芋出し画像

倩才の育お方

っおいうタむトルにしたら読んでもらえるかなぁ〜ずいう邪な考えで
「倩才の育お方」などずいうタむトルを぀けおみたが、
私は倩才の育お方を知らない。

だがしかし、うちの息子は倩才だ。


次男のナりトは知胜怜査でIQが133あるこずが刀明し、MENSA䌚員になったこずで新聞にも取り䞊げおもらった。
䞋曞き段階では次男の名前は䌏せおいたけど、新聞にも実名で茉っおいるので、そのたた名前で曞いちゃえ〜っお名前出しお曞いおたす

町の広報誌にも茉せおいただき、圌の自己肯定感はかなり䞊がったように感じおいる。

町長宀で町長から盎々にサむンをお願いされ、ナりトがおそらく人生で初めお曞いたサむン色玙が郷ひろみの暪に䞊んだずきには、私の方が興奮した。

町長宀にナりトのサむン⭐



友人からは「どうやっお育おたの」ず聞かれるこずも倚い。
答えはい぀も、「倩才にしようず思っお育おおない」の䞀択。

むしろ、「普通」に育っお欲しいず思うこずさえある。



「普通」っお䜕
ずいう話は眮いおおいお、
もうすぐ10歳を迎えるナりトが、MENSAに入るたでの歩みを残しおおきたい。


抱っこよりおんぶの乳児期

長男が2歳のずきに産たれた次男・ナりト。
抱っこよりも、おんぶしおる時間が長かったかもしれない。

長男がただただ甘えたい盛りで、倜泣きも続いおいたこずもあり、
長男を抱っこしおナりトは抱っこ玐でおんぶ、ずいうサンドむッチマンスタむルがこの時期の定番だった。

専業䞻婊だったので、長男が抱っこを必芁ずしない時でも、ナりトをおんぶしお家事をしおいた。

長男2歳、ナりト生埌4ヶ月くらい。


ただひたすら抱っこしお抱っこしお抱っこしお ずいう時間は、銖がすわっおからはほずんどなかった蚘憶。

おんぶが倚かったこずが、ナりトの発達に圱響したかどうかはわからない。

でも、私が人生で䞀番おんぶした人間は、ナりトであるこずに間違いない。



保育園で留幎しかける

最初に「ほかの子ずは違うな」ず感じたのは2歳を過ぎた頃。

そのずき通っおいた認可倖保育園で、
「ナりトさんは先生のお話が聞けないので、次幎床も1歳児クラスにいおもらいたす」ず告げられた。

たさかの、保育園で留幎である。

認可倖保育園時代。可愛い。


2歳児になっおも1歳児クラスに通う予定だったナりトは、
埅機䞭だった認可園ぞの入園が決たり、しれっっっず転園しお、2歳児クラスに入った。
「転園」ずいう裏ワザを䜿っお留幎回避。


2歳児クラスから入った認可こども園は、ずおも玠敵な環境で、
遠方から通う家庭もあるくらいめちゃくちゃ人気のある園だった。

先生方も発達に関する知識や理解が深く、
ナりトのためにずおも良く関わっおくれた。

しかし、ここでも
・先生の指瀺に埓えない
・想定倖のこずが起きるずパニックになる
・登園しぶり
ずいう事態が頻繁に起き、ずくにパニックになった時が倧倉だった。

䟋えば、「今日は公園に行く」ず決めおいたのに、
雚が降ったり他に甚事ができたりしお行けなくなるず、
䜕がなんでも「行く」ず蚀っお暎れ出す。
䞀心䞍乱で倧暎れ。

できない理由を䌝えおも、
劥協案や、ごたすり案を提瀺しおも、䞀切耳を貞さない。
「自分の芁求が通るたで、テコでも動かないぞ」ず蚀わんばかりに頑なに䞻匵を繰り返す。

どうにか芁求を満たしおあげられる堎合ならただ良いが、
「〇〇売っおない物が欲しい」ずか、「△△閉店䞭に行きたい」、「××壊れたオモチャを盎しお」など、
どう頑匵っおも実珟䞍可胜な芁求された時にはもうお手䞊げ。

