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これしか勝たんのよな #せりふ三題噺

    加賀 一(かが はじめ)

     これしか勝たんのよ。って、こんなことをうかつに言うもんじゃない。

     普通に使う言葉でもあるし、わりと何に対しても言ったりするから、その言葉が意味するほどの意味はもはや無いとも思える。それがわかっている人同士なら問題ないが、そうでない場合、後悔することになるかもしれない。

     私はパジャマのまま、大好物のかっぱえびせんを食べながら、
    「やっぱりこれしか勝たんのよなぁ」
    なんてつぶやいてしまった。それを聞いていたおじいちゃんが、
    「勝たん? えびせんが何に勝つんだ?」
    と聞いてきた。
    「おじいちゃん、私がえびせん好きなの知ってるでしょ」
    「それは知ってるぞ。だけど、勝つってことは相手がいるってことだろう?」
    「うーんおじいちゃん。あのね、これが一番で、他の食べものは相手にならないっていう意味だよ」
    「どこでそんな番付をしてるんだ?」
    「してない、してない。私がそう思ってるってこと」
    おじいちゃんは、ほう、と感心した様子だった。
    「おまえ、それほど本気でえびせんが好きなのか」
    「うん、そうだよ。やめられない、とまらない~♪」
    「そうかそうか。大したもんだ」
    やけに感心しながら、おじいちゃんはえびせんを食べる私を見ていた。

     あるとき、おじいちゃんと私で温泉旅行に行った。おじいちゃんはいつもよりバッグがひとつ多かったから、何を持ってきたんだろうと思ってたんだけど……
     旅館に着いて部屋に案内されたあと、おじいちゃんは嬉しそうに、誇らしげに、そのバッグをあけた。中にはなんと、かっぱえびせんがいっぱい入っていた。カバン一つ、まるまる中身がかっぱえびせんなのだ。ちょっと想像してみて。普段背負ってるリュックをあけたら、中がかっぱえびせんでパンパンになってるところをさ。びっくりだよ。それも、温泉旅行にだよ?
    「おじいちゃん、どうしたのこれ? どうすんのこれ?」
    おじいちゃんはニコニコしながら私にいった。
    「おまえが旅行中にかっぱえびせんを食べられなかったら気の毒だと思ってな」
    「お、おじいちゃん……」
    「食べていいんだぞ、遠慮するな」
    「うん。じゃあ、ひとつもらおうかな」
    私は二人分のお茶を入れて、えびせんの袋を開ける。袋を開けたらまず鼻を突っ込んで匂いをかぐ。うーん、たまらん。
    「おじいちゃんも一緒に食べようよ」
    私は袋の縦の綴じも広げて、テーブルの上に置いた。おじいちゃんはえびせんを取って食べる。いい音がする。
    「おまえと一緒に旅行ができるのも、あと何回だろうな」
    おじいちゃんが、つぶやく。
    「こうやって一緒にえびせんを食べるのも、あと何回だろうなぁ」
    おじいちゃんのシワシワの目のまわり。えびせんをつまむシワシワの手。おじいちゃんは最近身体も小さくなった。声も老人っぽくなった。おじいちゃんは本当におじいちゃんになっている。そんなおじいちゃんをみていたら、つい、頬骨のあたりが熱くなってきた。涙か、これは? 私は手でそれをぬぐって、知らぬふりでえびせんを食べ続けた。

     温泉も夕食も楽しんで、寝る前もおじいちゃんの喜ぶ顔を見たくてえびせんを食べた。えびせんは好きだから苦にはならない。まあ、ちょっとおなかはいっぱいだけど。そんなふうにして、一泊二日の温泉旅行で、私はかっぱえびせんを七袋食べた。おじいちゃんはバッグいっぱいにかっぱえびせんを持ってきたのだから、本当は全部食べてあげたかったのだけど、さすがにそれは無理だ。五袋残ってしまった。
    「おじいちゃん、えびせん持ってきてくれてありがとう」
    私はおじいちゃんに言った。おじいちゃんは嬉しそうに笑った。
     それからも私とおじいちゃんは時々温泉旅行に行った。おじいちゃんは毎度毎度、バッグをえびせんでいっぱいにしてきた。私は旅行中は覚悟して、かっぱえびせんをいっぱい食べた。でもまてよ、私がいっぱい食べるから、おじいちゃんも手加減しないのでは?
    「ねえ、おじいちゃん。今度から、えびせんは自分で持ってくるよ」
    「遠慮するな、えびせんくらい」
    「あ……うん。じゃあでもさ、いつも食べきれないじゃない? だから、一泊二日だったら三袋くらいでいいよ」
    「三袋?」
    おじいちゃんは驚いてた。
    「おまえ、七袋くらい食べてるじゃないか」
    「うん。おじいちゃんが、嬉しそうだから……」
    「無理して食べてたのか?」
    「無理じゃないよ。でもさ、お腹いっぱいになっちゃって、いつも」
    「なんだ、早く言え、この」
    おじいちゃんはおかしそうに、でも笑っちゃいけないと思って笑いをこらえている。それを見てたら私のほうがおかしくてたまらなくなってしまった。で、二人で大笑いした。この涙は笑い過ぎの涙だ。

     おじいちゃんがあの世に行ったのはそれから何年もあとだった。私はおじいちゃんの棺桶にかっぱえびせんを入れた。えびせんはおじいちゃんとの大事な思い出になってしまった。たぶん、あのとき何も言わずに食べていたら、えびせんはただのえびせんだっただろう。
     それからしばらく、私はえびせんを食べるたびに泣いていた。涙なくえびせんを食べられるようになるまで四ヶ月もかかった。だけど、泣きながらも食べ続けた。
    「これしか勝たんのよな」
    って言いながら。

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