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🏫桜美咲シリーズ【学校編】第3話 守りたい気持ちと守れないルール

    カンニングの先に残された「支える仕事」

    📢お知らせです。

    桜美咲シリーズ〈学校編〉は、今回の第3話まで【完全無料】で公開します。


    前書き

    生徒を守りたい。
    それは、学校で働く大人なら誰もが持っている当たり前の気持ちです。
    けれど学校には、守らなければならない「規則」もあります。

    事情があっても、まじめな生徒であっても、
    間違いは間違いとして向き合わなければならない場面があります。
    情に流して見過ごすことは、決してその生徒のためにはならないからです。
    だからこそ、大人は「やり直すための支え方」を選びます。

    本作は、1年4組で起きた小さな不正をきっかけに、
    「守りたい気持ち」と「守れないルール」の間で揺れる大人たちの姿を描いた物語です。

    処分のあと、私たちは何ができるのか。
    総務課主任・桜美咲は、その問いと静かに向き合っていきます。

    これは、間違えた生徒の物語であり、
    支える側の大人たちの物語でもあります。


    🏫学校

    私立神戸摩耶学園高校

    神戸市内にある私立の進学校。
    創立90年の伝統校で、進学実績にも定評がある。

    一方で、

    生徒数が多く、
    教職員の業務量も多い。

    「落ち着いた学校」という外からのイメージとは裏腹に、
    現場では常に小さなトラブルと判断が積み重なっている。
    花音、真央、つむぎの母校であり、
    水色のワンピース型の制服がかわいいと評判。

    👩‍💼 主な登場人物

    ■ 桜 美咲(さくら・みさき)

    • 年齢:30歳
    • 所属:総務課
    • 役職:主任(✳︎管理職ではないが、実質の責任者)

    性格・人物像
    責任感が非常に強く、周囲からの信頼も厚い。
    感情をあまり表に出さないタイプだが、困っている人を放っておけない面倒見の良さがある。
    仕事では冷静で判断が早く、現場の調整役として自然に中心に立つ存在。

    「主任」という肩書き以上に、総務課を実質的にまとめている人物。

    ■ 西野 花音(にしの・かのん)

    • 年齢:25歳
    • 所属:総務課
    • 神戸摩耶学園 卒業生

    性格・人物像
    妹気質で無邪気な一面があり、生徒と間違われそうなほど若く見える。
    場の空気を読むのがとても上手で、自然な笑顔と軽いツッコミで人間関係を和ませるタイプ。
    職員室でも話しかけやすい存在。

    ■ 井川 つむぎ(いがわ・つむぎ)

    • 年齢:23歳
    • 所属:総務課
    • 神戸摩耶学園 卒業生
    • 新採用職員

    性格・人物像
    落ち着いていて丁寧、年齢より大人びて見える。
    人の話をよく聞き、感情を表に出しすぎない慎重派。
    実は芯がとても強く、静かに努力を積み重ねるタイプ。

    妹は井川沙耶。
    ただし校内では、姉妹関係は基本的に公にしていない。

    ■ 伊藤 真央(いとう・まお)

    • 年齢:25歳
    • 役職:養護教諭
    • 神戸摩耶学園 卒業生
    • 新採用(つむぎと同期)
    ※花音とは本校の同級生

    性格・人物像
    穏やかで聞き上手。
    相手の立場を考えて言葉を選ぶ、とても丁寧な人柄。

    小さな子どもを育てているママ教諭で、生徒にも同僚にも自然に寄り添えるタイプ。

    ■ 藤崎 愛菜(ふじさき・まな)

    年齢: 37歳
    役職: 1年学年主任

    真面目で厳格な性格。
    曲がったことが嫌いで、ルールや筋を何より大切にする教師である。

    感情に流されることは少なく、
    常に「学年全体として正しいか」「現場が回るか」を基準に判断する現実派。

    途中採用で神戸摩耶学園に着任し、
    新人時代には、自分より7歳年下である桜美咲から研修を受ける立場だった。

    当初は年下の職員に指導されることへの戸惑いもあったが、
    美咲の現場力と調整力を冷静に評価し、
    現在は学年運営においても信頼を置いている。

    厳しさの裏には、
    「生徒を守るためには、教師が甘くなってはいけない」という強い信念がある。


    ■ 井川 沙耶(いがわ・さや)

