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いい夢見ますように


幼稚園の頃、夜が怖かった。

団地の一室で布団に入るたび、私は考えてしまう。

お父さんとお母さんが死んでしまったらどうしよう。

いつか自分も結婚して、この家を出ていかなければならない。

そんなことを考え始めると胸が苦しくなり、眠れなくなった。

寂しい。

悲しい。

怖い。

私は母のところへ行き、「眠れない」と訴える。

母は私の隣に横になってくれた。

毎日の仕事に加え、気難しい姑との同居生活。今思えば、母はくたくただったのだろう。

私の隣に入ると、すぐに寝息を立て始めた。

けれど母が眠ってしまうと、私は再び不安の中に取り残される。

暗い部屋の天井を見つめているうちに、壁いっぱいに黒い悪魔が現れる。

アニメに出てくるような、輪郭だけの黒い影。

その悪魔たちが壁を下から上へと這い上がっていく。

私は泣きながら母を起こした。

母はまた起きてくれる。

でもしばらくすると、また眠ってしまう。

私はまた起こす。

そんなことを何度繰り返しただろう。

とうとう母は眠るのをあきらめ、キッチンへ行ってラジオをつけた。

流れてきたのは薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」。

なぜだかわからない。

ただ、その歌を聴くとますます悲しくなった。

母は言った。

「悪魔は怖い夢を見たんやろ」

そして私の枕をポンポンとたたきながら、おまじないを唱えた。

「い〜いゆめ〜
み〜ます〜よ〜う〜に〜」

母のオリジナルである。

小さい頃の私は、このおまじないに何度も助けられた。

ところで現在の私はというと、比較的すぐ眠れるほうだと思う。

けれど、たまに眠れない夜がある。

そんな日は、自分でもおかしいと思うくらい不安になる。

一晩眠れないだけで、翌日の昼にはもう考えている。

今日の夜は眠れるだろうか。

夕方になると落ち着かなくなる。

夜が近づくのが怖い。

眠れない時間に起きているのが自分だけではないと知ると心から安心する。

だから私は、人の眠れなかった話が大好物だ。

睡眠時間が三時間だった話。

朝まで眠れなかった話。

夜中に何度も目が覚めた話。

そんな話を聞くと、「自分だけじゃない」と思える。

たぶん私は今でも、あの団地の一室で眠れずにいた幼稚園児のままなのだ。

そして心のどこかで、あの日の母のおまじないを待っている。

今夜も、眠れない誰かの枕元に届きますように。

「い〜いゆめみ〜ま〜す〜よ〜う〜に〜」


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