北九州キネマ紀行【小倉編】松本清張が見たロック映画「ブルース・ブラザース」〜そして母校に贈ったグランドピアノ
映画は「全館これディスコ化」
北九州・小倉出身の作家、松本清張氏(1992年に82歳で死去、以下清張)は、71歳の時に米映画「ブルース・ブラザース」(1980)を見ている。
「ブルース・ブラザース」はコメディー映画であり、ロックやソウル、R &Bが炸裂する音楽映画。さて清張の感想は‥‥。
「霧プロ」で会合のあと、午後三時ごろ銀座の松竹セントラル映画劇場へ行く。二階の特別観覧席に座る。米映画「ブルース・ブラザース」を上映中。ロック音楽とカー・チェースの組合せ。喧騒場内を揺るがし、全館これディスコ化。
暗中に眼が慣れてきて、周囲を見渡すと客席は自分独り。映写終って明るくなり、さらに見渡すと、二階に人なし。この間、従業員はだれも上がって来ない。この映画は大当りにて八週目という。いくら人気映画でもロングラン八週目となれば、観客は階下席だけである。
この映写状況の中で、もし傷害犯人の襲撃をうけたときはどうなるか、と慄然とする。ロックミュージックとカー追跡の騒音の中では、いかなる物音も助けの叫びも悲鳴も、階下には聞えまい。
(この経験からヒントを得て、拙作『彩り河』の一場面にした)
「全館これディスコ化」の映画に小説のネタを見つけるのは、さすが清張さんである。

映画「ブルース・ブラザース」とは
シカゴ育ちのジェイク (ジョン・ベルーシ)と弟分のエルウッド(ダン・エイクロイド)は黒の帽子、黒のサングラス、黒のスーツ、黒のネクタイがトレードマーク。2人は、自分たちが育った養護施設が税金の支払いを迫られ、閉鎖の危機に陥ったことから、ブルース・バンドを再結成し、コンサートの収益で税金の納付を目指すが‥‥。
監督はマイケル・ジャクソンのMV「スリラー」を手がけたジョン・ランディス。ジェームズ・ブラウンやアレサ・フランクリン、レイ・チャールズら音楽界のレジェンドが多数出演している。
音楽が一番の苦手だった
清張とロックミュージック映画の組み合わせは意外な気もするが、清張は何事も意欲的に知識を吸収しようとする人だったらしいから不思議はないのかも。
そこで、ふと思った。
清張自身と音楽の関係は、どうだったのか‥‥。
その手がかりとなるエピソードが小倉に残されている。
以下は、清張が1968(昭和43)年、母校・天神島小学校の記念誌に寄せた一文。
私は音楽がいちばんの苦手だった。あるとき、音楽室で一人一人が立ち、先生のピアノの伴奏で唱歌をうたった。私は自分の調子外れがわかっているので恐怖し、独唱の声がふるえた。友だちは哄笑した。先生は微笑しておられたが、採点は「丙」であった。

清張は1917(大正6)年から1922(大正11)年にかけて、天神島尋常小学校(現在は小倉中央小学校)に通った。
年齢で言えば、7歳から12歳くらいのころ。
当時の成績は甲・乙・丙(・丁)の順で評価され、丙はなんとか及第‥‥というラインだった。
「私の〝悲劇〟を繰り返さないで」
清張がこの小学校に通っていたころ、学校には新品のピアノがあったという。
普通なら児童は勝手に触ることは出来なかったが、先生は児童を呼び集め、一人ひとりに人さし指でドレミを弾かせた。
清張はその思い出を大切にしていたという。
だからかもしれない。
清張は「点と線」などを発表してベストセラー作家になっていた1961(昭和36)年、創立90周年を迎えた天神島小学校にグランドピアノを寄贈した。
清張が在校時に触れたピアノが当時もあり、それを知ったからだという。
寄贈に際し、清張は同小で児童たちにこう語りかけている。
可愛い拍手に迎えられて登壇した清張氏は「(中略)苦手の学科は音楽、いつも丙ばかり。いまだに人前で歌った事はない有様だ。5年生の時ピアノが来たが、今でもその時のピアノしかないという守校長先生のお話を聞き、さっそくグランドピアノを贈ることにした。しっかり勉強して私の悲劇を繰り返さないでほしい」と語り、子供たちを喜ばせた。
新聞のコメントは、記者が咀嚼して要約することがあるので、どこまで正確なニュアンスだったのかは分からない。
でも、清張が音楽が苦手だったことを本当に〝私の悲劇〟と言ったとしたら、そのユーモアがほほ笑ましい。
小倉への愛と帰還
清張が児童たちに語った言葉は、別の新聞にはこう載っている。
「わたしは唱歌がへたで、いつもオンチのうたをうたい、最下位の点をもらっていた。みなさん、悪い点をもらっても心配しないで懸命に勉強してください‥‥」ということばにいならぶ児童もにっこりうなずいていた。
こちらの新聞には、児童が囲んだこのグランドピアノのそばに清張が立ち、喜ぶ児童の肩に手を回した写真が掲載されている。
記者かカメラマンの求めに応じてポーズをとったのかもしれないけれど、清張はご満悦そうな表情だ。

天神島小にピアノを贈ったエピソードは、清張の小倉に寄せる思いを感じさせる。
そういえば、映画「ブルース・ブラザース」も、主人公たちの〝ホームタウン〟シカゴへの愛と帰還を描いた物語だった。


そのほかの主な参考文献
「松本清張研究」第15号「特集 清張と故郷『北九州』」
「北九州市と松本清張 清張文学の原点」
「松本清張と映画 観た 書いた 創った」

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