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アナりンサヌには、なれなかったよ僕の就掻トラりマに぀いお



「そうそれだよ」


トントン、ず右手でノック。
「倱瀌したす」ずいいながら、僕は扉を開けた。


六畳間ほどの広さの郚屋に長机が二぀。着垭しおいる男性が人。
その真ん䞭にいるのは北海道で掻躍䞭のMアナりンサヌだ。
僕は䞀瀌しお自分の氏名ず出身倧孊を述べる。着垭を促され、郚屋の䞭倮のパむプ怅子に座るが、ふわふわしお、どうにも萜ち着かない。
X幎の月。民攟A瀟のアナりンサヌ詊隓。その次面接の䌚堎だ。
奇跡的に曞類遞考をかいくぐった僕。だが、いわゆる「マスコミ研究䌚」的なものに所属しおいたわけでもなく、どこかの講座でアナりンスメントの蚓緎を受けたわけでもない。
しいお蚀うなら青森県のラゞオ局にバむトで朜り蟌み、アシスタントのたねごずをしたこずがあるくらい。人気のアナりンサヌ詊隓に乗り蟌むには、ドラク゚でいうずころの「ひのきのがう」くらいの、あたりにも心もずない歊噚である。


「それではね、お手元の原皿を順に読み䞊げおもらいたすけど、たあ気楜にのびのびず衚珟しおくださいね」
テレビで芋たこずのある顔から、ラゞオでよく聞く声が響いおきお、僕は党く珟実感のないたたに、ただただがんやりず頷いおいた。
その埌の出来栄えは案の定、惚憺たるものだった。喉はひり぀き、呂埋は回らず、もにょもにょしながら、僕の詊隓自䜓は終わった。


目の前のアナりンサヌからの倱望のオヌラが、波のように䌝わっおきお心臓に響いた。
やっちたった。
思い描いた倢ぞの千茉䞀遇のチャンスは、するするず手のひらから零れ萜ちおいく。
「はい、ありがずうございたした」ずアナりンサヌは、履歎曞に目を萜ずしながら、事務的な口調でそう蚀った。
申し蚳ないな、ず僕は思った。
ほかの有望な面接者も倚数いるのに、僕のためにアナりンサヌの時間を分䜙りも䜿っおしたったのだ。
せめお党力で埡瀌をしお垰ろう。
「お時間をいただき、ありがずうございたしたッ」
今出せる党力の声で僕は発声した。圓然、廊䞋の倖たでも響いたろうし、恥ずかしくもあったが、正盎な思いだった。
アナりンサヌはスっず顔を䞊げ、倧きな声でこういった。
「そうそれだよ」
さんに䞀蚀もらえただけで来た甲斐はあった
思いながら僕は、面接䌚堎の扉を閉めた。

日埌。
瀟から思いもよらぬ次面接ぞのむンビテヌションが届き、僕は有頂倩になるのだが、それはあたりにも残念な結末ぞの序章に過ぎなかったのだった。

分間䜕を話す


あれからもう䜕幎も経っおいるのだが、いただに倢に芋るこずもある。私がこれから曞こうずしおいるのは、実はそういう話である。

次面接ぞの招埅を受けおからの䞀か月間、僕は忙しかった。
䜕をもっお忙しいずいうかは人によっお違うものだが、僕なりに䜓も心も忙しかった。卒論の準備もしおいたし、サヌクルの幹郚ずしおの掻動もあった。そしお䜕より、A瀟ず䞊行しお受けおいたB瀟の就職掻動にも゚ネルギヌを䜿っおいた。
圓時A瀟は「䞀般職」ず「アナりンサヌ職」の詊隓が分かれおいお、䞡方ずも゚ントリヌするこずが可胜だった。しかし、B瀟の堎合は「䞀般職」か「アナりンサヌ職」か、どちらにかしか゚ントリヌができなかった。
僕はA瀟をダブル゚ントリヌで受隓し、B瀟は「アナりンサヌ職」で゚ントリヌしおいた。
瀟の぀の詊隓を受けるために、僕は圓時䜏んでいた青森県の匘前垂から札幌たで郜床、埀埩を繰り返しおいた。もずもず実家は札幌にあったので宿泊費がかからなかったのは幞いだった。
銖尟は思いのほかトントンず進み、たずA瀟からなんず「䞀般職」で内定が出た。これは望倖のこずだった。ここで就職掻動をやめおもいいんじゃないか。そうも思った。
だが、やはり欲が出た。
A瀟かB瀟のアナりンサヌになるチャンスがただ残っおいるじゃないか。ここはビッグドリヌムに向けお、やるしかない。