    ・年齢:15歳
    ・所属:神戸摩耶学園高校
    ・学年・クラス:1年3組

    性格・人物像

    明るく礼儀正しく、人懐っこい性格。
    先生や大人に対しても物怖じせず、きちんと挨拶ができるタイプで、周囲からの印象もとても良い。

    素直で前向きだが、実はかなりの努力家。
    中学時代は成績優秀で、クラス1位を取っていた。

    しかし高校入学後、最初の中間考査で思うような結果が出ず、初めて大きな挫折を経験する。

    姉は神戸摩耶学園の総務課職員・井川つむぎ。
    ただし、校内で姉妹関係を知っているのは教職員のみで、生徒には知られていない。

    養護教諭の伊藤真央をとても信頼しており、ほぼ毎日のように保健室に立ち寄って話をしている。

    クラスで一番仲が良いのは、同じ1年3組の遥菜。
    遥菜は登校拒否の時期があった影響で、成績はクラス・学年ともに最下位となっている。
    ちなみに沙耶の順位は下から2番目。

    昼休みは、大好きな真央先生と少しでも話したいという理由から、
    姉のつむぎたちと一緒に職員側で昼食を取ることが多い。


    ■ 中川 康一(なかがわ・こういち)

    • 年齢:45歳
    • 役職:1年3組 担任

    性格・人物像
    気難しい性格で、生徒からも近寄りにくい印象。

    もともとは、優しく温かい教師だったが、
    クラスの荒れた授業態度に心をすり減らし、
    次第に投げやりになってしまっていたが、
    美咲たちのおかげで、ようやく本来の笑顔を
    とりもどした。


    本文

    1年3組の雰囲気は、
    教室の前を通るたびに、学年主任の藤崎愛菜先生が思わずにこっとしてしまうほど、穏やかでいい空気に包まれていた。

    中川先生も、いつの間にか人気の先生になっていた。
    冗談を交えながら授業を進め、生徒の反応を見ながら丁寧に説明する。
    「分かりやすい」「話しやすい」と評判も上がり、休み時間になると、必ずと言っていいほど生徒が質問に集まってくる。