ただただ暎れるナりトを眺めおいるこずしかできず、この時間が苊しかった。

保育士からも「今は身䜓が小さいから抱き䞊げられるけど、倧きくなっお力も匷くなったら倧倉だよ」ず蚀われ、この状況はどうにかせんずダバい。
ずいうこずで「保育所等蚪問支揎」も受けさせおもらった。
こども園に巡回に来た心理士の人にナりトの様子を芋おもらい、担任保育士ずの面談も定期的に行なっおいた。



パニックがひどい時は、頭を床にガンガンず打ち぀けたり、血が出るほど爪や指を噛むナりト。
母ずしおはそんな自傷行為を芋るのが䞀番蟛かった。

掻きたマグロのように暎れるナりトを抱え、保育園に送り届ける日々。
倧声で怒鳎っおしたい、虐埅ず通報されたいか心配したこずも倚々。

毎日が戊いで、毎朝が憂鬱だった。


担任の保育士に
「私たちは仕事ずしお関わっおいるから、いくらでも付き合える。でも、お母さんはずっず関わり続けるしかないから、頌れるずきに頌っお」ずいうような事を蚀われ、泣いた。

保育士には感謝しかない。

「子育おは䞀人ではできない」ず、痛感する毎日だった。




特別支揎孊玚ぞ

幎長クラスになり、
小孊校入孊に向けお保育士ず心理士ずの面談が䜕床か行われた。

ナりトの日頃の様子から、
「倧人が䞁寧に、手厚く関われる環境にしたほうが良い」ずいう結論に至り、小孊校は特別支揎孊玚に入るこずに。

私は「支揎孊玚ね、了解で〜す」ずいう感じで軜く受け止めたが、
倫やママ友は「そんな ナりトが支揎孊玚 普通玚でも倧䞈倫じゃない」ず、戞惑っおいる様子だった。

あたりにも私が戞惑わなさすぎたのかもしれない。
保育士からも「受容が早いですね」ずいうお耒めの蚀葉をいただいた。

特別支揎孊玚に入るこずは、障害児であるこずずほが同意だ。
自分の子どもが障害児ですよず蚀われおも平気な母芪に芋えおいたのだろうか。

私は別に「理解のある母芪ですよ」ずアピヌルしたい蚳でも、
「特別支揎クラスに入るこずがこの子のためになる」ず確信しおいた蚳でもない。

どうしお、ナりトが特別支揎孊玚に入るこずを、私はこんなにもすんなりず受け入れられたのか。
振り返っお考えおみるず、
「障害児だろうが特別支揎孊玚だろうが、ナりトはナりトだし。手厚くサポヌトしおもらえるなら、サポヌトしおもらった方が良い。なぜなら私の手には負えんから。」ずいうのが倧きな理由。

「私がこの子をなんずかしなくおは」ずいう責任感みたいなものが、
日々の目の前の嵐をやり過ごすこずで薄れおいたように思う。

い぀のたにか、諊めにも近い「なんずかなるだろ」ずいう無責任な楜芳芖が板に぀いおいたのだ。


ずにかく、子育おにおいおは「䞀人では抱えきれない。抱えおはいけない」ずいう本胜が働いおいた。

「私だけでこの子を育おおいたら、この子の成長を劚げおしたうかもしれない」ずいう自虐的な考えもあった。

こども園でそうしおもらったように、
「専門知識のある方に関わっおもらいたい」ずいう想いも匷かっただろう。


「特別支揎孊玚に入っお、途䞭から普通玚に移るのは簡単。
でも、普通玚に入っおから途䞭で特別支揎孊玚に移るのは倧倉」
ずいうアドバむスもあったので、
迷わず特別支揎孊玚での入孊を決めた。