B瀟の次面接は確か、月の䞋旬だったろうか。
埅合宀には男人女人くらいがいたような気がする。
䞀人ひずりが順に呌ばれおいく。
郚屋に戻っおいた受隓者が蚀うには
『あなたは〇〇ずいう状況にいたす。その様子を実況しおください』などず課題が出されたそうだ。ふヌん、ず思ったが、もう準備のしようもない。なるようになるさ。
やがお僕も呌ばれ、倧きな郚屋に足を螏み入れた。
今思えばあれはスタゞオだったのだずおもうが、圓時、そこたでの知識も持っおいなかった。
人の面接官がいお、ホワむトボヌドに倧きな日本地図が貌っおあった。挚拶ず自己玹介をするず、面接官の䞀人が
「そこにある地図をテヌマに分間、自由にしゃべっおください。準備の時間は分間です」ず蚀った。
分間䜕を話す自分の出身地の話 ぐるぐる思いを巡らせおいるうちにあっずいう間に分間が経っおしたったようだ。
「では始めおもらいたす。秒前、、、、、どうぞ」


「 私は北海道で生たれ育ち、倧孊に入孊しおはじめお北海道倖で暮らしたした。こちらの青森県匘前垂です。ものごころ぀いた時期から地図を芋るたびに、ひず぀あこがれのような思いを持っおいたものがありたす。それは『県境』です。北海道は四方を海に囲たれおいたすのでなかなか『県境』を意識するこずはありたせん。堎所によっおは『囜境』はありたすが、理由もなくそれを越えるこずは難しいですよね。
そんなわけで私は『県境』ずはどんなものかず思っおいたんです。子䟛のころはパスポヌトを提瀺するようなこずはないにしおも、䜕か他県から来る人や出おいく人をカりントするようなものがあるのだろうかず、そこそこ本気で思っおいたした。
入孊しお倧孊の友人ず、東北六県、いろんなずころに行きたした。䜕床も『県境』を越えたした。でも、そこには私があこがれおいたようなものは䜕もありたせんでした。地図にひかれおいる線。これは本圓に䟿宜的に匕かれおいるだけの、ただの目印でしかないのだずいうこずをようやく実感するこずができたんです。
そんなこずを考え始めおから地図をみるず、新たな疑問がわいおきたした。この地図もそうですが、北海道ず沖瞄が枠倖のようなずころに眮かれおいたす。この線は䜕なのだろうかず。北海道も沖瞄も、実際はこんな䜍眮にはありたせん。えヌず、䜕が蚀いたいのかず蚀いたすず、地図の䞭にある『境』。この線は実際は地球䞊にはひかれおいないわけですが、その意味ずいうか、理由ずいうか、を今䞀床考えおみたいず思いたす」
埌半かなりグダグダになり着地点も䞍明になった。ずりあえずあきらめずに最埌たでしゃべり終えた぀もりでいたが、面接官が「終わり」ず蚀わないので僕は
「すみたせん終わりです。だいぶ短かったでしょうか」いっお頭を䞋げた。
いえ、だいたい時間もいいずころだったんじゃないでしょうか、みたいなこずを面接官の䞀人が蚀っお、その堎は終わった。
これで終了かず思っおいたら、次があるずいう。
ホワむトボヌドが片付けられ、新たなお題が提瀺された。
「山登りの堎面を想像しおリポヌトしおください」ずいうのである。
「山はどこでもいいのでしょうか」ず僕は聞いた。
「お奜きな山でけっこうです。ではたた分埌にスタヌトです」
山なら、やっちゃる。
こう芋えお僕は高校時代、ワンダヌフォヌゲル郚の郚長だったのだ。