    沙耶も、友だちの遥菜も、その中のひとりだった。

    ふたりは最近、塾に通い始め、
    小テストの点数も少しずつ上がってきている。

    昼休み。

    今日は、事務職員のつむぎと保健室の真央先生が新人研修に出ているため、
    食堂にいるのは、美咲と事務職員で部下の花音のふたりだけだった。

    そこへ、1年3組の沙耶と遥菜がやって来る。

    「遥ちゃん、今日は神戸摩耶のアイドル2人と一緒にご飯やで」

    沙耶が冗談めかして言うと、美咲が笑いながら聞いた。

    「なぁ、最近の人気ランキング、どうなん?」

    ✳︎人気ランキングとは、
    沙耶がクラスの男子に向けて、
    「好きな教職員4人組」についての簡単なランキング調査をしている、という意味である。

    沙耶は少し考えてから答える。

    「4月はお姉ちゃん(つむぎ)が1位やった。
    5月は花音さん、6月は美咲さん、みたい」

    「えっ、うそ。ほんまに?」

    美咲が思わず声を上げる。

    「チームアイドルは、その順位、けっこう気にしてるんですよ」

    と、花音がくすっと笑う。

    「私の推しの真央ちゃんも、人気ありますよ」

    「ちゃん付けやん。お姉ちゃんと一緒やね」

    花音がすかさず突っ込む。

    遥菜も小さく手を挙げる。

    「私も、真央先生推しです」

    「話は変わるけどさ」

    美咲がふと真面目な顔になる。

    「3組、ほんま良かったなぁ。
    中川先生って、あんなに面白い先生やってんな。
    私は毎日、職員室で話してるわ」

    「昨日なんか、中川先生と野球部の監督とめっちゃ楽しそうに話してましたよ」

    と花音が続ける。

    「前は、すごくバチバチしてたのに。
    なんか…ちょっと嬉しいですよね」

    4人のテーブルには、
    笑い声と、少しだけ誇らしそうな空気が流れていた。

    「それにしてもな、
    2人が楽しいって言ってくれてるんが、ほんま嬉しいわ」

    美咲が、ぽつりと本音をこぼした。

    「ここだけの話やけどな。
    沙耶ちゃんは、入試の合格点、学年で3位やってん。
    遥菜ちゃんも、学年5位やねん」

    沙耶と遥菜は、思わず顔を見合わせる。

    「こんな優秀な2人を潰したらあかん、ってな。
    校長先生も、そこはかなり気にしてはってん。
    で、あの野球部の処分が決まったんよ」

    (野球部の出来事については第2話に詳しく
    書いています)

    少し照れくさそうに、沙耶が笑う。

    「それが今はな、
    わずかの間に、学年ワースト1位と2位やもんな」

    「言い方ひどいわ」

    遥菜も笑いながら言う。

    「でも、2人で塾通い出してから、
    ちょっと手応えは感じてるんです」

    「それなら安心やな」

    「沙耶は2年生になったら生徒会委員に
    なりたいみたい。それで成績も復活さ
    せたいし、クラス替えで離れてしまった
    ら私も立候補したい」

    「目標があっていいやん。2人ともかわいいから
    男子票は増えるんちゃう」
    美咲が冗談ぽくいうと
    「でもさ、女子が圧倒的に多い学校やしな」
    沙耶は少し考える。
    真剣に考えてる顔を見て遥菜が言う。
    「沙耶なんかかわいいなぁ」