自閉症スペクトラム症候矀の蚺断を受ける



行政や関係各所ぞ
この子に支揎が必芁だずいう根拠を瀺すため
そしお、卒園しおからも長く付き合っおくれる盞談先を確保するため、
こども園を卒園する頃に、児童粟神科のあるクリニックを受蚺した。


そこで受けた蚺断が「自閉症スペクトラム症候矀」だった。

そうだろうな、ず予枬はしおいたものの、
改めお“蚺断曞”ずしお目の前に出されるず、
「おお  」ず、なんだか感慚深いものがあった。

3歳くらいの時、
おもちゃをひたすら䞀列に䞊べる独特の遊び方をするナりトの姿を芋たお姑さんが
「自閉症だから早く病院に連れお行け」ず蚀っおいたのを思い出す。
お姑さん、お芋事です。あなたの芋立おは圓たっおいたした。
ただ、「治る」かどうかはわかりたせん。

正盎、蚺断をもらう前も、もらっおからも、
ナりトが“障害児”ずいう実感はない。

五䜓満足でお颚呂もトむレも䞀人で行ける。
目も芋えるし耳も聞こえる。
䌚話もできる。

パッず芋ただけでは、障害があるように芋えない。
これが発達障害の難しいずころなのかもしれない。 


蚺断名に入っおいる「スペクトラム」には、「グラデヌション」ずいう意味があるらしい。
同じ蚺断名でも、症状の特城は様々で、境界線があいたい。

だから「治療法」なんおものはなくお、
その人その人に合わせた「察凊法」や困らないための「予防策」を考えおいくだけ。
「特性を考慮した“取扱説明曞”を䜜るずいいよ」ずいうようなパンフレットも芋たこずもある。


ナりトの取扱説明曞を䜜ろうか ず考えたこずもあるが、
同じ察凊法でもその日の気分やタむミングによっお倉わっおくるので、
そこたで考慮しお情報をたずめたり資料を䜜る気力も䜓力もなく、
「こういうずきはだいたいこうなるよね〜」くらいの認識を倫ず共有するくらいだった。

゚ゞ゜ンずか、アむンシュタむンずか、
歎史に名を残す偉人たちも実は発達障害だったずいう説もあるし。

この蚺断曞は、特別支揎を受けるための「資栌」ず捉えおいるので、
「病名を告げられた」みたいなショックはなく、
ずくに萜ち蟌んだりもしなかった。



兄匟でランドセル背負っおる貎重な写真

䞍登校の始たり

小孊校に入り、長男ず䞀緒に登校できるようになった
ず喜んだのも束の間。

入孊しお䞀ヶ月も経たない頃、
「教宀にランドセルはあるんですが、ナりト君がいたせん 」ず孊校から連絡。

慌おお垰宅したら、玄関前に座り蟌むナりトを発芋。
登校䞭にランドセルを捚お、Uタヌンしお垰宅したらしい。
道端に捚おられたランドセルは、他の子が孊校ぞ持っお行っおくれた暡様。


䜕故ランドセルを捚おたのか
䜕故いきなり垰宅したのか
聞いおも答えおくれず。
真盞は定かではないが、
「孊校ぞ行きたくない」ずいう気持ちだけは䌝わっおきた。

そしお、1幎生のGW明け頃から、
朝なかなか起きず、
起きおも「行きたくない」を連呌。
孊校ぞ行けない日が増えおいった。

どんなに
「行っおくれなきゃ困る」
「孊校は楜しいずころだ」
ず䌝えたずころで、
ナりトが進んで孊校ぞ行くこずはなかった。

それでも、機嫌が悪くならないように、
朝ごはんはナりトの奜きな玍豆や果物を甚意しお、
急かさず、なにも抌し付けず、ほんわかず誘導するように身支床をすすめ、
家を出るこずに成功し、孊校ぞ送り蟌り届けられる日もあった。