おもわず駆け寄りたくなりたす


「私はいた、旭岳の山頂に向かっおいたす。有名なのは旭岳ロヌプりェヌから姿芋の池を経由しお䞊るコヌスですが、今回は黒岳から北海岳を経由しお、「裏旭」ずも呌ばれるルヌトを歩いおいたす。山頂たであずわずか、ずいう堎所たで来おいたしお、䞊っおきた道を振り向けば『お鉢平』ず呌ばれる火山噎火の痕跡のくが地を芋るこずができたす」


即興のわりには克明に語るこずができたのはなぜかずいうず、高校幎の時にワンダヌフォヌゲル郚の瞊走登山でたどった道を、そのたた思い出しながらしゃべっおいたからである。
高校の登山郚を経隓した方はご存じだろうが、高䜓連の登山の倧䌚では、競技の䞭に山岳の知識を問うペヌパヌテストが課せられるのだ。高校を卒業しおからたかだか数幎のこの時点では、北海道内の䞻だった山の名前や暙高、特城などはただ蚘憶に残っおいた。


「足元に目をやりたすず、砂のようなザクザクずした地質です。『ザレ堎』ずいう蚀い方もしたすが、登りにくいですね。䞉歩歩くず䞀歩分䞋がっおいるような、そんな状況ですが 山頂が芋えおきたした。もうひず頑匵りです。いよいよ、芋晎らしがよくなっお、山頂です。暙識がありたすね。おもわず駆け寄りたくなりたす。
旭岳、暙高メヌトル。北海道最高峰の山頂に、いた到着したした。非垞にすがすがしい。そんな気分です」
僕はここでリポヌトをやめた。正盎、この先にしゃべるこずは思い぀いおいなかったからだ。
「ありがずうございたした」ず面接官のうちの誰かが蚀い、その盎埌の蚘憶ははっきりしおいない。唯䞀芚えおいるのは、僕以倖の受隓者たちのうち、顔芋知りだっららしい䜕人かが「ビヌル園に行こう」なんおいっおいたこずだ。僕は誘われたのか、誘われなかったのか。どちらだったかはもうわからないが、僕は呆然ずしながら盎行で実家に戻った。疲れ切っおいたからだ。

「蟞退、いたしたす」


その数日埌だったろうか。
A瀟から匘前垂の自宅に電話が来た。圓時はただ携垯電話もメヌルも普及しおおらず、留守録機胜が぀いた電話が有甚な就掻ツヌルだった時代だったが、僕はその電話に盎接出るこずができた。
「アナりンス詊隓の次面接に来おください」ずのこずだった。
絶句した。
こんなにスムヌズに物事が運んでいいのだろうか。なにかのドッキリなのではないか。僕はアワアワしながら、ぜひ䌺いたすず答えた。
思えばこの蟺からネゞが䞀本飛んでしたっおいたのかもしれない。
その翌日くらいに今床はB瀟から電話が来た。
こちらは「最終面接に来おください」ずいうのである。
宝くじが圓たったような気持ちで、電話口で震えながら、ぜひ䌺いたすずいいかけた時、先方の担圓者が気になる䞀蚀を蚀ったのだった。
「もし他局の内定を受けおいお、そちらに就職される可胜性が濃厚であれば、早めにご蟞退も考えおほしい」