    花音もうなずく。

    「野球部かぁ…
    私の時代は女子校やったから、なかったなぁ。
    でもな、生徒同士のバチバチは、普通にあったで」

    少し間をおいて、花音が聞く。

    「今は、生徒同士のトラブルはないん?」

    遥菜が、肩をすくめるように笑った。

    「沙耶も私も、誰とでも普通に話すから、
    気づいてないだけかもしれませんけどね」

    「それくらいで、ちょうどええよ」

    花音はやわらかく、そう言った。

    「あっ、そうや」

    沙耶が、ふと思い出したように声を上げた。

    「花音さん、前に
    物語の学校編、出番少ないなぁって思っててって言ってましたよね」

    花音は少し照れたように笑う。

    「……言ってたかも」

    沙耶は続けた。

    「それ、お姉ちゃんに聞いたらな、
    チームアイドルは、全員が主役やでって言ってました」

    その言葉に、美咲が小さく笑う。

    「社労士編の最後のほうはな、
    花音ちゃん、ほぼ主役みたいな扱いやったから」

    「学校編では出番少ないんちゃうかって、
    ちょっと不安になっててんな」

    「はい……」

    花音は素直にうなずいてから、少しだけ笑顔になる。

    「でも、今日はたくさん出てますし。
    それだけで、ちょっと嬉しいです」

    沙耶と遥菜は顔を見合わせて、くすっと笑った。

    こうして

    にぎやかで、他愛のない昼休みは、

    静かに終わった。

    午後の職員室で、少しだけ空気がざわついた。

    1年4組の小テストで、
    カンニングが発覚したのだ。

    該当の生徒は、普段とても真面目で、
    提出物も欠かさず出す女子生徒だった。

    教科担当の教師がその場で強く叱責すると、
    彼女は何も言わずに教室を飛び出してしまった。

    校門の外。

    しゃがみ込むようにして泣いているところを、
    すぐに教科担当の先生が見つけた。

    幸い、大きなトラブルにはならなかった。

    だが問題は、
    「見つけたあと、どう対応するか」だった。

    ほどなくして、
    学年主任の藤崎愛菜と、
    叱責した教科担当の教師とで、
    小さな会議室で話し合いが行われることになった。

    本来であれば担任も入るべき案件だったが、
    担任はちょうど授業中で、すぐには抜けられない。

    そこで

    運営側として、桜美咲が同席することになった。

    小さな会議室。

    重たい沈黙のあと、
    最初に口を開いたのは、教科担当の先生だった。

    「不正行為ですから。
    見逃すわけにはいきませんでした」

    言葉は正しい。

    けれど、その声には、少しだけ硬さがあった。

    愛菜は、静かにうなずきながら言った。

    「そこは、誰も否定していません」

    「ただ…」

    一拍おいて、続ける。

    「なぜ、あの子がカンニングをしたのか。
    そこを確認する前に、感情が先に出てしまった可能性はありませんか」

    教科担当の先生は、少し視線を落とした。

    「正直に言います」

    「普段は真面目な生徒なので、
    逆に裏切られた気持ちになってしまって…」

    その言葉を、美咲は黙って聞いていた。

    責めるでもなく、
    かばうでもなく。

    ただ、事実だけを頭の中で整理していた。

    ・不正行為があったこと
    ・強い叱責があったこと
    ・生徒が教室を飛び出したこと
    ・校外まで出てしまったこと

    そして何より、

    生徒が、今どんな状態なのか。

    美咲は、静かに口を開いた。

    「処分の話は、あとでもできます」

    二人の視線が、美咲に向く。

    「でも今は、
    あの子が反省しているかよりも先に、
    安心して教室に戻れる状態かを確認するほうが先やと思います」

    愛菜が、小さくうなずいた。

    「同感です」

    美咲は続ける。

    「真央先生に、いま保健室で様子を見てもらっています」

    それを聞いて、教科担当の先生は、ほっと息をついた。

    「戻ってきたら、
    いきなり指導には入りません」

    愛菜が、はっきりと言った。

    「今日は、事実確認と、気持ちの整理だけにしましょう」

    「処分や指導は、担任も含めて、
    改めて正式に行います」

    誰かを責めるための会議ではない。

    現場を守るための、最低限の確認だった。

    やがて、短い打ち合わせは終わった。

    会議室を出たあと。

    美咲は、ふと足を止める。

    こういう場面こそ、
    誰かが急がせない役をしないといけない。

    きれいな解決よりも、

    今、傷つきそうな人を増やさないこと。

    総務課主任として、
    美咲が一番大切にしている判断だった。

    会議が再開される前に、
    ひとつの資料が机に置かれた。

    カンニングをした生徒の成績表だった。

    中間考査、クラス40人中8位。

    決して悪い成績ではない。

    むしろ、よくやっているほうだった。

    さらに記録には、こうも書かれていた。

    「中学時代 学年上位・クラス2位」

    愛菜は、静かに言った。

