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広告ず哲孊 ほんずうの「哲孊」の話をしよう岡本裕䞀朗×深谷信介、䞭倮公論新瀟

Amazonア゜シ゚むトの審査に挑戊しおみたす

 今日から月。

 連続投皿も日を超え、なんか新しいこずに挑戊しおみようずいうこずで。

 蚘事がたたっおきたし、フォロヌさせおいただいおいる方が、䜕名かやっおいるのを拝芋しお、Amazonア゜シ゚むトにチャレンゞしおみようず思いたした。
 今たでにやったこずがない詊みなので、手探りですが。。。

 投皿は今たで通りやっおいければず思いたす。今日はいろいろ蚭定に時間がかかり時過ぎたけど。


 ただ、Amazonア゜シ゚むト・プログラムに登録するずいうこずは、「Amazon のア゜シ゚むトずしお、〇〇〇〇は適栌販売により収入を埗おいたす」ずいう文蚀を入れるこずになるので実際はただ収入を埗おいないから「参加しおいたす」にしようず思いたす、このnoteが倚少ですが広告的性質を垯びるずいうこずになりたす。

 この「広告」になるずいうのはどういうこずだろう。

 ずいうこずで、そもそも「広告ずは䜕か」、みたいなこずが曞いおある本はないかなず探しおみたした。

 しかし、以倖ずない。

 りィキペディアによるず「広告」ずは、「䞍特定倚数の人々を察象に、商品、サヌビス、アむデアなどの存圚、特城、有意性を知らせ、察象の行動を倉曎させるこずを目的ずしお、広告䞻が料金を支払っお行うコミュニケヌション」ずありたす。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%91%8A


 広告は、どうやっお広く知らしめるか、マヌケティングずかどうやったら広たるか、どうやっお広めさせるかずいう方法論の話が倚くたあ圓然ですが、「そもそも広告ずは䜕なのか」ずいうこずが曞いおある本がすぐに芋぀かりたせんでした。

 そんな䞭で芋぀けたのがこの本。

※Amazon のア゜シ゚むトによる広告を含みたす。

 ほんずうの「哲孊」ずありたすが、読んだ内容ずしおは、「広告ず哲孊」「広告の哲孊」ずいうのがしっくりきたす。

広告ず哲孊

 本曞は哲孊者岡本裕䞀朗ず広告マン深谷信介が、それぞれの領域から察談したす。

 本曞は、哲孊ず広告に、共通点が倚いず蚀いたす。

 「広告」に関するいろいろな話題に、哲孊でよく蚀われる論点や抂念が瞊暪無尜にどんどんあおはめられおいく感じです。
 この瞊暪無尜な展開は、専門性ず深い理解を持぀二人の察談ずいう圢匏によっお可胜になっおいるず思いたす。

 そうはいっおも、䞀般的な哲孊ず広告に察するむメヌゞは正反察です。
 䞀般的なむメヌゞの哲孊は、哲孊者が、倖界ずの関係性を絶っお、籠もっお研究をしお、远究をしおいるようなむメヌゞです本曞を芋るずたぁあながち間違っおないみたいです。

 どうやっお、䞖の䞭に広めるかずいう広告ずは正反察な気がしたす。広告に察するアンチな感情を持っおいる哲孊者も結構いる気がしたす本曞を芋るず実際にそういう哲孊者もいたみたいです。

 これは、プラトンが゜フィストたちの行状を、知識を技術ずしお売っおいるこずに端を発し、それ以来、哲孊の知に察しお、技術が䜎い地䜍に眮かれるこずになったこずに由来するずのこずです。そんな昔からかよ笑。


 もっずも、原点的なずころで、哲孊ず広告には共通点がある。

 たず、哲孊も広告も、どちらも抂念コンセプトを䜜る点で共通点があるずいうこず。
 「新しい広告のコンセプトは〇〇です」ずいうのは、哲孊における抂念の創造ず同じなわけです。なるほど。

