
花は僕の隣で咲いた(第七章)
第七章 花
気づくと、僕はまたそこにいた。
あの場所だった。
土の匂いがして、風が通り抜けていく。
さっきまでの痛みも、暗さも、遠くにあった。
残っているのは、ただ静かな感覚だけだった。
――ああ、と思う。
やっぱり、こうなるのかもしれない、と。
僕のすぐ隣に、花が咲いていた。
あのときと同じだった。
淡い色の花弁が、風に揺れている。
光を受けて、ゆっくりと開いている。
まるで、最初からそこにあったみたいに。
でも、何かが違っていた。
さっきまでの花よりも、少しだけ近く感じた。
少し離れたところで、声がしていた。
たくさんの声だった。
泣いている声。
呼んでいる声。
誰かを探している声。
その中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
でも、うまく思い出せない。
思い出そうとすると、音だけが先に崩れていく。
人がいる。
たくさんいる。
僕の知らない顔と、知っている気がする顔。
その中で、誰かが花の前に立っていた。
しゃがみ込んでいる。
何かを見ている。
その手が震えていた。
「……どうして」
声が聞こえた。
とても小さかった。
でも、確かに届いた。
誰の声かは、分からなかった。
分からないまま、聞いていた。
その花のことを、僕は思い出した。
曾祖母の声。
土の感触。
あの日の畑。
「これはな、お前と同じ名前の花だ」
その言葉。
――あんたならできる。
ああ、とまた思う。
できたのかどうかは、分からない。
でも、何かは残った気がした。
ここに。
この場所に。
誰かが泣いていた。
泣いている理由が、少しずつ伝わってくる。
でも、それはもう遠いものだった。
僕の中に届く前に、どこかで薄れていく。
花が揺れている。
さっきよりも、はっきり見える。
その隣に、自分がいる。
倒れている自分。
その横に、咲いている花。
それが、やけに自然に見えた。
もしかしたら、最初からこうだったのかもしれない。
僕はずっと、そこにいたのかもしれない。
気づかないまま、通り過ぎていただけで。
誰かの声が、もう一度聞こえた。
今度は、はっきりしていた。
でも、意味は掴めなかった。
ただ、その中に「僕」が混ざっている気がした。
花が揺れる。
風が通る。
声が遠ざかる。
僕は少しだけ思う。
ああ、ここにいてもよかったのかもしれない、と。
それを、生きているうちに知りたかった。
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