
月山の公衆電話
あらすじ
世間では若者を中心に、月山にある公衆電話の噂が絶えなかった。亡くなった人もしくは縁が切れた人と話が出来るらしい。行った人も居るようだが謎に包まれている。
主人公知里(ちさと)は同じ名前の幼馴染ちさとちゃんとずっと仲良くしてきた。しかし高校時代に彼女が芸能界にスカウトされたことがきっかけで距離が出来、関わる事が無くなってしまう。
彼女は順風満帆に芸能生活や賑やかな友達を作っていった。知里は羨ましく悔しい思いを抱くのと同時にちさとちゃんが忘れられない。そのまま高校を卒業してしまう。でも心の中にはちさとちゃんがしっかりと居た。
なんとちさとちゃんが病気で亡くなってしまった事を聞く。知里は月山の公衆電話に行き、ちさとちゃんと話をしたり縁を結びなおせるだろうか?
第1章
月山の噂
「月山に亡くなった人もしくは縁が切れた人と話せる公衆電話があるらしいよ。」
これが今、私の職場で一番有名な噂だった。
「そうなんだ。誰か行った事あるの?」
「そんなん嘘や。」
同じ職場ではまだ誰も行った事が無いらしいがSNSでは実際に行って公衆電話で話をした人が居る。それもどこまで本当か分からないけれど。30も手前になってそんな事あるかいな。と現実を見てしまう私も居たが、実はかなり気になっていた。
「知里(ちさと)、興味ありそうな顔してるやん。」
声をかけてきた先輩社員。悪気は無さそうだ。
笑ってごまかした。
しかしながらこの昼休みから、寝ても冷めても月山の公衆電話の事が頭から離れなかった。
「ふじもん(私の事)ここミスってるで。気を付けて。」
「すみませんでした!」
ああ情けない。集中集中。
仕事が終わり、帰りの電車ではひたすら検索した。
実際に、亡くなった人もしくは縁が切れた人と話したという投稿も少なくない。いや結構ある。
もしそれが嘘じゃないなら是非とも私は行きたい。
他にもSNSの友人の投稿に興味深いものがあった。
「月山の公衆電話に行ってきました。」
と写真と一緒に載せていた。しかしながら公衆電話がある部分が黒くなっていたり。あるいは別の人の投稿では公衆電話自体が写っていなかったり。
1人の友人にメッセージで詳しく聞いてみた。しかしながら既読がついただけだった。
後日別件でメッセージが来た時、月山の公衆電話について詳しく書いて送ったはずだよと言われたのだ。しかしながら私の方がそのメッセージを受け取った形跡が全く無かった。
それとSNSの写真に「月山の公衆電話に行ってきました。」と写真を載せている人が居たが真っ黒な写真や公衆電話があったあたりだけ黒い靄が写っているなどだった。
ちょっと不気味だ。それに謎過ぎる。
しかしながら興味はある。嘘だった場合、こんなに話題になるだろうか?
世の中には確かに理屈では説明できない事が多くあるからな…。
もう少し私は調査を繰り返した。しかしながら返ってきた答えは似たようなものだった。
詳しく分からない、なおさら知りたくなるし、やはりこれ、行かないといけない気がする。
ただ呪われるような話などは皆無だった。
それだけでも安心だった。
私の頭の中は寝ても冷めても月山の公衆電話の事だけになっていったのだ。
なぜそんな風になったのだろう?
