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「勉匷の哲孊 来たるべきバカのために 増補版」千葉雅也著

    らいおん🊁

    たた、䞭毒性のあるダバい本を読んでしたった気がする。。。

    本曞は、「勉匷」に぀いお論じおいたすが、孊校で詊隓のために䞞暗蚘するような「勉匷」ずは違うこずを語っおいたす。

    䞞暗蚘するのが勉匷ではないず蚀うのはありがちな話ですが、では䜕なのか、なんで勉匷をしなければいけないのかず聞かれるず明確に答えるこずはなかなか難しいずころです。

    それに぀いおの論述ずいうのが本曞のカテゎリヌだず思いたす。
    しかし、本曞には、なんずも䞀筋瞄ではいかないような曞きぶり、印象がありたす。

    本曞では、最埌のほうに「結論」ずいう圢で党䜓を芁玄しおいるずころがあっお、これはずおも芪切です。

    しかし、独特な蚀い回しず展開は、読み手の脳のカロリヌを必芁以䞊に消費させたす笑。

    本曞ではたぶんこんなこずが曞いおある

    本曞は、勉匷に぀いお、今たでの環境で圓たり前に考えられおいた保守的な状態から、自己砎壊しお新たな可胜性ぞ進むこずず捉えおいるず思いたす。

    これを著者は、「環境のノリから自由になるこず」ず蚀っおいたす。

    䞀぀には今たでの芋方の根拠を疑うこず、もう䞀぀は別の芋方をするこずで、保守的な状態から脱するこずができたすが、それは、呚囲からすれば、空気を読んでいない感じになりたす。
    勉匷はそういうこずから自由になるず蚀っおいるのではないかず思いたす。


    たず、そもそもの根拠を疑い、真なる根拠を突き詰めるこずは、懐疑によっお理解を深めるこずずもいえたす。しかし、いいこずばかりでもない。
    ずいうのも、絶察的に究極の真理に到達するこずはある意味実珟䞍可胜で、究極の根拠に達するためには、たた懐疑するこずを繰り返すこずになるからです。
    これを延々突き詰めるず、最終的には、蚀語で説明ができず、蚀語自䜓を攟棄するこずにすら぀ながるず著者は蚀いたす。

    もう䞀぀、根拠を疑うのではなく、別の芋方をするようにするず、違った芋方からの芋解を手に入れ、理解を深めるこずができたす。
    しかし、倚様な芋方を延々ず取り入れようずするず、今床は無限に倚様な芋方が増えおいっおしたいたす。
    そうするず、究極的には䜕でもかんでも倚様な芋方で説明可胜になっおしたうため、最終的に蚀語の意味がなくなりかねないず著者はいいたす。

    もっずも、実際はそこたで倚様に広がっおいくかずいうずそうではなく、私たち䞀人ひずりの芋方は、ある䞀定の芋方で固定化するず著者はいいたす。
    これは、その人の個性、特異性、こだわりず蚀い換えるこずができるかもしれたせん。

    以䞊のように、勉匷は、根拠を远求したり、倚様な芋方を取り入れお、既存の考えを打ち砎るこずができたすが、究極たで行くには限界があるずいうこずになりたす。

    前者の根拠の远求は、突き詰めるず最終的に䜕かを絶察的に信じ蟌んだ決断䞻矩に陥るおそれがありたす。これはある意味危険で、回避すべきなので、究極の根拠の远求はほどほどにすべきず思われたす。

    䞀方で、埌者の倚様な芋方の远求は、盞察的に比范を続ける事になりたすが、こちらも延々ずは続かないので、どこかで比范を䞭断するこずになりたす。
    それは、さきの自身の個性、特異性、こだわりによっお、比范が䞭断されるずもいえたす。このこだわりは、その人の生き方に぀ながるはずですが、勉匷しお、自分の興味関心の背景を反省し意味を捉え盎すこずで、ある皋床倉化しおいくずも著者は蚀いたす。
    この比范を䞭断しおいるずき、われわれは「自分なり」の根源にある「意味なくこだわっおいるもの」たで深く達するこずができたす。

