
となりのゲームは青い | 第3章 アランの嫌な予感
前回までのあらすじ
女子大生のあらたは『つくれ!この森』の配信が少しずつ軌道に乗り始める。動画はバズり、フォロワーも増え、ゲームと配信に夢中になっていく。一方、その変化をゲームの世界から見つめるアランにも、小さな変化が訪れ始めていた。
わたしはベッドから飛び起きた。
今回はずいぶん長く眠っていた気がする。
こわばった体を伸ばして、わたしはいつも通り、階段を駆け降りて家の外へ出る。
日付を確認して、思わず息を飲んた。
「え...。3日も経っている!?」
最近のあらたは、こんな調子だ。
この前までは、あんなに寝る間も惜しいようにログインしていた。
ゲームの大型アップデートがあった時は、新作のアイテムにはしゃいでいる様子だった。
次から次へと家具を作り上げ、ひとつの部屋は大がかりなリフォームをした。
壁を塗り替え、床を張り替え、家具を新調して。
水色を基調にした部屋は"リゾートホテルの一室風"だそうだ。
たしかに南国感が漂っていた。
あらたはそんな勢いでゲームをしていたのに、このところ、ぽつりぽつりとログイン回数も、プレイ時間も減ってきた。
ここ数週間なんて、一日一回ログインすればいいほうだ。
ほんのちょっと前までは、たくさんプレイしてくれていたのに...。
ゲームに飽きてしまったのだろうか?
前よりプレイ中の声の張りがない気もする。
具合でも悪いのだろうか?
調子がおかしくなった、あらたに声をかけることすらできないから、もどかしい。
わたしはゲームをしてくれなければ、ひとりで寝続けることになる。
あらたがゲームをしてくれることを待つことしかできない。
こんな気持ちを「さみしい」と呼ぶのかもしれない。
あらたの声が聞こえてくる。
「ヤッピー!みんな元気?あらたです!今日はお散歩配信の日やっていきますよ~!」
よかった...。
いつもの挨拶だ。
わたしは森の中を走り出す。
何日か空いているせいで、雑草が所々に生えている。
雑草を片っ端から抜いて森を綺麗にしていく。
そうやって、森を一周してから、わたしは釣竿をいつものように肩にかついだ。
海に大きな魚が泳いでいる。
釣竿をほいっと私は投げる。
魚が食いつく。
魚の釣竿を引っ張る力はいつもより強い。
力一杯、魚を引き上げると...
あらたの叫び声が聞こえてきた。
「やばい!!カジキ!ついに捕まえました!」
あらたがなかなか捕まえられなかった魚だ。
大きな魚影を見つけるたびに釣竿を投げては、違う魚を釣り上げていた。
それなのに今日は、ふと投げてみた一回で釣れてしまったのだ。
「やったー!これで、お魚全種類コンプリートしました!!」
今日のあらたは元気だ。
その弾んだ声を聞いて、わたしはホッとする。
やっぱり、このくらい賑やかな方が落ち着く。
あらたが毎日のようにログインしていた頃は、たしかに慌ただしかった。
くる日もくる日も、何かを掘ったり埋めたりばかり。
この街はいつ完成するのだろうか?
ゴールが見えず、うんざりとした。
それでも、今となってはそんな毎日が少し恋しい。
「忙しい」とちょっと不満に思っていた自分に伝えたくなる。
それって幸せだよ、と。
あらたの声が聞こえてくる。
「さて、今日はこのライブ配信限定で皆さんに相談をさせてください!アーカイブは残しませんので、よろしくお願いします。」
なにか重大なお知らせだろうか?
少し身構える。
わたしは画面越しのあらたの顔を見ながら、改装したばかりのホテルの一室のソファーに腰掛ける。
「みなさんはポコモンやってますか!?つくれ!この森プレイヤーは正直ハマる人も多いんじゃないかと思います。」
ポコモン?なんだそれ?