理由は自分でもよくよく分かっていた。
そう。私にはどうしても会いたい人が居る。
もう10年以上会っていない。いや会っていてもお互いに知らん顔してすれ違い続けていた。
その人はちさとという幼馴染。
ちなみに私の名前も知里(ちさと)。そしてその幼馴染も「ちさと」だった。
生まれた病院も生年月日も同じ。家も近くでずっと何をするにも一緒だった。保育園の時から同じでその時から振り向けば側に居た。
一緒に小学校中学校、高校まで通い、仲良くしていたのだ。しかしながら高校時代からすれ違い始め、だんだん同じクラスに居ながらグループ別れをするようになったのだ。
やがてお互いの事は気にして様子を伺うがただそれだけになっていった。
他の友達とばかり一緒に過ごすようになっていったのだ。
そして卒業式も言葉を交わすこと無く終わった。
もう10年も昔の話だ。いい加減忘れた方が良いのに。なぜか何度も何度も思い出すのだ。
彼女には謝らないといけない事がたくさんある。
時が経てば経つほど謝りたくなった。ただ同時に謝りにくくもなる。
そして私は意を決して手紙を書いたのだ。
年賀状も高校卒業した年に私が書かなかったのだ。彼女からは来ていたのに。
もう今更なあ。会う事ももう無いだろうしと思って。
それ以来の手紙だ。普通に考えたらおかしいのかもしれない。
手紙を投函して3か月が経っていた。ポストに宛先不明と返ってくる様子は無かったが、返事が来るとか電話がかかってくるとか何のリアクションも無かった。
きっともう遅すぎた。かえって怒らせたかもしれない。もうちさとちゃんには嫌われているだろう。
仕方がない。
それでも私はちさとちゃんに会いたい。諦めが悪く、今度の満月の日の夜に必ず月山の公衆電話まで行こうと決めた。
第2章
昌子(まさこ)さんとの再会
ある土曜日、私はスーパーに買い出しに行っていた。そこで親世代の女性に声をかけられる。
振りむけばなんと昌子さん、つまりちさとちゃんのお母さんだった。何度も何度もお世話になった人だ。
「ちょっと時間あるかしら?」
「はい。大丈夫ですけど。」
上の階の喫茶店に2人で行く事になった。
「ちさとにお手紙いただいてたわよね?」
一瞬私はまずかったのかと思った。しかしながらそういう感じではなかった。
「ちさともあの手紙、喜んでいると思うわ。実はね、、、」
昌子さんはコーヒーカップを両手で包んだ。少しだけ笑った。
その笑顔が何故か寂しく見えた。
私は胸がざわついた。
ちさとちゃんはなんと3年前に他界していたのだ。昌子さんは詳しくは話さなかったが病気だったようだ。
20歳を前にして、病気かもしれないという事が分かったようだった。
「えっ!?」
私はコーヒーをこぼす勢いで驚いたのだ。
頭の中が真っ白になってしまったのだ。
まさか…。
あの時、縁があればまた戻るだろう、どこかでバッタリなんて良く今までもあったしまたあるだろう。そんな風に気楽に考えていたけどもう会えないだなんて…。嘘でしょ?
後日ちさとちゃんのご両親と、ちさとちゃんのお墓参りをさせていただいたのだ。
月山の公衆電話の噂だが、ここで話題にしたら場違いな気がしてやめたのだ。
しかしながらなんと。昌子さんの口から、
「月山の公衆電話って知ってる?若い子たちの間で噂になってるみたいだけど。」
「はい。知ってます。」
私は間髪を入れずに答えたのだった。
「もし良ければ行ってみるのも良いかもしれないわね。」
昌子さんたちが行ったかどうかは分からないが、もしかしたら何か知っているのかもしれない。
でもそれを聞くのはやはり違う気がしたのだ。
月山の公衆電話まで行く事は間違いではないとこの時私の中で確信になる。
第3章
高校時代・疎遠になった理由
念願叶って2人は希望通り同じ高校に進学。また楽しい毎日が送れるとワクワクしていた。
高校2年生の夏休みまでは楽しく、クラスでも2人きりだったり他の友達も交えてグループになったりして仲良くしていたのだった。中学生の頃と変わらなかった。
