自分を変えることにも必死だった私。
その繰り返しが今の私と、
私を親にしてくれていた。
そうか、
息子はもう赤ちゃんじゃない。
自分の足で歩けるし、何をする、したいか選べる年頃だった。
自分の意志という足で、歩く練習をしているのだ。
私が子どもだけに夢中にならなくても
自分の道を自分で
選ぼうとしている。
きっとまた何年か経った時、
私は今を懐かしいと思うのだろう。
その日がきっと来る、
そう信じて。
もう一度息子とゆっくり話そう、そう思った。