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それでも私は、外側にいた

〜わたしと私〜

私は、私の人生を外側から見ている。
まるで、最初からそうするように決められていたみたいに。

目の前で誰かが話している。
笑ってうなずいているのは私なのに、その言葉を聞いているのは、ここにいる私ではない。
少し遠くの、もうひとりの「わたし」が、静かにそれを受け取っている。

たとえば、雨の朝。
小さな私は、長靴の中で靴下がずれていく感覚に気づいていた。
気持ちが悪くて、立ち止まって直したかった。

けれど、手を引く母にそれを伝えると、
「だめよ」と、短く言われた。

なぜだめなのかは、わからなかった。
ほんの少しの時間でいいのに。

私は、そのまま引きずられるように歩いた。
濡れた道の感触よりも、足の中の違和感の方が強く残っていた。

それでも、泣かなかった。
泣いてはいけない気がしていた。

いつからか、私は「いい子」になっていた。

嫌われたくないから、我慢をした。
仲間外れになるのが怖くて、必死だった。
笑われるのは恥ずかしくて、笑わせるのもどこか怖かった。

場の空気を乱さないこと。
誰かの機嫌を損ねないこと。
そのために、自分の中の小さな違和感を、ひとつずつ見ないふりをしてきた。

何かがうまくいかないときは、いつも自分のせいだと思った。
誰かの表情が曇るのも、会話が途切れるのも、
きっと自分が足りないからだと、静かに引き受けてきた。

心を傷つけるのは、いつも自分だった。

学校では、協調性があると言われた。
小さな頃は、リーダーのような役割もしていた。
求められる自分を、器用に演じることは、得意だったのだと思う。

けれどそれは、どこかで「選んでいた」というより、
そうするしかなかっただけなのかもしれない。

中学に入ってから、ひとつの言葉で世界が変わった。

「ブスは、必要性が低い」

冗談のように投げられたその言葉は、
私の中では、冗談にはならなかった。

その瞬間から、何かがすり替わった。

何を頑張るべきなのか。
何を持っていれば価値があるのか。

勉強よりも、見た目。
努力よりも、評価。

見えない基準に合わせることが、正解のように思えた。

高校を選ぶときも、同じだった。

自分の意思よりも、「あなたのため」という言葉の方が重かった。
その奥にあるものが何なのか、わからないまま、従うことを選んだ。

逃げたいと思った。
けれど、逃げる理由を持てるほど、私は強くなかった。

裏切ることが、怖かった。

誰のことも嫌いにはなれなかった。
けれど、誰のことも、どこかで信じきれなかった。

友達はいる。
笑って話もする。
それでも、その時間を見ている
「もうひとりの私」が、いつも少し離れた場所にいた。

皆は、「私」を信じている。

ちゃんとしている私。
間違えない私。
期待に応える私。

けれど、その「私」が、どこにいるのか、
私自身が一番わからなかった。

気がつけば、五十五歳になっていた。

驚くほど静かに、それはそこにあった。

私はずっと、私の外側から、
誰かに見られるための人生を選んできたのだと思う。

そうやって生きてきたことを、
今、ようやく認めている。

認めたからといって、何かがすぐに変わるわけではない。
わたしと私が、ひとつになるわけでもない。

相変わらず、私は外側から自分を見ているし、
わたしは、内側で小さく揺れている。

それでも、ひとつだけ違うことがある。

長靴の中で、ずれたままの靴下に、
もう気づかないふりはしない。

たとえ立ち止まる理由にならなくても、
その違和感が「ある」ということを、
なかったことにはしない。

それは、ほんの小さなことだけれど、
これまでの私にとっては、確かに違う選択だ。

私は、まだ外側にいる。
わたしは、まだ内側にいる。

その距離は、思っていたよりも遠くて、
でも、思っていたよりも、近いのかもしれない。

私は、私の人生を外側から見ている。

けれど今は、
その景色の中に、わたしの気配を、少しだけ感じている。


#創作大賞2026
#エッセイ部門
#わたしと私

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