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声にならないさけびずなっおこみあげるこの気もちは䜕だろう

    らいおん🊁


    先日、詩人の谷川俊倪郎さんが亡くなった。

    「詩」ずいうものをあたり熱心に読んだこずはない。そんな私でも、谷川さんのこずは知っおいる。

    「こずば」には、その堎の流れを倉える力がある。谷川さんの詩を読むず、そんなふうに思わずにはいられない。

    みなが䞀぀の方向に挫然ず流れおいるずき、䞀぀の「こずば」が流れを倉えるこずがある。人ず人が察立しおいおも、ある「こずば」が、䜙蚈な争いを生むこずなく、流れを倉えるこずがある。

    「こずば」が流れを倉える瞬間。


    本やnoteなどの文章を読むずきには、そんな瞬間が気になっおいる。


    「こずば」には、音がある。


    芖芚的に文字から受け取れる情報以倖に、聎芚的に音声から受け取れる情報がある。
    いや、情報ずいうよりは、もっず感芚的な䜕かなのかもしれない。



    たずえば、ある歌の歌詞のように。


    


    䞭孊校のずきに、クラス察抗の合唱倧䌚があった。

    曲は、「春に」。䜜詞は、谷川俊倪郎である。

    この時は、゜プラノ・アルト・男声の混成䞉郚合唱だった。優勝したクラスは、垂の合唱倧䌚に代衚ずしお出堎するこずになっおいた。クラス間で察抗意識が芜生え、緎習にも熱が入っおいた。

    そうはいっおも、クラス内の生埒たちのあいだには枩床差がある。絶察に優勝しお代衚で出たいずいう生埒もいれば、そもそも歌なんかダルいずいう生埒もいる。特に、うちのクラスの男子は、やる気がない生埒が倚かった。思春期の男子生埒なんお、そんなもんである。

    そういうクラスが緎習をするず、先生や女子たちから男子の声が小さいずいった泚意を受けるこずになる。「ちょっず、男子真面目にやっおよヌ」

    この状況に私は困惑した。
    正盎、集団の䞭で歌っおいる私には、「本圓に男子生埒の声が小さいのか」が分からなかったのだ。
    隣の〇〇君ず反察の△△君はきちんず歌っおいお隣からよく声が聞こえる。䞀方で、距離の離れた女子たちの声は、遠くの声のように感じる。

    「男子はすでに真面目にやっおいるのではないのか」
    そう蚀っおみたくもなった。

    そうはいっおも、䞭に入っお歌っおいる以䞊、怜蚌の仕様がない。ただでさえ恥ずかしがりの私が、䜕かを物申すこずはできなかった。



    がくはもどかしい


    


    noteなどのSNSで投皿する行為は、自分が曞いたものを党䞖界に閲芧可胜にさせる行為である。自分の恥をさらす䞀面があるこずは吊定できない。

    なぜそのようなこずをしおしたうのだろう。

    承認欲求。

    そういっおしたえば簡単なのかもしれない。
    しかし、実際のずころはもう少し耇雑なのではないだろうか。

    発信しお評䟡されたいずいう気もちもあれば、そのくせ自分のなかで黙っおいたいずいう気もちもある。

    耇雑な感情のせめぎあい。


    心のダムにせきずめられ
    よどみ枊たきせめぎあい
    いたあふれようずする
    この気もちはなんだろう

    谷川俊倪郎「春に」


    


    さきほどの合唱倧䌚。
    結果は、クラス䞭䜍。

    最初の壊滅的な状態からすれば健闘したが、代衚クラスにはなれなかった。

    本番前、思春期の男子たちには葛藀があった。


    ちょっず倧声で歌っおみたい。そのくせ黙っおいたい

    䞀歩を螏み出しおみたい。そのくせじっずしおいたい



    本番前、男子たちは、あらためお「春に」の歌詞を眺めおみる。

    なんだこの歌詞は。
    そのたんた自分たちじゃないか。谷川俊倪郎やべえ。



    本番。䜓育通のステヌゞ。

    䜓育通の端から檀䞊たでが、地平線のかなたぞず続いおいるように感じる。

    埌ろの男子が緊匵しながら、仮蚭の台に乗るずきに、ぎしぎしず軋む音が聞こえる。歌う前の现かい音はあんなに鮮明に芚えおいるのに、なぜか肝心の歌が始たったあずのあの声は、よく芚えおいない。

    声にならないさけびずなっお
    こみあげるこの気もちは䜕だろう

    谷川俊倪郎「春に」


    


    2024幎12月1日の関東地方は、ずおも柄み切った青空だった。

    同日、ある方のⅩの投皿でモノカキングダム2024ずいう䌁画があるこずを知った。


    テヌマは、「こえ」。

    谷川さんの詩ず合唱のこずを思い出した。

    そのこずがきっかけで、ふず調べるず、12月に谷川俊倪郎さんが最期に翻蚳した絵本『クリスマスはいっしょの時間』スヌヌピヌえほんが発売されるこずを知った。

    声にならない䜕かを感じ、思わずその堎で予玄した。


    目に芋えない゚ネルギヌの流れ


    正盎、シビアな評䟡にさらされるず最初から分かっおいる䌁画に文章を投皿するのは、ちょっず怖い。

    どんな反応があるのかは投皿しおみないずわからない。そもそも、反応があるのかすらもわからない。


      でも、どんな反応があるのか芋おみたい。


    「こずば」が流れを倉える瞬間――


    さあ、少しだけ勇気をだしお、画面右䞊の「公開する」ボタンを抌しおみよう。


    あの空のあの青に手をひたすように


    声にならないさけびずなっお
    こみあげるこの気もちは䜕だろう

    谷川俊倪郎「春に」


    本文1945字









    こちらの䌁画に゚ントリヌしたした








    「春に」所収






     
     
     
    本やいろんな人の蚘事や文章を考察しおいたす「noteの䞖界に珟代文を読み解く文化を浞透させる」「読んでいない本に぀いお堂々ず語る方法」日本酒奜き※amazonア゜シ゚むト・プログラムに参加しおいたす「今日䞀日を最高の䞀日に」アむコンはTomyammyさん䜜

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