どちらかと言えば2人とも大人しめのグループに所属する事が多かったが毎日はとても楽しかった。
ところが運命を変える出来事がやってきたのだ。
高校2年生の夏休み、私とちさとちゃんは隣町の商店街まで出て噴水広場のベンチで2人でアイスクリームを食べていた時だった。
「ちょっとすみません。芸能界とか興味ありますか?モデルとかやってみませんか?」
スカウトマンだった。
私は思い上がりだったが、自分が声をかけられたと思った。だけどスカウトマンはハッキリとちさとちゃんしか見ていなかったのだ。
「興味あれば連絡くださいね。待ってます。」
ちさとちゃんに名刺を渡してスカウトマンは去っていった。
「良いんじゃない?行ってみれば?」
と私はその場では言ったが、内心は羨ましかった。だんだん悔しくもなった。
帰りの電車でも車窓に移る2人の姿を見て、やはりちさとちゃんはスタイルも良く小顔で綺麗だった。私は本当に普通、いや普通レベルも無いかも…。
何となく悲しくなってきたのだ。
普通にちさとちゃんに接しようとするが、上手く行かず冷たくしてしまう毎日。
ちさとちゃんは芸能に挑戦することに決めたそうで、日に日にあか抜けていった。
スカート丈は短くなり、口紅をしたり薄化粧をしてさらに綺麗になっていったのだ。
ちさとちゃんが
「○○のライブ行かない?知り合いの伝手で安くでチケットが入ったの。知里も好きだったよね?」
「うーん、あまり興味ないわ。ごめん。」
ちさとちゃんは少し寂しそうな顔をして、
「そう、分かった。」
後日また
「知里、カラオケ行かない?」
「ごめん、忙しい。」
「そうか。またね。」
いや、本当は私、ライブもカラオケも行きたい、でもそれが出来なくて。
完全にちさとちゃんに嫉妬してる。
冷たくしている、置いていかれる不安もあるし止められない…。
そのまたねのお誘いはもう無かった。
でもこんなの良いはずがない。まずは今日からはちゃんとおはようと挨拶をして、今日こそ謝ろう。
1人になってしまった通学の道を通りながら思う。
しかしながら挨拶も出来なかったり、謝れない日が続く。
ちさとちゃんはどんどん人気者になり、派手な大きいグループの子と仲良くなっていったのだ。男子からも人気が出て一緒に居る事が増えたり。
「ちさと姫」
と男子も女子も呼ぶようになった。私はその呼び名さえ苦しく感じる。
一方で私はひとりぼっち。
分かってる、素直になれないし自分で蒔いた種だ。
「私も入れて。」
とちさとちゃんが行ったグループについていく事も出来たかもしれない。しかしながら私自身も勇気もなく、入れてもらえる自信も無かった。それにプライドが邪魔してそれは出来なかった。
しばらくはずっと独りぼっちだった。高校2年生の冬が来たあたりで、良かったらお昼休みや移動教室くらい一緒にしようと誘ってくれるグループがあり、私はそこに入ったのだった。
しかしながら高校3年生にもなるころにはその人達とはほとんど付き合いがなくなった。
高校3年生ではちさとちゃんとはクラスが分かれ、数人の大人しい子と同じグループになれた。
久しぶりに見るちさとちゃん。やはり大きいグループに入っていてはしゃぎ、またスカート丈が短くなったように見えた。
どんどん大人びていく。それに気品はあるまま。どこかのお姫様が制服を着ているような感じだった。
ある時は男子と笑いながら2人きりで歩いていた。
もしくは男子のグループとはしゃいでいたこともあった。
ちさとちゃんは振り向き、
「あっ」
と私を見つけると声を出すが、私が慌てて目をそらしたからそれ以上何も言ってこなかった。
私は何となくくすぶっているし自分が情けないと思うようになってきた。それなのにちさとちゃんはどんどん人気者になって芸能界でも活躍していく。
彼女の周りには人垣が常に出来ている。
最近は若い男の先生までも彼女に凄く優しいのだ。それにデレデレしているのだ。
(何や、デレデレしちゃって。)
私は横目で見ていた。