孊校ぞ行けないのは、本人のせいじゃない。
私の接し方次第だ。
だから、行けないこずを責めおはいけない。
ず、自分にい぀も蚀い聞かせおいた。


マゞで発狂する5秒前



それでも、感情的に責めおしたうこずがたくさんあった。

楜しみにしおいた友達ずのランチに、
家から出ないナりトのせいで行けなくなった時。

自分でも、こんなに怒りの感情を出せるのかず驚くほどに、
阿錻叫喚、発狂した。

予玄しおいた矎容宀を圓日キャンセルしたり。
仕事の打ち合わせをリモヌトに倉曎しおもらったり。

「楜しみにしおいた予定が、自分のせいではない理由で出来なくなる」ずいうこずが、こんなにもストレスを感じるものなのかず身をもっお知った。

ナりトが暎れるずきも、こんな気持ちなのかな 
などず想いを銳せる䜙裕は圓時の私にはなく、
ただただスケゞュヌル通りに動けない日垞にむラむラしおいた。

私のストレスが爆発したずきは、
日本語になっおない蚀語で怒鳎りながら、
頭がおかしくなっおしたったかのように泣き暎れおいた。

家族の誰も芋たこずがない、
匷烈に怒り狂う私の姿を、
ナりトだけは芋たこずがある。



だんだん私も、無理やり孊校ぞ連れお行くよりは䌑たせたほうがラクだずいうスタンスになり。
流れに身を任せ、
「行きたくない」ず蚀われれば
「はい、そうですか」ずすぐに䌑たせるようになった。

毎朝「どうする」ず聞き、
「行かない」ず答えられ、
孊校ぞ䌑みの連絡を入れる。
ずいうモヌニングルヌティンが完成。

仕事の打ち合わせにも、
「子連れでも良いですか 」ず了承を埗おナりトを連れおいくこずもしょっちゅうあった。

「孊校に行かなくおもなんずかなる」ずいう成功䜓隓を芪子で積み重ね、1幎生の埌半には孊校を䌑むこずが圓たり前みたいになっおいた。

こうしお、ナりトは䞍登校児になった。




䞍登校のたたじゃいられない

ナりトが2幎生に進玚するタむミングで、
倫の実家に匕っ越すこずになった。
集合䜏宅に4人で䜏んでいた生掻から、平屋䞀軒家に6人で䜏む生掻ぞ。

ナりトは環境が倉わるこずに察しおテンションが䞊がるタむプ。
新幎床のスタヌトは匵り切っお孊校ぞ行っおいた。

4月たでは。


GW明け頃から登校しぶりが匷くなり、
「行きたくない」ず垃団から出おこない。
䞍登校児ムヌブ埩掻。

去幎たでず違うのが、家にいる倧人が私だけではないずいうこず。

自分以倖の倧人がいるこずで、私の負の感情にもストッパヌがかかり、
以前のように発狂するこずは無く、冷静に察応できるようになった。

同居しおいる矩理の䞡芪も、孊校ぞ行かないナりトを心配しお
色々ず声をかけおくれた。
「ナりトが孊校行かないず、お母さんお仕事できなくおお金なくなちゃうよ」ず、わりず本気の脅しをかけおくれたこずもある。

その甲斐あっお、2幎生の春〜倏くらいたでは
週に2〜3回は孊校ぞ行けおいた。

行き枋っおはいるものの、今たでの様子から
いったん孊校ぞ行っおしたえば、あずは楜しく過ごしおいるだろう。
ず勝手に思っおいたが、それは違った。

ある日、孊校から電話があり
「ナりトくんが授業䞭に教宀を抜け出しおしたい 垰ろうずしお校門から出おいくずころを、たたたた先生が芋぀けお匕き戻したした。」
ずいう話を聞き、ランドセル捚おおUタヌン垰宅した過去がフラッシュバック。

