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ビヨンセは、カウボーイハットに何を託したのか。『COWBOY CARTER』が見せた、カントリーのもう一つの風景


カウボーイハットをかぶり、馬にまたがるビヨンセ。
その手には、大きなアメリカ国旗。
『COWBOY CARTER』のジャケット写真を見たとき、まず目に入るのは、誰もが知っている“アメリカらしさ”だ。
でも、見慣れたはずのそのイメージに、彼女がいる。
その一枚は、カントリーという音楽と、アメリカの風景を誰のものとして見るのか、静かに問いかけている。
「TEXAS HOLD ’EM」公式ビジュアライザー⁠
カウボーイは、映画の中だけの存在じゃない
カウボーイと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、西部劇のヒーローかもしれない。荒野を馬で駆ける、白人の男。
けれど、アメリカ国立公園局は、歴史上のカウボーイの4人に1人はアフリカ系アメリカ人だったと紹介している。黒人のカウボーイたちは、南北戦争後に西部で牧畜の仕事に就き、実際に牧場や牛追いの仕事を支えていた。
その歴史は、映画やポップカルチャーで語られる“西部”のイメージから、長いあいだ見えにくくなっていた。
カントリーもまた、しばしば白人の音楽として語られてきた。だからビヨンセがカウボーイハットをかぶる姿は、単なる衣装替えでは終わらない。
服が、アルバムの問いを先に見せていた
『COWBOY CARTER』のジャケットで、ビヨンセはロデオのチャップスとカウボーイハットを身につけ、馬上でアメリカ国旗を掲げている。
この服装は、カントリーらしさを借りたファッションというより、彼女がアルバムで向き合うテーマを目に見える形にしたものだと思う。
カウボーイハット、デニム、ブーツ、チャップス。
どれもアメリカの定番として知られている。
でも、誰がそれを着るのかで、見え方は変わる。ビヨンセがその服を着ることで、カントリーの風景には最初から黒人の歴史もあったことが、もう一度前に出てくる。
“カントリーに入ってきた”という話だけではない
『COWBOY CARTER』には、リンダ・マーテルの声が登場する。彼女は1969年、グランド・オール・オプリに出演した最初の黒人女性カントリー歌手として知られている。
さらに「BLACKBIIRD」では、タナー・アデル、ブリットニー・スペンサー、ティエラ・ケネディ、レイナ・ロバーツという黒人女性カントリー歌手たちがビヨンセとともに歌う。
アルバムは、ビヨンセが新しいジャンルに挑戦したというだけではない。すでにその場所で歌ってきた人たちの名前や声を、一緒に届く形にしている。
2025年のグラミー賞で、『COWBOY CARTER』は最優秀カントリー・アルバム賞と年間最優秀アルバム賞を受賞した。最優秀カントリー・アルバム賞を受賞した初の黒人女性アーティストになったことも、大きく報じられた。
授賞式のスピーチで彼女は、ジャンルという言葉が、アーティストをある場所にとどめるための合言葉になることがあると話した。
ハイファッションとロデオのあいだ
『COWBOY CARTER』期のビヨンセは、ウェスタンウェアをそのまま着るのではなく、メゾンの視点を通して見せている。
ツアーでは、フリンジの付いたボディスーツにチャップス、カウボーイハット。バーバリーはチェック柄を取り入れ、ロベルト・カヴァリはデニムの見た目をプリントで表現した。
ロデオの服装とステージ衣装、アメリカの大衆文化とハイファッション。その境目を行き来する姿は、彼女の音楽そのものにも似ている。
カントリー、ソウル、ポップ、ロック。ひとつの棚にきれいに分けて置くより、混ぜて鳴らしてみる。服もまた、その音の広がりを目で見せていた。
ハットは、流行の小道具ではなかった
カウボーイハットは、もちろんファッションとしても広がった。けれど、ビヨンセのハットを見ていると、トレンドのアイテムとしてだけ片づけるのは難しい。
あの帽子は、カントリーの歴史を誰が語るのか、誰がその風景の中に立てるのかを、視覚的に伝えていたからだ。
彼女が着た服は、アルバムのコンセプトを説明する衣装であると同時に、アメリカのイメージを着ることへの宣言にも見える。
カントリーの音を聴き、ウェスタンの服を着る。
そこに「自分もここにいる」と示す。
『COWBOY CARTER』が見せたのは、新しいカウボーイ像だけではない。昔からあったのに、見えにくくされてきた風景だったのかもしれない。

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参考資料

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