私はその先生から授業で当てられて答えられず、みんなの前で出来て無い事を思い切りダメ出しされたりもあった。女子にそれは無いんじゃない?ひどいわ、みたいに思ったが先生に言い返すことも出来なかった。ちさとちゃんは私が見てる範囲ではそういった目に遭った事ないはず。余計に悔しかった。
ちさとちゃんは調子に乗っていてトイレでも派手な友達と化粧をしていた。こんなん私がやったら先生に思い切り吊るし上げられるはず。
「化粧、スカート丈、それ良いのかなあ?高3の受験生がそんな事してて良いのかなあ?」
と大きな声で意地悪を言ってやりたかった。
でもそんな事言えるわけ無かった。その代わり、般若のような顔で物陰からちさとちゃんを睨みつけた事があった。
大きいグループの子はこちらに気付き、
「おい、あれヤバいぞ。」
「めっちゃ睨んでる。」
ちさとちゃんも振り返る。私は一瞬だけ睨みつけるが目をそらす。
一瞬ちさとちゃんも怯えた顔をした。
その後自宅に帰り、本当に私は何をやっているんだ、自分も夢に向かって何か努力すればいいものを。力を使う方向を間違っている。それはよくよく分かっていた。めちゃくちゃな気持ちを泣きながら日記に書きまくった日もあった。
私からもちさとちゃんに挨拶しようと思う事は何度もあったが出来ない。今更だし勇気がなく、プライドも邪魔したのだ。
ちさとちゃんは芸能の仕事もあってだろう。学校になかなか来なくなる時期もあった。
やはり。内心芸能といってもそんなに簡単には上手くいかないだろうと私は思っていた。今に売れなくなったり現実を目の当たりにして辞めるだろうとどこかでそれを期待した。
しかしながらちさとちゃんは人気雑誌のモデルでレギュラーになり、その上歌手、女優、グラビア、バラエティーなどどんどん活動を広げていったのだ。歌もガンガンヒット曲を飛ばしていた。
文化祭ではちさとちゃんがゲストとして出演し、体育館で歌やダンスを披露した事もあった。
彼女はもう違う世界に行ってしまい、全く話さなくなってしまった。しかしながらお互いに気になり、チラリとお互いに様子を伺う事はあった。
そして卒業式。もちろんもう話さない。同じようにチラリとお互いの事は見たが、ちさとちゃんは卒業式後、人ごみに紛れてもう姿が見えなくなったのだ。あっけない別れだった。
私も、本当にこれで良かったと思うしかないと思いながらも何か大事なものを置いてきてしまった、それにとんでもない間違いをおかした気がしたり胸が締め付けられる気持ちが残った。
第4章
登山
月山までは電車で1時間ほど。さほど遠くはない。ちょうど仕事休みの土曜日が満月の日だったから良かった。私は昔の事を思い出しながら電車に乗って向かった。おもちゃ箱のような細々した都会から少しずつ離れ、だんだんと山が近づいてくる。
母がこの話を聞いたら、きっと
「今更そんなところに行くなんて時間の無駄や。」
と一蹴されるだろう。
本当にそうだよね…。
もうちさとちゃんはこの世にはいないんだし、今更追いかけて何やってるんだろう?という気持ちはある。途中で引き返すことも出来た。
しかしながらそれは何故か出来なかった。
電車が止まり、人がホームに吐き出され、また新しく人が乗ってくる。
高校卒業後からいろいろあった。
高校卒業直後、電車の中で。
綺麗な女性が乗ってくる。そして私の向かい側の座席に座る。目は合わない。
(あれ?ちさとちゃん?なんかちょっと痩せたよね?雰囲気だいぶ変わった。違う人かな?)
もしそうでももう終わった事だよね。目も合わないし、もう良いんだと声をかけなかった。
加えて大学時代も電車に乗ろうとする彼女の後姿だけを見たことがあった。
もちろん声をかけなかった。昔なら追いかけていって、
「おーい!」
と気軽に声をかけて合流した。でもなんだか気まずくて喉が渇く。気分が悪くなっていく。ちさとちゃんの方を見ないように意図的に目を逸らしてしまう。
スーパーで彼女らしき人を見かけたりもあった。確か同じ会計のレジに並んでいたっけ?似た人か?
