
【実話】時給1150円のネカフェバイト、熱田神宮のお清めの塩を貫通する「厄日フルコース」に遭った話。
この日、私は現場検証、システム障害、クレーマー対応、パンツ一丁のサラリーマン、そして自分自身まで怪異になるとは思ってもいなかった。
私は20歳、ネカフェでバイトをしている。
まだ勤務1年も経っていない。
ネカフェには様々なお客さん、またはくせ者が来る。
しかし一昨日、私は接客業の全てを経験した気がする。
出勤して最初に現れたのは、
“車ぶつけ警察出頭未遂おじさん︎︎”だった。
「店のポールに車をぶつけちゃったので、警察と現場検証しに行ってもいいですか?」
…げ、現場検証??耳を疑ったが、それは聞き間違い等ではなかった。
一瞬、名探偵コナンの世界線にでも転生したのではないかと錯覚した。
しかし、もちろん私はアルバイト。現場検証の許可権限など持っているわけがない。
とりあえずサポート室に電話した。
「責任者の方に確認してください」
と言われたので責任者に電話した。
すると
第一声が「俺今日休みなんだけど!?」だった
普通に電話越しにブチ切れられた。
休みの日ということをバイトの身分が知るわけがない、カレンダーにも記載がなかった。
「ほな死ねっちゅうんかえ!!」と思わず脳内の粗品が盛大にツッコミを入れそうになったが、そこは大人なのでグッとこらえた。
結局、
「クレームつけてきたら即110番して」と丸投げの指示を貰い、折り返しおじさんに電話した。
その後、おじさんは車に乗ってお店に来た。
すぐに分かった。
なぜなら助手席後方のドアが一面ガリガリに擦れているからだ。
非常に言いづらいが、本免試験に4回落ち、5回目でようやく免許をもぎ取った私ですら圧倒的に「…これは勝った」と思える傷だった。
どんな狂犬クレーマーが来るかとヒヤヒヤしていたが、案外物腰が柔らかく言葉が通じた。
「ご自身の車の保険会社に確認してみてはいかがでしょうか……」
と優しく介護するように案内したところ、
「警察呼ばなくていいそうです!」
とのことで、スッキリした顔でおじさんは帰っていった。
優しい人だった。
でも、私は何も分かっていなかった。これがただの前座だということを。
次に現れたのは、 “株主優待妖怪おじいちゃん”だった。
来店するなり、店内に響きわたる怒号。
「ログインできないよ!!!」 私は株主優待の券を読み、説明を読み、必死に頑張る。が、できない。何度やってもできない。
「上の者に確認してまいりますので、少々お待ちください」とお声掛けをし、私は再び名ばかりのサポート室に電話した。
♪てーてれれれてれれー♪
保留音。エルガーの「愛の挨拶」が流れた。
♪てーてれれれてれれー♪
曲はもう2周して5分経過している、…まだ出ない。
もう虚無になり、私は踊りそうになっていた。
もう途中から、保留音と一緒に揺れていた。
ようやく繋がったと思ったら、
「こちらでも分かりません」
終わりである。サポート室なのに全くサポートしてくれない。
私はおじいちゃんに、
「システムトラブルみたいです……」額に汗を流し、目をバキバキに泳がせながら説明した。
何とかおじいちゃんは納得して帰っていった。
数十分後。
全くサポートしてくれない名ばかりのサポート室から呑気に折り返しが来た。
「今日からログイン方法が変わったんですけど、店舗への通達を忘れてました!」
ふざけるなよ。
私は20歳アルバイトである。
国家機関ではない。
…そしてここから地獄の本番が始まる。
次に現れたのは、金髪で小太りのおじさん通称 “腹ぺこ金髪豚野郎”だった。
(本人には一切言っていない)
「注文通ってる!? 5分以内に来なかったらキャンセルだからな!!」 とくるやいなや、フロントで叫んだのである。
あまりの俺様口調に昔見ていたアニメの傲慢なキャラを思い出した。
しかし、哀しきことに、こいつは中村悠一でもない。シチュボのドS彼氏でもない。
