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Photo bykarenbossanova

本当にあった不思議な話

    大越裕 @ookoshiy

    2014年に書いた文章ですが、Facebookで友人が再発見してくれて、コメントがたくさんついたので、こっちにも載せてみます。

    ーー
     1月ほど前、引越しにともない、ダンボール3箱分ぐらいの本を、王子公園の近くにある「ワールドエンズガーデン」という感じの良い古本屋に売ることにした。
     車にダンボールを積み込んで運び、私鉄の高架下にある店へ行く。店内に入ると、黒い猫が優雅に本棚の間を歩いていた。若い店主に「買い取りをお願いします」と声をかけると、冊数が多かったこともあって、「査定にちょっとお時間いただけますか」と言う。そこでいったん本を預けて、買取価格はあとでメールをもらうことにした。

     さっそく翌日送られてきたメールには、思いがけずちょっと良いレストランで、ディナーを食べられるぐらいの金額が記されていた。どうやら一冊一冊、きちんと目利きして、値付けしてくれたようだ。以前、ネットで見つけた古本の買取業者に、1000冊以上の本を売ったときには、古紙回収業者に出したほうがマシと思えるぐらいの金額にしかならなかったので、「まっとうな古本屋だなあ」と嬉しく思った。
     メールには「振り込みか、直接店でお支払いするか、どちらにしますか?」とも記載されていた。「まだもう少し売りたい本があるので、後日、お店に行きます」と返事をした。

     それから2週間。忙しくて店に行く時間がなく、そのままにしていたところ、店主からまたメールが来た。
    「お支払いできていないので、まだお預かりしている本を、店頭に出していないのですが、在庫が減ってきたのでよろしければ販売させてもらいたいのですが」とある。私はそれを見て、「律儀な店主だなあ」と再び感心した。「もちろんけっこうです。なかなか伺えずすみません。近く寄らせてもらいます」と返答した。

     さらに2週間が経った日曜日。自宅で朝刊を読みながら、コーヒーを飲んでいると、妻の携帯が鳴った。メールが来たようだ。それを見た妻が、声をあげて驚いた。
     メールの送り主はKさんという、妻と私の共通の知人で、ロンドンに住む女性だった。
     Kさんと私たちが知り合ったのは、もう10年ほど前になる。私たちはある本が好きな人が集まるコミュニティで出会った。私たちは会の後の飲み会で話すうちに仲良くなり、やがて、お互いが最近読んだ、面白い本を貸し合うようになった。そのときKさんは日本の企業の海外進出を支援する団体で働きながら、片手間にライターの仕事もしていた。数年前にイギリス在住の男性と結婚し、いまは子ども3人とともに、ロンドン東部のブラックヒースに暮らしている。
     つい半年ほど前には、子ども連れで帰国していたので、私たちも一緒に王子動物園に遊びに行った。私とはつながっていないが、妻はフェイスブック上で、たまにやりとりをしている。

     妻のメールに書いてあった内容を、かいつまんで書くとこうだ。
     Kさんの友人で、イギリスから神戸大学に日本語を学ぶために留学しているトーマスという男性が、家の近くにある古本屋に、ある日立ち寄った。
    棚を見ていたら、以前に知人から「面白いよ」と勧められて、気になっていた本があった。小川洋子氏が書いた『博士の愛した数式』だ。彼は数百円を支払い、その本を購入して、家に帰った。

     トーマス氏がその本をどこで読み始めたのかは知らない。寝る前にベッドで開いたか、あるいは通学途中のバスの中でページをめくったか。ともかく彼は、その本に一枚のハガキが挟まっていることに気づいた。
    そのハガキには、9年前、2005年の日付とともに、日本語でこんなことが書かれていた。

    「たいへんご無沙汰しています。大越さんのことは、たまにまるちゃんから聞いています。お元気そうでなによりです。『博士の愛した数式』、一年間も借りっぱなしになっていてすみません。優しい、静謐な文章で、読んでいて癒やされました。とても面白かったです……(略)。ではまたお二人にお会いできる日を楽しみにしております。K」
     トーマス氏は最後に記されていた名前を見て、それが自分の友人のKさんと一字一句違わないことに気づいた。そしてすぐにハガキを携帯で写真に撮り、ロンドンのKさんに「神戸で買った古本に、こんなものが挟まっていたんだけれど……」とメールで送った。驚愕したKさんは、すぐにその画像を妻に転送した。

     ここのところ仕事が忙しく、古本屋の店主からは、まだ買取代金を受け取れていない。今度訪れたとき、「じつはこんなことがあったんですよ」と話をするのが楽しみだ。

     
     
     
    1974年茨城県生まれ。神戸在住のライター。編集・ライター養成講座の運営、出版社での編集業務を経て、2011年独立。理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。㈱テックベンチャー総研 取締役

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