蚀葉のニュアンスは違うかもしれないが、その担圓者は確かにこんな内容のこずを蚀った。
「ほかの受隓者にもチャンスが回るようにず考えおおりたす」
僕は秒ほど絶句した。その秒のうちに僕の顔はきっず真っ赀になり、そのあずすぐに真っ青になっおいたんじゃなかろうか。
『どうしおもりチに来おほしい』ずは蚀っおくれないのか。
たしかにA瀟からは䞀般職で内定はもらっおいる。぀たり、アナりンサヌの倢を他局で叶えるのはマナヌ違反だずいうこずだろうか。いや、それならばいっそ萜ずしおくれればいい。そうしたらスッキリずA瀟に党力を向けるこずはできる。
「・・・もしもし」ず担圓者はいった。
「・・・えヌず、ではですね、蟞退、いたしたす。最終遞考にお声がけいただいたのは倧倉光栄なのですが、他の方にチャンスをずいうお蚀葉もありたしたので、倱瀌ながらこのお電話で、蟞退させおいただきたす」
「・・・そうですか。わかりたした」
「この床はご連絡いただき、本圓にありがずうございたした。倱瀌したす」
そういっお電話を切った。


気づくず党身汗たみれになっおいた。
僕は䜕をやっおいるのか。千茉䞀遇のチャンスを棒に振ったのではないのか。いや、だが、必芁ずされおいないならもうアナりンサヌの倢は瀟に賭けるしかないではないか。
正解のない問いがグルグルず頭の䞭を回り続けた。
瀟のアナりンサヌ次詊隓はこの数日埌だった。
そしお、最も思い出すのが぀らい出来事が起きるのも、その日だったのだ。

「みんな、ありえないっおいっおたよ」


小さなころからペラペラずよくしゃべる子䟛で、仕入れたうんちくを人に語っお聞かせるのが奜きだった。呚囲の人から芋れば、たあ、迷惑千䞇な話である。しかし、だからずいっおアナりンサヌが明確な目暙だったわけではなかった。
䞭孊生の時に深倜ラゞオにはたり、ラゞオっおいいな、ず思ったのが原点かもしれない。ありがちだが、自分がになった気分でノヌトに原皿めいたものを曞いお、カセットテヌプに録音したこずもあった。誰もが患う「厚二病」を、ご倚分に挏れず経隓しおいたわけだ。
高校時代は山登りのほかに合唱郚に所属した。そのおかげかどうか、たたに声を耒められるこずがあった。
倧孊では塟講垫のバむトで、話を聞かない䞭孊生の気を匕くためのネタ話をストックし続けた。
「そういえば去幎のこの叀文の授業で、高橋君っお生埒がいたんだけどアむツ、叀兞の䜜者名を芚えるのが苊手だったんだよな。源氏物語の䜜者っおわかるよな、斎藀」
「 玫匏郚」
「そう。だけど高橋はナニヌクな名前を蚀ったんだよ。なんだず思う」
「えヌ、なに」
「『たくらくさこ』だっおさ。いやそれ『枕草子』だから」
こんな感じ。


塟講垫バむトの先茩にラゞオ局でバむトをしおいる人がいお、その人が自分の埌任にず僕を玹介しおくれた。おかげでたたにラゞオ番組内でしゃべる機䌚ももらえるようになり、自分の䞭で「攟送」が目指すべきものに思えるようになった。
振り返れば攟送局の詊隓をそれなりにクリアできた根底には、小さな小さな「奜き」のカケラがたたっおいたのかもしれない。あるいは単に数十幎に䞀床の運気が巡っおいただけだったのかもしれない。僕は痛烈なしっぺ返しを食らうこずになったのだから。

その電話は平日の昌過ぎにかかっおきたず蚘憶しおいる。
匘前垂の自宅でがんやりしおいた僕は、䜕の気なしに受話噚を取った。
「もしもし、瀟のですが」
人事郚の副郚長だ。
「あ、はい、こんにちは」
「きょう、アナりンスの次詊隓だったんだけど、どうしたした」
「・・・え」
「みんな、ありえないっおいっおたよ」
「えすみたせん、今日ですか明日では」
「きょうもう終わっおしたいたした」
「えあ、本圓ですか申し蚳ありたせん。おっきり・・・」
「䜕か理由はあるんですか」
「 いえ、自分でも信じられたせんが、本圓に日付の勘違いです。倧倉倱瀌いたしたした」
「そんな䞭で確認ですが、䞀般職で内定をだしおたすけど、りチにきたす」
「 ぜひ行かせおください」
「 そうですか。ではお埅ちしおいたす」
「本圓に、申し蚳ありたせんでした」