ただのリアルに怖い小太りである。
普通に怖い。
私は厨房へ走った。
新人の子がいた。
「あと3分でできる?」
「はい!」
新人の子はまだ慣れておらず、5分で作れる料理を丁寧に真心込めて作りすぎて、20分以上はかけるマイスター気質の持ち主だった。
私は新人の真心を秒でひったくり、家畜小屋に餌を運ぶ飼育員のような速度で料理を届けた。
無事、間に合った。
ありがとう新人。
ありがとう豚の餌。
フロントの家畜小屋化を何とか防いだ私が
次に案内することになったのは、︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎心霊現象”だった。
予約している○○です。と眼鏡をかけたおぎやはぎの小木さんそっくりな男性に声をかけられた。 204号室を予約しているお客さんだった。
フロントで入店処理をし、部屋まで案内した。
目的地に到着した、その時だった。
……ガサガサ。
誰もいないはずの閉ざされた部屋から、何かが蠢く音がする。
「……います?」
返事はない。
私とおぎやはぎとの間に入るかつてない緊張。思わずお互いに「え?」という顔で見つめ合った。
私は恐る恐るドアノブに手をかけ、
ゆっくりと…本当に……ゆっくりと開けた。
「え……?」
…そこにはパンツ一丁のサラリーマンが佇んでいた。
これから「男の聖戦(自慰行為)」を執り行おうとしていたのだろうか、あまりにも最悪すぎるタイミングで神聖な領域を侵犯してしまった。
怖すぎる。
というか、非常に申し訳ない。末代まで謝り倒したい。
おぎやはぎとパンイチサラリーマンの3人で、完全に時間が停止した。
「た、大変失礼いたしましたー!」
私は絶叫しながら、全力でドアを閉めた。脇汗のダムが決壊した。穴があったら入りたいとは、正にこのことなんだと魂で理解した。
しかし、落ち着いてドアの横のプレートをよく見たら「204A」だった。 ただの激しく紛らわしい部屋番号の間違いだった。
危うく、見ず知らずのサラリーマンの社会的尊厳を、何も関係ないおぎやはぎの小木さんを巻き添えにして完全に除霊(消滅)させてしまうところだった。
これらはたった2時間の出来事である。
この日、頼れる先輩はいなかった。
一応年上の先輩はいたが、何せたまに無断欠勤と遅刻をかますフリースタイルな奴なので1ミリも頼れなかった。
結果として、私は20歳にしてこの店舗の治安維持を一手に担うことになったのである。
時給1,150円である。 繰り返すが、時給1,150円である。
安い。安すぎる。
日本の最低賃金システムを疑う。
命からがら帰宅した後、私は友達とゲームをしていた。
しかし、精神の限界を迎えていた私は座ったまま泥のように寝落ちしてしまった。
本当の恐怖は、翌朝に待っていた。
目が覚めてスマホを確認すると、寝ぼけた私が友人に対して、謎のボイスメッセージを「10件」も送りつけていたのだ。
長いもので63分、短いもので2分40秒あった。
恐怖で血の気が引いた。「どうかしました?」と困惑の返信が来ていたが、もう怖すぎて中身を再生する勇気などあるはずもなく、そのまま一瞬でチャットごと削除した。「間違えて押しちゃっただけなので気にしないでください!!」と念の為返信した。
何を送ったのか、本当に記憶にない。
もしかしたら、寝言で客への呪詛を吐いていたのかもしれない。
もしかしたら、脳内にこびりついた「愛の挨拶(保留音)」をうわ言のように口ずさんでいたのかもしれない。
客たちを怪異だと思っていたが、最終的に私自身が一番の怪異に成り果てていた可能性すらある。
スピってるわけではないが、バイト前にはいつも熱田神宮で授かったお清めの塩を軽く撒いている。しかし、それすらも平然と消し飛ばして貫通してくる、人生最悪の厄日フルコースだった。 熱田神宮のお清めの塩は、たしかに効くらしい。ただ、この日の厄だけは、普通に突破してきた。