やはりどこか私は大学時代も、歌手になろうとのど自慢大会やオーディションにも参加したがことごとく惨敗。
一方で就職活動や採用試験も思うようにならない事も多かった。
ちさとちゃんは順風満帆。
モデルやグラビア、歌手、女優などで毎日のようにテレビに出ていた。
こんな事もあった。
母「ちさとちゃんテレビ出てるやん。」
私「ふーん。」
母「見いひんの?」
私「別に。」
しばらくして母がお風呂に入る。
私は1人になった時ソワソワしてテレビをつけた。皆にキャーキャー言われながらちさとちゃんがくねくね歌って踊っていた。少し複雑な気持ちが残ってしまった。
大学の友達が
「ちさと姫やんな?」
「また雑誌載ってたで。」
「仲良かったんやろ?」
私
「ふーん。いや、別に。むしろ嫌いやった。全然私とキャラちゃうしな。(笑)
どうせ若いうちだけやろ。男にちやほやされてるだけ。」
大学の友達
「そうそう。」
「調子乗ってる。最近脱ぎ始めたらしいし。」
「うわーっ!いやらしい。」
「親かわいそう」
「売れなくなったら終わりや。」
「どうするつもりなんやろな。」
みんな笑う。私も笑う。
しかしながら1人の帰り道。
コンビニでその雑誌を買う。
男性向けの雑誌だった。これ、親に見つかったら絶対に怒られる。その雑誌の棚の側を何度往復したか分からない。
でもちさと姫のグラビア特集が載っていたのだ。
結局レジまで持って行った。その時店員さん、ビックリしていた気もするが。
でもあの日家に帰ってから、
「何であんな悪口言ったんやろ。仲良くなかった、嫌いやった、なんて。ひどいにもほどがある。」
と涙が出る。泣きながら彼女のグラビアを見た。黒キャミソールを着て少し上目遣いで微笑む大人な彼女の姿。これはインパクトあるなと認めるしかなかった。
同時に彼女は手に届かない遠くへ行ってしまったと心から思った。
きっと彼女が私のそばに戻ってくる事は無いと確信めいて感じた。
私がやったことは親友はおろか、友達がする事ではなかった。とんでもない事をたくさん言ってしまった。
それから私、気になった事があった。
数年後ちさとちゃんのテレビ出演が減る。
雑誌も減る。
ファンは
「干された?」
「結婚?」
「妊娠?」
「男できた?」
と勝手に噂する。
私の周りも
「やっぱりな。」
「芸能界なんかそんなもん。」
「若いうちだけや。」
と笑う。
私も便乗して笑った。
しかしながら私は何となく胸がざわつく。
「なんか違う。」
理由は分からない。
でも嫌な予感だけがする。
さらにしばらく時が流れ、
私は何気なく本屋へ行く。
いつもあるはずのちさとちゃんの雑誌。
無い。
CDコーナー。新譜も無い。
レンタルショップ。
全部貸し出し中ではなく、棚そのものがなくなっている。
その時初めて
「あれ?」
と思う。
その時、近くを通った店員さんに声をかけようとした。
「ここにあったはずのちさとちゃんのCDや雑誌など、どこに行ったのですか?」
と。しかしながら何故か声が出ず、物凄く嫌な予感が胸の奥を締め付けた。ただそれらが置いてある場所が変わっただけだと思いたかったがそれが出来なかった。
でも仕事など忙しさに流される。そしてしばらくちさとちゃんの事は忘れていた。
しかしながら夢に出てきたわけでは無い。急に爆発的にちさとちゃんの事を思い出して、ごめんね…という気持ちが止まらなくなったのだ。
とにかく無性にごめんねばかり。そして手紙を書いたんだよね…。
「登山口、登山口です…。」
電車のアナウンスが入った。
物思いにふけっていたらあっという間だった。
