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Photo byshimakoneko

静かなる革呜林家あんこ「北斎の嚘」私の萜語がたり

    林家あんこず二人の「父」

    創䜜萜語「北斎の嚘」を生み出した女性萜語家・林家あんこ以䞋敬称略には、実父以倖にもう䞀人『父』がいるのではないか。そんな話をしおみようず思う。
    その前段ずしお葛食北斎ずはどのような画家であったのかを、かなりざっくりではあるが、觊っおみよう。

    代埌半に浮䞖絵修業を始めた北斎は、代半ばで垫匠・勝川春章のもずを離れ、琳掟本阿匥光悊・俵屋宗達らが創始した京の町民アヌトの流れを汲む「江戞琳掟」の頭領ずしお掻動。しかし、幎ほどでその琳掟からも離れ、独立独歩の道を歩み始めた。
    浮䞖絵から埗た『筆臎』を、琳掟の『構図』で生かす。
    『葛食北斎』ずしおの土台は、こうしお出来䞊がっおいったのではなかろうか。

    『神奈川沖浪裏』では、倧きく曲線を描き぀぀巻き䞊がる波ず、人間の察比。さらにはその遠景に芋える富士山のバランス。现かく波が砕けるさたをフラクタル的にあらわした独特の衚珟が匷く印象に残る。

    江戞期前半の絵画は、暩力者のために描く狩野掟のような『埡甚絵垫』が暩勢を誇った。しかしやがお町民のための文化が生たれ、『奇想』の花を咲かせおゆく。垫宣に端を発する浮䞖絵しかり、琳掟しかり、である。
    北斎は幎代的に『奇想』のネむティブ䞖代ずもいえるのかもしれない。

    奇想、ずいう蚀葉で倧胆に発想を飛ばしおみよう。

    林家しん平、ずいう萜語家がいる。
     ずいうか、北海道圚䜏・代の私にずっお圌は『憧れのラゞオパヌ゜ナリティヌ』だった。幎から幎たでの幎䜙り、ラゞオの深倜番組「アタックダング」で絶倧な人気を誇っおいたからである。たた、同時期には俳優ずしお映画に出挔するなど、萜語家ずしおは二぀目でありながらも、人気タレントずしお掻躍しおいた。
    その埌、幎に真打昇進。以降は、奇想倩倖な新䜜萜語を䞭心に人気を博しおいる。
    ラゞオで磚いた『聎かせる話力』に、新䜜萜語を組み䞊げる『緻密な構成力』。什和の䞖に繋がる『珟代萜語』の地平を切り開いた立圹者のひずり、ず蚀えるのではないだろうか。

    そしお林家しん平は、映画監督しおの䞀面も持っおいる。

    匟子の林家あんこは、助監督ずしお手足ずなっお垫匠を支え、その飜くなきクリ゚むティビティを間近で感じるこずができたはずだ。

    垫匠ずいえば芪も同然。
    『時蔵の嚘』である林家あんこは、その意味では『しん平の嚘』でもある。

    芞名、『あんこ』の由来に぀いお、しん平はこう蚘しおいる。

    芞名のあんこは正に和菓子の逡子からずりたした。小豆は時間をかけないずよいあんこにはなりたせん。時間をかけお良い噺家になれずの思いです。
    䞭略
    緎っお緎っお、たさに逡子のように光る話にするお客様が垰るずきに、「北斎の嚘っお面癜くお魅力的な人だったんだね」ず思っおいただけたら倧成功
    創䜜萜語「北斎の嚘」はそうなる様に期埅しおいたすよ。

    「北斎の嚘」を聎く䌚 パンフレットより

    お栄葛食応為が、それずは知らずに北斎の゚ッセンスを身に着け぀぀、独自の衚珟ぞず発展させおいったように、林家あんこも、垫匠・林家しん平のクリ゚むティビティを継承し぀぀、ひず぀の䜜品を生み出したのではないか。

    そんな劄想をしながら「北斎の嚘」を聎くず、ワクワク感が倍増したすよ、ずいうこずをお䌝えしたい。

    次回、葛食応為の䜜品「吉原栌子先之図」の意味を深読みしおみたい。


    ぀づく


     
     
     
    チャンネル「朗読・いぬい堂」 吉川英治「䞉囜志」、オカルトホラヌ「垫匠シリヌズ」のほか、note䜜品の朗読やっおたす。 テレビ局づずめ幎以䞊の経隓談もずきどき語りたす。 北海道で攟送䞭のラゞオ番組「貎族の時間」のオヌプニングナレヌションは私です

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