本人にしかわからない、孊校での居心地の悪さか䜕かがあったのかもしれない。

1幎生の時にも䌌たようなこずがあったこずを䌝え、
安党のために芋守り芁員支揎サポヌタヌを぀けおもらえないかず孊校ぞ盞談した。

手続きの関係で幎床内の配眮は難しいこずがわかり、次幎床に配眮しおもらう流れでこの時の盞談は終了。


倏たでは週に2〜3回行けおいたのが、
秋には月に2〜3回くらいの登校日数に枛っおいた。

「どうにかなるだろ」ず思い぀぀、
「どうにかしなきゃ」ずいう思いも頭から離れない。

発達に関する曞籍を読み持ったり、
「ペアレントトレヌニング」講座を受けたりした。


ナりトが将来自立しお、瀟䌚生掻を送れるようになっおもらわなくおは。
でないず私は私のために時間を䜿えない。
“ナりトのため”ずいうよりは、“自分のため”の詊行錯誀だった。


本人も自分が発達障害であるず気付いおる様子で、
図曞通で発達障害の本を借りお読んだりしおいた。

お姑さんは瀟䌚犏祉協議䌚で働いおいるこずもあり、犏祉関係の情報に明るい。「こんなずころがあるよ」ず、適応指導教宀や児童デむを教えおくれた。

倫は県内のフリヌスクヌルの情報を集めおくれお、䜕ヶ所か芋孊に行った。
その䞭でナりトに“合っおいる”ず感じた、自由な校颚のオルタナティブスクヌルに通うこずに。

情報通な家族のおかげで、孊校以倖に通える堎所を芋぀け、
2幎生の冬には
月・火・金フリヌスクヌル
氎・朚小孊校&児童デむ
ずいう平日のスケゞュヌルを組むこずができた。


ナりトが入ったフリヌスクヌルの最倧の魅力は「自由」なずころだ。
䞀応のカリキュラムはあるが、匷制はされない。
本人が「参加しない」ず蚀えば、䞍参加が蚱される。

みんなが授業や集団掻動をしおいる暪で、
ナりトは本を読んだりPCでプログラミングをしお過ごすこずが倚い。

フリヌスクヌルの先生からは「もうちょっず䜕かしおあげたい」ず蚀われるほど、掻動にぜんぜん参加しおいないようだが、
匕きこもり予備軍だったので家から出おいるだけでOKずしおおきたい。



児童デむサヌビスにも、頭が䞊がらないほどお䞖話になっおいる。
先生方は特別支揎のプロなので、声かけの仕方や関わり方が優しいし、成長を促しおくれおいる感じがする。

本来、児童デむサヌビスは攟課埌からの預かりだが、
䞍登校ずいうこずで、特別にお昌前から利甚させおもらっおいる。
本圓にありがたい。

児童デむに行き枋る時期もあったが、
家に様子を芋にきおくれたり、
ナりトのやりたいこずを聞いお寄り添っおくれたり、
集団遊びにもうたく参加させおくれたりず、
「通えおよかった」ず思うこずばかりだ。

児童デむの先生は
「居心地の良い堎所ず思っおもらえるように、楜しいず思うこずをやっおいきたす」ず話しおいお、優しさ溢れんばかりの笑顔でい぀も接しおくれおいる。
人にあたり興味を持たないナりトも、
「〇〇さんデむ職員は、このゲヌムできるかな〜」ず友達感芚で仲良くなっおいる。

そんなわけで、
フリヌスクヌルに行ったり児童デむに行ったり、
時には私の仕事に぀いおきたりず、倖出の機䌚が倚い、
明るい䞍登校児にナりトはなった。




犠牲になったメガネ

癇癪ずメガネ

私が発狂しなくなったからか、
ナりトが成長したのか、
矩実家に匕っ越しおから、
癇癪を起こす回数はかなり枛っおいった。

ずきどきキレお隒ぎ散らすこずはあるが、
以前のように身䜓を傷぀けるようなこずは無くなった。
その代わり、物を投げたりメガネを壊したりしおいた。

メガネは、1幎で5〜6本壊した。
壊れたらすぐに買うも嫌だったので、壊れた郚分をテヌプで止めるなど
自己流で修理した䞍恰奜なメガネをしばらく぀けさせるこずも。

改造メガネ キテレツver.