そして私は電車を降り、月山ふもとの街に降り立った。どこかさびれていて寂しい。夕日に照らされていてふとした瞬間不安な気持ちになる。何だか心細く不気味な雰囲気もあった。
「出そう」な感じでもあった。
お寺や神社が至る所にあり、参道が分かれていた。その1つの道が月山登山口に続いていた。
行くんだ。迷わず私は月山登山口に向かった。
(もしかしたら月山の頂上に公衆電話なんて無いかもしれない。その時は、そんなもんだろうと笑って下山すればいいではないか。
しかしやはりあれだけちさとちゃんの悪口を言ったし、あれはいじめだった。
だからこそこの山を登ってちゃんと謝りにいかないとあかんわ。それで許されるわけではない。それに彼女からしたら、今更勝手に反省されてもという感じだろう。でもせめてもの償いで私はこの山を登ろう。)
意を決して山に入っていった。もう夕日が街を染める時間になっていた。
地図は持ったがほとんど使わなかった。登山道は一本道で分かりやすかったが、誰にも会う事は無かった。やはり頭の中はちさとちゃんの事ばかり。
山道の階段を少しずつ登っていく。木々が茂る場所はもう夜のとばりが降りかけたように薄暗かった。
昔、野外活動のボランティア団体でよく山に登ったが、夕方もしくは夜の山しかも1人だけで登るのは初めてだった。
もしも仲間がいて一緒に山に登っているなら楽しく星を見上げ、歌を歌いながら行ったかもしれない。
「知里、元気だしなよ。楽しんでいこうぜ。」
みたいな声掛けがあったかもしれない。でも発破をかけたり励ましたり出来るのは私自身だけだった。
それに自分の土を踏んで歩く足音だけしか聞こえない。周りは静かだ。木の香りや土の香りがする、自然の恵みに心が洗われて空気もおいしいがやはり夕闇の中の登山は少し気味悪い。
一本道とはいえもし急に道が複雑になったり急にしんどくなって下山できなくなったらどうしよう。
確か昔、母に言われたっけ?
「1人で海や山に行ってはいけないよ。」
と。
お母さん、ごめん。今回は特例やわ。
鳥の声さえも不気味だ。
かえって1人でもすれ違う人が居たら良いのに。私はさらに心細くなってきた。いや、でも誰かに出会う方がかえって怖いか。もしもこんな場所で何かに巻き込まれたら文句は言えない。あれこれ考えていた。
自問自答の時間だった。
爽やかな登山の汗ではなく、緊張と恐怖もあり、のどが渇いてきた。星も少しずつ出てきているはずが天を見る余裕も無い。
(でも行こう。ここまで来たからには引き返すわけにはいかない。何もしないまま暗い道をまた引き返すの?では何でここまで来たんだ?)
しっかりと覚悟を決めた。ところがそれからもひたすら自分との対話だった。もくもくと足を動かしていく。途中で休んでお茶を飲む事もあった。
さらに汗をかいていく。下山も暗くなりすぎる前にできるだけ早くしたいから急ぎたくなる。時折街灯があり、それと看板が道しるべ。ひたすら歩く。木々のトンネルも潜り抜けて。
何となく空が近くなってきた気がした。
そしてやがて…。
ぽっかりと視野が拓けた。
私は辺りを見渡した。既に日が暮れていて確かに満月が登っていた。
月明かりに照らされ街灯とその横にはベンチが置いてあり、山頂の看板があるだけ。それ以外は何もない。はげた地面の普通の山頂だった。
公衆電話なんてどこにも無い。
「やっぱり噂だったか。」
苦笑して
「私も何やってるんだろ。」
と肩の力が抜ける。
「これで良いんだ。区切りがついた。」
良い風に解釈して下山しようとしたその瞬間。
踵をかえし、
「あれ?」
1枚だけ桜の花びらが足元を横切り、私の足のすぐそばに落ちる。
桜の花はおろか、桜の木などどこにも無いし、それに5月なのに?