    「この子、ずっとできる側でやってきた子やね」

    誰もすぐには言葉を挟まなかった。

    続いて共有されたのは、担任からの聞き取りだった。

    通っている塾。
    家庭での期待。
    成績を落とすことへの強い不安。

    何とかしてでも、点を取らなければならない。

    そのプレッシャーが、
    少しずつ、本人を追い込んでいた。

    美咲は、資料から目を上げて言った。

    「追い込まれ方が、かなり強いですね」

    愛菜がうなずく。

    「ええ。
    本人ももう無理やと思ったって言ってました」

    やがて、話題は処分の扱いに移った。

    愛菜が、はっきりと口にする。

    「処分については、学校の規定に基づいて対応します」

    「まずは、正式な処分決定を待つ、という形で進めましょう」

    誰も異論はなかった。

    続いて、美咲が資料をめくりながら言った。

    「それと、今回の件に関連して、もう一点あります」

    会議室の空気が、少しだけ引き締まる。

    「野球部の監督ですが、現在は活動停止中で、
    かなり慎重な指導に切り替えています」

    「反省もされていると聞いています」

    一度、言葉を区切る。

    「ただ…」

    「再開したときに、同じ指導に戻らない保証はありません」

    愛菜が、視線を美咲に向けた。

    「現場が落ち着いた今だからこそ、
    仕組みとして整えておく必要があると思います」

    さらに美咲は続けた。

    「今回、1年4組の件についても、
    教科担当の指導が行き過ぎていなかったかを、
    生徒側の視点で確認する必要があります」

    「匿名でのアンケート調査を実施したいです」

    会議室が、静かになる。

    責めるための調査ではない。

    事実を確かめるためのものだ。

    愛菜がゆっくりとうなずいた。

    「必要やと思います」

    美咲は、もう一つの提案を出した。

    「あわせて、教職員向けのコンプライアンス研修を実施したいと考えています」

    「今回のように、正しい指導と行き過ぎた指導の境界が、
    現場ではとても曖昧になりやすいので」

    そして、少しだけ間を置いて言った。

    「そのために、
    総務課の職務を、
    総務部兼コンプライアンス担当へと変更することを要望します」

    校長は、腕を組んだまま、しばらく考えたあと、静かに言った。

    「前向きに検討しましょう」

    さらに続ける。

    「ただし、体制づくりが先です」

    「まずは、西野花音さんに、担当者として動いてもらいましょう」

    「外部研修にも参加してもらいます」

    花音の名前が出た瞬間、
    美咲は思わず小さく息を吸った。

    校長は、そのまま視線を美咲に移す。

    「桜さんは、以前の案件での対応経験がありますね」

    「立ち上げ段階の実務は、即戦力として期待しています」

    美咲は、迷いなく答えた。

    「はい」

    そして、少しだけ口元をゆるめて言った。

    「私の得意分野ですから」

    会議の終わり際。

    ふと、美咲は思った。

    あの生徒のカンニングは、
    たった一枚の答案用紙の問題ではなかった。

    「頑張れなくなった瞬間」に、
    誰にも気づいてもらえなかったこと。

    その積み重ねが、
    今日の出来事につながっている。

    処分を決めることよりも、

    同じことを繰り返させない仕組みをつくること。

    それが、
    総務課主任としての……

    そして今から始まる、
    新しい役割の、本当の仕事だった。

    美咲は、少しだけ言葉を選びながら、ゆっくり口を開いた。

    「生徒を守りたい気持ちは、私も同じです」

    「でも、今回のカンニングについては、
    学校として決められている規則があります」

    一度、はっきり区切る。

    「ここは、感情ではなく、規則に従ってもらうしかありません」

    静かな会議室に、美咲の声だけが残った。

    「仮に……
    1学期の成績が、すべて0点扱いになるとしても、です」

    少し間を置いてから、美咲は続けた。

    「私たちが本当に支えるのは、そこから先やと思っています」

    資料に目を落としながら、穏やかに言う。

    「この子は、もともと授業についていけていたレベルの生徒です」

    「環境さえ整えられたら、
    十分、立て直せます」

    「進級も、現実的に目指せると思います」

    そして、顔を上げた。

    「保護者とも、きちんと面談をして」

    「家庭と学校で、同じ方向を向いて、
    少しずつ改善していけたらいいですね」

    厳しさと、優しさの境目。

    美咲は、その線を越えないようにしながら、

    それでも……

    この生徒を、ひとりにしない覚悟だけは、
    はっきりと示していた。

    数日後。

    学校から、正式な処分が伝えられた。

    1学期の数学、-50点。

    美咲は小さく息を吐いてから、静かに言った。

    「学校側の判断やからな。
    正直、まだ助かったほうやと思うよ」

    資料を閉じて、続ける。

    「赤点になったとしても、
    この子なら追試でクリアできる」