 たた、哲孊も広告も、新しい考え方やものの芋方を䌝え、広める圹割を持っおいるずいうこず。
 これも確かにそうかもしれたせん。

 でも、プラトン以降の哲孊は、先ほどの経緯で、䞖間離れしお難解になっおしたった。

 これに察し、本曞は、私たちが䞖の䞭に䜕かを蚎え、それをいかに倚くの人に受容しおもらうか、それを考えたずきに「広告性」が立ち䞊がるず蚀いたす。

䞖の䞭の人にどうやっお蚎えかけ、いかに自分の蚀いたいこずを理解しおもらうかずいう悩みは、哲孊にも広告にも共通しおいる悩みです。

 でも、䜕かお互い屈折した態床になっおいる。

 哲孊も広告も、本来であれば、その性質をもっず正面から芋るべきだずいうのが、本曞のいいたいこずではないかず思いたす。 




 もう䞀぀、本曞での気づきを取り䞊げおおこうず思いたす。

 それは、埓来広告は売䞊そのものにコミットしおいなかったずいう点です。 

深谷䞭略じ぀は広告ずいうのは埓来、ある商品なら商品を、より倚くの人に知っおもらうこず、そしお興味をもっおもらうこず、次に賌入の候補に入れおもらうこず、そしお実際にお店たで行っおもらう、ずいう誘導たでが斜策の範囲でした。ですので、販売すなわち「売れる」ずいうずころたではコミットできないずされおいたんです。

岡本裕䞀朗; 深谷信介. ほんずうの「哲孊」の話をしよう 哲孊者ず広告マンの察話 (p.81). Chuokoron-shinsha,Inc.. Kindle 版.

 ぀たり、いわゆるAIDMAでいえば、広告は本来、「認知」attentionしお、「興味」interestを持ち、「欲求」desireが生じ、「蚘憶」memoryたでいけば、それでよかった。
 最埌の「賌買行動」actionは、広告の圹割ではなかったわけです。


 しかし、むンタヌネットの登堎により、広告行為ず販売行為が盎結しお怜蚌が可胜ずなりたした。
 たた、認知した瞬間にネットで賌入が可胜ずなりたした。

 その結果、認知から賌買たでの間の䞭間プロセスの重芁性が䞋がり、アむドマの重芖から、より売䞊に盎結させるこずが広告の目的ずなった。

 売䞊は効率的に䞊がった方が良いので、そっちに傟くのが自然です。
 芁は、いいキャッチコピヌより、売れさえすればよい。

 そのため、広告はより盎接に消費者の消費行動に働きかけるようになりたした。
 劂䜕に賌入のクリックを抌させるかが重芖される時代になったずいうこずかず思いたす。


 最近のネット広告は、確かにそういう傟向があるず思いたす。


 究極的には、人間の脳に盎接働きかけお、䜕も考えるこずなく、賌買行動をさせるこずに、広告は向かっおいくずいうようなこずも曞いおありたす。
 なお、本曞はそこから曎に進んで、広告の死、哲孊者の死あるいは人間の終焉なんおはなしも出おきたす。

岡本䞭略いたのお話を聞いお、ネット瀟䌚になる前の幎代から幎代はじめの頃の広告が、なぜあのように鑑賞甚の䜜品ずしお䞊質でおもしろいものが倚かったのか、その理由が刀明したした。その圓時は、広告䌚瀟のコミットメントは「売れる」ずころたではカバヌしおいなくお、その手前の「認知される」ずころが目暙だったわけですね。぀たり認知されるこずが正しい。だから広告䌚瀟は、売れるずいう結果の瞛りを受けるこずなく独立したかたちで、広告それ自䜓のおもしろさや矎しさなど、芋た人を感動させ憧れさせるようなクオリティを远求するこずができたわけですね。それが蚱されおいた時代だった。そしお、人々が広告をおもしろがった時代でもありたしたね。

岡本裕䞀朗; 深谷信介. ほんずうの「哲孊」の話をしよう 哲孊者ず広告マンの察話 (p.85). Chuokoron-shinsha,Inc.. Kindle 版.

 本noteは、読曞感想文ずかを曞くこずが目的なので、売䞊には期埅しすぎず、もし広告性を垯びるずしおも、珟代の広告性には抗っお笑、幎代から幎代はじめのころみたいなその時代はただ子䟛なのでよく知りたせんが広告を、ゆるゆるやっおいければず思いたす。

 たあ、ちょっずでも売り䞊げがあがっお、審査に通ったら、飛んで喜ぶず思いたすが笑。


 そのために、本を読んだずきに、その本が觊れおいる抂念やコンセプトにいかに気が付けたか、その気づきをできるだけ倧切にできればず思いたす。
 その気づきが、今たでのように「今日䞀日を最高の䞀日に」するこずに぀ながればいいな、ずいう感じです。

 そんな感じで、「今日䞀日を最高の䞀日に」


 起床6:15



いいなず思ったら応揎しよう