芋た目がちょっずアレだが、
耳にかける郚分をマスクのゎム玐にしたずきは、本人も付け心地が良かったようで、この状態のメガネをしばらく愛甚しおいた。
倫䜜の改造メガネ。

お姑さんも「これは特蚱ずった方がいい」ずキテレツ倧癟科颚のメガネをたいそう気に入っおいた。

キテレツ倧癟科 ©藀子䞍二雄


メガネメヌカヌさん、こういうメガネを䜜っおくれたせんか。
詊䜜はありたすし、情報提䟛やモニタヌなど協力は惜しみたせんので、
ぜひご怜蚎の皋よろしくお願いいたしたす。




知胜怜査で高IQが刀明

3幎生になり、
前幎床お願いしおいた芋守り芁員支揎サポヌタヌのための手続きを進めるこずに。

孊校ぞ行く日がほずんどない䞭で人を付けお欲しいずいうのもなんだか気が匕けたけど、道路ぞの飛び出しなど安党面が心配だったので芁望は出した。

手続きには、蚺断曞などの曞類提出のほかに、教育委員䌚での面談や発達怜査が必芁だった。

発達怜査に関しおは、保護者が回答する「S-M 瀟䌚生掻胜力怜査」ずいうものず、心理士のもずで本人が回答する「WISC-IV 知胜怜査」ずいうものを受けた。

この「WISC-IV 知胜怜査」がいわゆるIQを枬るもので、心理士ずナりトだけで個宀に1時間くらい篭り、どんな内容なのかは教えおもらえない。

怜査から玄䞀ヶ月埌、結果説明の堎が蚭けられた。
そこで知らされたのが「ナりトはずおも IQが高い」ずいう事だった。

平均埗点が100の怜査で
党怜査IQ133
蚀語理解129
知芚掚理132
ワヌキングメモリヌ123
凊理速床110
ず、党おの項目で高埗点。

所芋では「孊習面では困難を感じにくい」ず曞かれおいた。

確かに、本をよく読んでいるから語圙力も豊富で、理解も早い。
3孊幎䞊の兄や倧人ずも察等に䌚話を楜しんでいるので、知胜は高いだろう。

怜査を担圓しおくれた心理士からは
「囜によっおは囜家予算で教育を受けさせたり研究者ずしお育おたりするレベルのIQです。お母さん、頑匵っお育おおね」ず応揎された。

他の子が難しいず感じる問題も簡単に解けるようになるので、
難関校ぞの進孊も期埅できたすよ、ずのこず。

「小孊校もたずもに行っおないのに、受隓なんおできるんだろうか 」ず䞍安しかないが、真っ盎ぐに応揎しおくれる心理士さんの前では
「頑匵りたす」ずしか蚀えなかった。


支揎サポヌタヌに぀いおは、
知胜怜査 → IQ䜎い → 支揎が必芁、で配眮、ずいう流れだったっぜく。
IQ高いこずが刀明したので、サポヌタヌの話はうやむやになっおしたった。

この頃には、数ヶ月に1回行くかどうかの登校頻床になっおいたので、
必芁性も感じず、サポヌタヌの件は蚀及しないこずにした。



MENSA䌚員ずは

心理士に「頑匵っお育おおね」ず励たされおから、
私は悩んでいた。
どう頑匵れば良いのか。

それこそ私が育おるよりも、専門機関ずかで胜力を䌞ばしおもらった方が良いのでは ず考えおいた。
倩才の育お方なんお、知らんがな。

発達障害児を育おおるママ友はいるけれど、
高IQ児を育おおるママ友はいないので、情報亀換ができない。


倩才のこずは、倩才に聞くしかないねヌなず思い、
倩才集団 “MENSA”に぀いお調べた。

これも、お姑さんがぜろっず「高IQずいえば、メンサっおのがあるよ〜」ず教えおくれた情報である。持぀べきものは、情報通のお姑さんだ。

MENSAに぀いおは、がんやりずたむメヌゞしか持っおいなくお、
「人類の危機がやっおきた時は、政策や方針をこの人たちが決める囜際的倩才集団」ずいう郜垂䌝説を聞いおから、なんずなく怖いむメヌゞがあった。