    少しだけ声を落とす。

    「ただ……問題は、これからやね」

    親子面談は、担任と愛菜先生が担当することになっていた。

    「説明は、愛菜先生が入ってくれるから大丈夫やと思うわ」

    美咲がそう言うと、
    そばで話を聞いていた花音が、そっと手を挙げるようにして言った。

    「もし総務部にも声がかかるなら、
    私が一緒に話してもいいですか?」

    「比較的、年齢も近いですし」

    美咲は一瞬考えてから、にやっと笑う。

    「たしかに。
    見た目も近いしね」

    「ちょっと、それどういう意味ですか」

    花音が苦笑いすると、
    そのまま真剣な表情に戻って続けた。

    「それと……」

    「また仕事は増えますけど、
    生徒の相談室を開設するのはどうですか?」

    美咲は顔を上げた。

    「相談室?」

    「はい。匿名でも受け付けられる形にして。
    直接先生には言いづらいことも、出てくると思うので」

    美咲は、少し間を置いてからうなずいた。

    「……なるほど」

    「匿名受付と、
    心のホッとラインみたいな窓口を併設するのも、ええかもね」

    花音は、ほっとしたように笑う。

    「いいと思います」

    美咲も小さく笑った。

    「さすが花音。
    ほんま、ええアイデアやわ」

    処分は終わりではない。

    ここから先を、どう支えるか。

    その話を、
    この総務課は、もう静かに始めていた。


    夜の井川家。


    「ただいま」

    新人研修を終え、いったん学校に戻ってから帰宅したつむぎが、静かに玄関を開けた。

    「お姉ちゃん、おかえり」

    リビングから沙耶が顔を出す。

    「なぁ、沙耶ちゃん。
    4組、大変やったんやってな」

    「あ、そうそう」

    沙耶は思い出したように話し出した。

    「隣のクラスの先生が、めっちゃ怒ってる声が聞こえてきてな。
    そのあと、教室がざわざわしてて」

    「それで、生徒が飛び出して、先生も追いかけてん。
    うちの教科担当の先生も廊下に出てたで」

    「隣のクラスの小テスト、結局中止になったみたい」

    つむぎは、少しだけ眉を寄せて聞いていたが、深くは踏み込まなかった。

    すると沙耶が、急に空気を変えるように言った。

    「あっ、そうや」

    「お姉ちゃん、今日は物語に初めて出てきたんやろ?」

    つむぎは、くすっと笑う。

    「そうやで。
    でも今日は、真央先生は出てへんかったな」

    「その代わり、花音さんは主役級やったやろ」

    「うん」

    沙耶はうれしそうにうなずく。

    「チームアイドルは、全員が主人公ってええな」

    少し考えてから、沙耶が続けた。

    「これからさ、最後は毎回、井川家の夜で締めくくるん?」

    つむぎは肩をすくめる。

    「そうなったら嬉しいけどなぁ。
    でもチームアイドルは、全員が主役やから」

    「そっかぁ」

    沙耶はにやっと笑って言った。

    「じゃあ次回は、私と遥菜の推しの真央ちゃんが主役かもな」

    「その可能性は、だいぶ高いで」

    つむぎも、そう言って笑った。

    少し前まで。

    この家では、学校の話をほとんどしなかった。

    けれど今は、
    毎日のように、チームアイドルの話が出てくる。

    それが、井川家の夜の、いちばん自然な風景になっていた。


    作者ゆうのコメント


    今回の「1年4組カンニング回」は、
    間違えた生徒を描きたくて書いた話ではありません。

    処分が出たあと、
    その子の時間は、そこからも続いていく。
    むしろ本当にしんどくなるのは、そのあとかもしれない。
    私は、そこに立つ大人たちの姿を書きたかったのだと思います。

    生徒を守りたい気持ちは強くても、
    学校には守らなければならない規則があります。
    その現実の中で、
    「じゃあ、私たちは何ができるのか」
    を静かに考える回にしたかったのです。

    きれいな解決ではありません。
    でも、環境や関わり方が少し変わるだけで、
    人はまた前を向けることもある。

    この物語は、
    私がずっと書いてきた「優しい言葉10選」と同じく、
    誰かを励ますための正解を示すものではなく、
    しんどさのそばに立つ視点を残したいと思って書いています。

    総務課主任・桜美咲が選んだのは、
    裁くことではなく、
    その先を支える仕事でした。

    この回が、
    読んでくださった方の心を、ほんの少しだけ軽くできたら嬉しいです。


    チームアイドル
    美咲・花音・つむぎ・真央・沙耶

    桜美咲シリーズ
    Š Yuu & Sakuramisaki Project

     
     
     
    日々の中にある、うまく言えない気持ちを書いています。 がんばれない日や、少ししんどい朝も、そのままでいいと思えるような場所でありたいです。 静かに読めて、少しだけ気持ちが軽くなるような言葉を置いています。 そんな場所になれたらうれしいです。

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