そんな名前は聞いたことがない。
新しいキャラクターのことだろうか。
新しい森の名前だろうか。
「わたしの投稿をいつも見てくれている人は知ってると思うんだけど、最近わたしはポコモンの配信もやっています。
つく森はもう一年以上配信してきて、本当にたくさんの人に見てもらいました。
コメントもいっぱいもらったし、ここまで続けてこられたのはみんなのおかげです。
ありがとうございます。
わたし自身、昔からつく森が大好きだし、これからもつく森を続けていきたい気持ちはあります。
ただ、二つのゲームを並行して配信したり動画を作ったりするのが、思った以上に大変で……。
それに、これからプライベートの方も忙しくなりそうなんです。
なので、一旦つく森の配信はお休みして、しばらくはポコモンの方に集中するということも考え中です…。」
え……?
配信を、やめる……?
「もちろん、つく森は大好き……。これからもちょこちょこプレイをしていく……」
途中から、あらたの声が耳に入らなくなってきた。
あらたは、何を言っているのか?
私はソファーに腰掛けたまま、動けない。
頭が真っ白になる。
「まだ決定事項ではありませんが、みなさんのコメントも読んで、また改めてお知らせ動画出しますね!!」
わたしは、聞いた話を何度も頭の中で繰り返す。
ポコモン。
二つのゲーム。
配信を休む。
……ポコモンって、ゲームの名前なのか。
もしかして、あらたはそっちに夢中なのだろうか。
だから最近、ゲームをする時間が短かったのか?
そう考えると、不思議なくらい辻褄が合った。
だからこそ、考えたくない。
配信を休む。
それは、どういう意味なのだろう。
配信だけを休むのか。
ゲームは続けるのか。
それとも、もうこの森には来なくなるのか。
わからない。
わからないのに、胸の奥だけがざわざわした。
わたしは、これからどうなるのだろう?
「これからもちょこちょこプレイをする」
あらたは、たしかにそうも言っていた。
その言葉を信じたい。
けれど、最近のあらたのゲーム時間は、日に日に短くなっている。
このまま、わたしと過ごす時間も少しずつ減っていくのだろうか。
不安がよぎる。
どうして、あらたはこんなにも変わってしまったのだろう。
ついこの前まで、あんなに夢中で森を作っていたのに。
いくらなんでも急すぎる。
あの楽しそうだった時間は、もう終わってしまうのだろうか。
そう考えると、胸の奥が苦しくなった。
あらたがゲームを起動しなければ、朝が来てもわたしは起きることはない。
海を見に行くことも、魚を釣ることもない。
あらたの声を聞くこともない。
わたしには、この森しかないのに。
わたしは、ここであらたを待つしかないのに。
でも、あらたは違う。
この森の外にも世界がある。
大学もある。
配信もある。
そして、ポコモンも。
「今日はこれで配信終わりにしますー!じゃあ皆さん、またねー!」
あらたの声で急に我に返った。
ここ最近のあらたは、配信が終わるとすぐにゲームを終えてしまう。
わたしとの時間も終わりだ。
わたしは今日はもう眠りにつくのだろう。
そう思っていたら、違った。
もう一度部屋の外に出る。
森を歩く。
橋をわたり、階段を登り、行き着いたのは、あのカフェテリアだ。
あらたが何度も作り直した場所。
崖の高さが気に入らないと言っては壊し、見え方が悪いと言っては埋め直した。
ようやく完成したその場所で、あの日のあらたは何時間も遊んでいた。
ここから配信を始め、ここで長い時間おしゃべりをした。
この場所には思い出が積み重なっている。
今日もイスに腰掛ける。
周りを見渡す。
青い空とどこまでも広がっていそうな海。
すぐそこには滝が落ちている。
私はこの場所が好きだ。
あらたと作ったこの景色。
あの日、あらたと見た海が、ここにはある。
突然、あらたはガーデニングテーブルとチェアを片づけ始めた。
白いタイルはウッドデッキへとどんどん塗り替えられていく。
テーブルとチェアがあった場所には、新しくハンモックが置かれ、パラソルが立てられる。
梨の木はヤシの木に植え替えられた。
ほんの少し手を加えただけなのに、あっという間に景色は南国風になった。
わたしには全くしっくりこない。
さっきまでの方がよかったのに。
どうしてこんなふうに変えてしまったのだろう。
何かが違う。
何かが足りない。
でも、それは景色のせいじゃない。
デッキが気に入らないわけじゃない。
ハンモックが嫌なわけでもない。
わたしはただ怖かった。
あらたが変わっていくことが。
この森が変わっていくことが。
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