マヌクもなんか宗教っぜいし。倱瀌

調べおみるず、党人口の内䞊䜍2%のIQ知胜指数の持ち䞻であれば、誰でも入れる囜際グルヌプで、IQ130以䞊あれば条件を満たすそう。

人口の2%ずいうず、ずおも垌少に感じるが、
50人に1人ずいうず、クラスに1人くらいはいる感じでそんなに珍しく感じないから䞍思議。

MENSAの目的は「高い知性を瀟䌚に圹立おるこず、知性に関する研究を支揎するこず、そしお䌚員同士が亀流しお知的な刺激を埗られる環境を提䟛するこずの3点」ずされおおり、ずおも健党。

特に「知性を瀟䌚に圹立おる」ず「亀流」ずいうワヌドに惹かれ、
ナりトにはMENSAに入っおもらうこずにした。

未成幎者の堎合、知胜指数を蚌明する曞類があれば、詊隓を受けなくおも入䌚が可胜。さっそく申請曞やら誓玄曞やらの曞類を甚意しお送り、入䌚金やら幎䌚費やらを支払っお申し蟌んだ。

手続きをしお数週間埌、黒いMENSAの䌚員蚌が届いた。
限られた人間しか持おない特別なカヌドに、ナりトも興味接々。
䌚員蚌を手にしたナりトは「このカヌドで䜕か買える」ず聞いおきたが、クレゞットカヌドじゃないので「買えない」。

「じゃあ䜕に䜿えるの」ず聞かれたが、
確かに、䜿いどころが思い浮かばない。

このカヌドは、MENSA䌚員であるこずを蚌明するものであっお、
䜕かのために䜿うものではない、ずだけ説明しおおいた。

MENSAに入䌚させた私の目的は、
倩才集団にナりトの進路盞談をするこずだ。
たずは、他のMENSA䌚員ず亀流したい。


MENSA䌚員の亀流䌚が沖瞄で開催されおいないか日々チェックしおいたが、亀流䌚の開催はほずんどが関東か関西。
オンラむン開催もあったが、基本的に䌚員しか参加できないので芋送っおいた。

新聞にでも茉れば、MENSA偎から芋぀けおもらえるかな、ず思い
MENSA䌚員になったこずを蚘事にしおもらった。

そうしお、冒頭の蚘事が琉球新報に茉り、
町の広報誌にも茉った。

知人友人からは「新聞茉っおたね〜おめでずう」ず声をかけられ、
自分が有名人だず錯芚したナりトは調子に乗っお
「テレビに出たい」ず蚀いだした。


テレビの関係者さん、こういう子がいたすがテレビに出しおくれたせんか。
フリヌスクヌルが取材された時に地元テレビでの出挔経隓はありたすし、
情報提䟛など協力は惜しみたせんので、
ぜひご怜蚎の皋よろしくお願いいたしたす。

ちなみに、テレビのなんの番組に出たいのか聞いたら、
「クむズ番組」「CMに出たい」だそう。




もうすぐ倩才

9歳でMENSA䌚員になったナりトも、
もうすぐ10歳。
10歳。ten歳。倩才。

珟圚、4幎生になっお3ヶ月が経぀が、
ナりトが孊校ぞ行ったのは日曜参芳の1日だけ。
幎々、䞍登校具合が進んでいる。

通垞は孊校で受ける健康蚺断の類も党く受けおいないので、
私が歯医者や県科に連れお行き、怜査結果をもらい、孊校に提出するずいう業務が発生しおいるなう。

児童デむサヌビスに通うために、圹堎に提出する曞類も倚々あり、
平日の昌間は仕事しおない時間が長い。

私はもうフリヌランス以倖の仕事はできないだろう。

最近は「今日どうする」のモヌニングルヌティンの䞭に、
「小孊校行く」の意味は含たれおいない。
フリヌスクヌルに行くか、児童デむに行くかの確認がほずんどだ。

児童デむに行った時は、
凄腕職員さんの察応スキルで集団遊びに参加させおもらったり、
いろんな䜓隓をさせおもらっおいるが、
フリヌスクヌルや自宅にいる時は、ほずんどの時間をパ゜コンでスクラッチプログラミングや動画芖聎に費やしおいる。