不可解だった。
周りを見渡し、空を見上げる。
今度は2枚、3枚とだんだん花びらが飛んでくる。
桜の花びらを巻き込み、風が少しずつ渦になって降りてきた。私が振り返るとその場所に渦が降りて消えた。するとさっきまで何もなかった場所に電話ボックスが現れ、既にそこにあったかのように静かに立っていた。
驚きすぎて私は動く事が出来なかった。硬直状態だ。
そーっと電話ボックスに近づく。
心臓が早鐘のようにうるさく鳴っていた。伸ばす手が震える。
「まさか夢ではないよね。よし、やるんだ。私。」
震える手で電話ボックスのノブを握り、ドアを開けた。
ドアが開いて、そのまま私は中に入った瞬間ぴしゃりとドアが閉まった。外からの音は一切遮断された。景色は見えるが。
そしてここでしゃべったり音を出したとしてもきっと外には聞こえないだろう。そんな気がした。
一瞬だけヒヤリとしたが、すぐにどうでも良くなった。とにかく前へ進むしかない。
どこからともなくアナウンスが流れだしたのだ。
「お話し出来るのは通話が始まって3分だけです。もしもそれを過ぎてしまったらあなたは永遠にここから出られません。」
「えらい怖いな…。」
と言いながらも私はスマホのタイマーを3分にセットした。音が鳴るように。
そして
「亡くなったと聞いたアイドル歌手のちさとちゃんとつないでください。今更ですが本当に大事な親友でした。謝らせてください。」
私は思わず大きな声で言った。
アナウンス「では1番を押してしばらくお待ちください。通話をお楽しみください。」
震える手で受話器を上げて1番を押し、呼び鈴が鳴っている。1回、2回、3回、4回…。
緊張で手だけでなく身体まで震えてくる。息も荒くなってくる。
(これ、本当につながるのだろうか?早く出て…。)
呼び鈴も10回近くになってきた。そして10回を過ぎてしまい…
(あかんわこれ。向こうが拒否しているのかな?)
私は思わずマイナス思考になった。
そして諦めて受話器を置きかけた。その時だった。
第5章
公衆電話での再会
「もしもし。」
鈴を鳴らすように高く澄んだそしてちょっぴりハスキーで甘えたような懐かしい声が応答した。
無臭だった電話ボックスの中、ふわりと優しいシャンプーのような香りがした気がした。ちさとちゃんの香りだった。
「…ちさとちゃん?私。覚えてる?知里です!
ごめんなさい。私、あなたにひどい事ばかりして。本当にごめんなさい。」
私は思わず開口一番彼女にそう言った。もう土下座しそうな勢いで頭を垂れて。思わず号泣しながら。
しばらく沈黙。
(やはりもう許してもらえないだろうな…。だめだった…)
しかしながら
「知里…」
そう呼びかけられる。彼女から次の言葉が発せられるのをまるで何時間も待つような気持ちだった。何が言いたいのかな?と。
「ちゃんと覚えてるよ。声かけてくれて良かった。話そう。」
「そして月山を登ってきてくれて本当にありがとう。」
そんなありがとうなんて、本当に恐縮だった。
その瞬間走馬灯、いや違う。実際に幼い頃の私に戻り、ちさとちゃんとの場面を再度体験することになった。
気付けばちさとちゃんが側に居て、何となく一緒に遊んだりご飯を食べていた保育園時代、顔を見合わせて目が合うだけで幸せだった。
そして桜が咲き乱れる小学校の入学式からランドセルを背負って一緒に小学校6年間を一緒に過ごし、そして中学時代も同じ。
桜が咲いた後、木登りをして野生のサクランボを採って2人で食べたりヤマモモを食べたり。野外で木の実やフルーツをそうやって食べた秘密もある。
虫取りもした。
近所の広場を秘密の場所にしてた。周りは雑貨屋さんや本屋さん、散髪屋さん、郵便局があり、囲まれた広場だ。