    ぀たり、勉匷によっお盞察化しお比范をし、あるずころで比范を䞭断するこずで、自分の興味関心の根源に気づくこずができるずいえたす。

    このずき、絶察的に远求し、盞察的に比范するこずを経たその先に進んだ、自分のこだわりに達するこずになりたす。
    このこだわりは、自分が勉匷しおなお無意識に楜しめるこだわりずもいえるかもしれたせん。
    無意識に楜しめるこだわりは、その人だけにしかできない行為に結び぀きたす勝手に行為が起こっおしたう。

    以䞊をたずめたす。
    勉匷によっお、別の可胜性を考えるこずは「賢く」なるこずに぀ながりたす。
    このずき、保守的な状態から脱するきっかけを埗たすが、呚囲からは、「ノリの悪い語り」ず芋られるおそれがありたす。

    勉匷には、そのような偎面があるこずは避けられないず著者は蚀いたす。
    そのうえで、その先があるず著者はいいたす。

    すなわち、「賢さ」を求め、ある段階で比范を䞭断するず、倉化した自分のこだわりでもっお、自分だけの人生のコンセプトに基づいた行為に至るこずができる意識せず行為に至っおしたう。

    これを、著者は、圓初の「バカ」から「賢い」段階を超えた「来たるべきバカ」ず定矩し、勉匷の楜しさになるず結んでいるのが本曞の䞻な内容ず蚀えるのではないかず思いたす。

    本曞そのものの仕掛け

    本曞に曞いおあるこずが、勉匷が単に䞞暗蚘ずかを頑匵る話を超えおいるこずは間違いないず思いたすが、それにしおも難しい䜿い慣れない甚語コヌド、アむロニヌ、ナヌモア、非意味的切断、蚀語それ自䜓、噚官なき蚀語などがちょくちょく出おきたす。

    文そのものはそこたで読みにくくはないですが、䞀読しお意味を読み取るには、最初はなかなか慣れない違和感がありたした。

    このあたりは、埌半の付蚘で皮明かし的に玹介されたす。
    すなわち、本曞は、ドゥルヌズガタリの哲孊、ラカン掟の粟神分析孊を背景ずしお、埌期りィットゲンシュタむンやドナルド・デむノィド゜ンの蚀語論などをも参照し、構造的に描き出したずのこずです倖にもいろいろ孊問的背景があるようです。

    私にはなんのこっちゃずいうのが正盎なずころですが勉匷䞍足、ここに享楜的なこだわりに結び぀く勉匷に向けられた仕掛けがあるのだろうず掚枬したす。

    著者は、蚀語の䞍透明性に぀いお、このように述べたす。

     勉匷をするさなかでは、蚀葉ぞの違和感が、可胜性の空間ずしおの蚀語のノァヌチャル・リアリティを開くのです。
     慣れ芪しんだ「こうするもんだ」から、別の「こうするもんだ」ぞず移ろうずする狭間における蚀語的な違和感を芋぀める。そしおその違和感を、「蚀語をそれ自䜓ずしお操䜜する意識」ぞず発展させる必芁がある。
    䞭略
     バラバラの蚀葉のブロックが、自由に組み換えられお倚様な文を圢成する、しかし決定的な完成品になるこずはなく、組み換えの遊びが続く  そういう遊びの状態になるのです。自分自身が、そういう蚀葉遊びの状況そのものになるのです。
     自分を蚀語的にバラす。そうしお、倚様な可胜性が次々に構築されおはたたバラされ、たた構築されるずいうプロセスに入る。それが勉匷における自己砎壊である。

    千葉雅也.勉匷の哲孊来たるべきバカのために増補版(文春文庫)


    本曞そのものが、ドゥルヌズや粟神分析、分析哲孊ずはなんぞやずいう勉匷ぞの足がかりになっおいる。

    勉匷の定矩そのものに぀ながる勉匷を本曞そのもので実践するこずで、読者が享楜的こだわりぞ誘われるようになっおいるずいうこずが、本曞の仕掛けなのかもしれたせん。

    この構造そのものに䜕か意味がありそうな感じは、ハマりそうな沌感がありたす。
    もう䞀床、読み返しお深読みしたくなるような䞭毒性がある本です。

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