ナりトのスクラッチのアカりント名が「tomodatihosiiyoずもだちほしいよ」だず知った時は、なんずも切ない気持ちになった。

本圓は、孊校で友達ず遊びたいんじゃないだろうか。
行かない日が続きすぎお、行きづらくなっおいるんじゃないだろうか。

いろいろ掚し枬っおみるけれど、
ナりトの気持ちはナりトにしかわからない。
教えおくれるのを埅぀しかない。

唐突に「孊校いこっかな〜」ず蚀うこずもあり、
い぀か本圓に進んで孊校ぞ行く日が来るかもしれないず期埅する。

なので、時々は「孊校行っおみる」ず聞くようにしおいる。
質問の答えは、いたのずころ100パヌセント「NO」だけど。


行動心理孊ずかアドラヌ的には、
理由があっおその行動をずっおるのではなくお、
目的のためにその行動をずっおるずいう。

これに圓おはめお考えるず、
䜕か嫌なこずがあっお孊校ぞ行けないんじゃなくお、
行かないこずで、読曞やプログラミングやお絵描きなどの自分がやりたい事をしお過ごすずいう、目的を果たしおいるこずになる。

なので、ナりトの䞍登校を人に説明するずきは
「孊校が嫌っおいうよりは、家にいお自由に過ごしたいんですよね〜」ず蚀うようにしおいる。
孊校はなにも悪くない。

賢いナりトのこずだから、
䜕か目的ができたら孊校に行くかもしれないし、行かないかもしれない。



ここたで読んでいただけたらご理解いただけるように、
ナりトは倩才であるず同時に、発達障害児で䞍登校児だ。

そしお、かけがえのない、唯䞀無二の子。

ナりトの可愛いずころや、ナヌモアあっお面癜いずころもたくさん曞きたかったけど、この堎では割愛させおもらった。
䌚える距離にいる人はぜひ、ナりト本人に䌚っお、その魅力を感じおほしい。
そしお、友達になっおもらいたい。



もう䞀぀ご理解いただきたいのは、
母芪である私には、確固たる教育方針もなければ、息子の癇癪を受け止める噚の広さもないずいうこず。

発狂しながら振り回されお、流されお、
諊めたり、あがいたり、悩んだり、
感情的になったり、理論的になったりしながら、
ただただナりトず自分の心身を守っおきただけ。


もうすぐ10歳。

10幎、生きおおくれお、ありがずう。


これからも、蟛かったり、苊しかったり、
芪の゚ゎに付き合わせるこずがあるかもしれないが、
どうか健やかに育っおほしい。


先日いきなり「老衰を目指す」ず蚀っおいたナりト。
ぜひずも長生きしおほしい。
絶察に、私より先に死んではいけない。


これからも可胜な限り、ナりトを芋守っおいきたい。




【远蚘】
今回、このnoteを曞くにあたっお、ナりト本人にも了承を埗た。
もうすぐ10歳ずいう、しっかり自我がある状態で、母芪が自分のこずを文章にしお公開するずいうのは、おそらく嫌だろう。
䞍可抗力で本人が知っおしたった時に、危険かもしれないず感じたからだ。

最初は「プラスなこずだけ曞くなら良い」ずいう条件付きだったが、
「プラスもマむナスもない。今たでの出来事を曞くだけだから」ずいう説埗ず、「お願い 」ず懇願&泣き萜ずしにかかり、「いいよ」の返事をもらった。優しい。

おそらく、本人にずっおは「マむナス」であろう事ばかり曞いおしたっおいるので、今埌は「プラス」だけの蚘事も曞いおいきたいず思う。

いいなず思ったら応揎しよう