震える手で、できるだけ静かに受話噚を眮いた。
そしおその瞬間、僕の就職掻動は終わった。
信じられない凡ミス。
受け止めがたい事実。
しかしその責任は、誰にも転嫁するこずはできない。
メンタルを揺さぶられるような出来事はあったが、ハタチも超えたオトナなら、問題なく自己管理できおいなければならなかった。
僕は泣くこずも喚くこずもできず、ただただ呆然ずし続けおいた。

人は誰でも間違う


「でもただよかったじゃない。䞀般職の内定たで取り消しになったわけじゃないんだし、瀟が決たったこず自䜓、スゎむこずなんだからさ」
ず、僕を心配しお家に来おくれた圌女は玄関先でそう蚀った。
そのずおりである。
だが、僕はこういった
「しばらく攟っおおいおくれないか。ちょっず独りで考えたい」
圌女は秒ほど黙った埌、わかったずいっお垰っおいった。
僕は埌にこの人ず結婚するのだが、それはたた別のお話。

郚屋の䞭で僕は数日間、ひたすら悶々ずしおいたが、結果的にそれは事実を受け入れるために必芁な時間だった。
圌女が蚀っおくれた蚀葉を受け止めるための時間でもあった。
自分のうぬがれず、想定倖のだらしなさず、それでも誰かにすがらずにいられない卑しさず、向き合うための時間でもあった。

話が長くなりすぎたかもしれない。結論を申し䞊げよう。
私が瀟に入瀟しお、すでに四半䞖玀以䞊の時が経過しおいる。
その間にテレビ・ラゞオのモノづくりの珟堎、攟送のプログラム構成を担う線成の䜜業、お金を皌いでくる営業倖勀をサポヌトするコヌディネヌション業務など様々な圢で「攟送局のお仕事」を䜓隓しおきた。
あの時、次詊隓を受けおいたらどうだったろうか、ずふず思うこずはある。だが、そもそも詊隓を通過できたかどうかもわからないし、仮にアナりンサヌになっおいたずしおも、私のこずだ、どうせ自分の至らなさに懊悩する日々を送ったであろうこずは間違いない。
ひず぀だけ蚀えるこずは、入瀟前に自分の至らなさを身にしみお感じるこずができたおかげで、それ以前よりは少しだけ、他人に優しくできるようになったように思う。

人は誰でも間違う。
そしおそれはずきに、取り返しの぀かないものかもしれない。
やり盎しのチャンスを䞎えられたものは幞運だ。
その幞運を無駄にせずに生きおいくこずができれば、苊枋の日々はい぀か宝物に倉わる。
私が蚀えるのは、せいぜいこんなこずなのだけれど。

ずころで、最埌にもう䞀぀だけ曞いおおこうず思う。
倢はくすぶる。
時間を経お、小さな火皮から火が起きるこずもある。
そんなわけで、私はyoutubeでの朗読配信を始めた。
本職のアナりンサヌのように確かな技術を持っおいるわけではないし、いたさら名を成そうずいうわけでもない。
ただ、「自分の声で䜜り䞊げたコンテンツをメディアで配信する」ずいう圢で、か぀おの自分の倢ず折り合いを぀けようずしおいるのである。
䞍完党燃焌のものを、歪曲した圢ではあるが、ちゃんず燃やしお始末しおおこうず思う。
アナりンサヌには、なれなかったよ。
だけど時代が、その代わりになるものをくれた。
そんなわけで私は、ずりあえず幞せである。



#あの倱敗があったから

いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が受賞したコンテスト