雨上がりやテスト勉強の合間に出てきてずっとベンチに座って暗くなるまで話し続けたこともあった。夜まで居て、星が綺麗で見とれていたらお互いのお母さんが来て、迎えに来られて怒られたこともあった。
「仲良くするのも良いけど、早く帰って来なさい。」
と。2人の時間は飛ぶようにいつも過ぎていったのだ。
あの日小6の修学旅行でこっそりおそろいの指輪とネックレスを買ったのだ。
他の友達が少し心配し、
「指輪ってあらぬ噂が立つよ。」
と言ってくれた。
私とちさとちゃんは顔を見合わせて照れ臭くなってクスっと笑ったっけ。
あらぬ噂が立っても良いとさえ思っていた。
「どんな事があっても一緒に居ようね。」
そんな約束をちゃんとしていた。
そして一番切ない高校時代の体験も再度あった。高校時代の半ばまでは一緒に図書室に行ったり。普通に休憩時間に話をしたりお弁当を食べたり、私と一緒に合唱部に入っていたよね。部活動でも一緒だった。
でもちさとちゃんが芸能界に入って彼女は部活動をやめた。部活動でも私はしばらく独りぼっちだった。どれだけ彼女との時間が大半を占めていたか失ってから分かったのだ。
その時よく最初の頃一緒に行っていた高校の図書室に2人とも移動していた。2人で隣の席に座ってひざを突き合わして話したのだ。
私「本当にごめんなさい。」
ちさとちゃん「ううん。謝らないといけないのは私の方だよ。頭を上げて。」
ちさとちゃんは優しく穏やかにそう言った。
ちさとちゃん「あの時ね、賑やかな大きいグループに誘われた時、知里も行こうって声をかけなかったのも私だし、スカウトされて何も考えずに1人で行ってしまったのも私。自分の事ばかり考えてたわ。私さえそんな事しなければずっと知里と仲良く出来たのに…てずっと思ってた。本当にごめんなさい。」
知里「謝らないで。偏屈だった私が悪い。嫉妬も山ほどしたし。でも言い訳だけれども、毎日謝ろうと思ってたんだよ。そして挨拶もしようと思っていた。でも私は弱かった。本当は仲良くしたかったんだけど全然出来なかった。ごめんなさい。」
ちさとちゃん「もう良いよ。その気持ちが分かっただけで十分だから。嬉しい。」
ちさとちゃん「あの時、大きいグループの友達や男子とも仲良くしたけど、知里を超えるほど分かり合える人は誰も居なかったの。心の奥、寂しかった。芸能界でも同じだったわ。」
嬉しいなんて言ってもらえる資格なんてないはずなのに。ちさとちゃんは何でこんなにも優しいんだろう。またまた私は涙がこぼれた。
そこから高校の卒業式で切なく別れる場面や電車の中で再会したがどちらからも声をかけなかった場面など、離れてからの体験もそれぞれ映し出されたのだ。
ジーパンにへそを出した黒キャミソールとキャスケットを被った茶髪の少女。どんどん洗練され、彼女は綺麗になっていく。
ちさとちゃんだ。やはりあれは間違いなかったのだ。
ちさとちゃん「私、待ってた。知ってたよ。目の前に知里が居るの。でももう嫌われてるなってあの時思って諦めようと思ったの。」
その後もスーパーのレジ前で少しだけ離れて並んでいたり、私が、全身白の短パンにタンクトップに厚底ブーツのちさとちゃんの後姿を目撃している場面の再体験もあった。
でも私は声をかけないとか、特にさっさとその場を後にしていた。思い切りギャル風な格好をして流行りの最先端を行っているように見えたのだ。やはりもう彼女は違う世界の人だと感じた時だった。
「元気にしてる?」という何気ないメッセージを突然彼女がくれたことがあった。
でも私は返すことは無かった。連絡先さえも消してしまっていたから誰から来たか分からなかったのだ。もしかしてちさとちゃんからのメッセージかなと思ったがまさかと思ったのだ。
そのシーンも流れた。
ちさとちゃん「お母さんにも話を聞いてもらったの。あの時の優しくしてくれた知里にもう一度会いたい。でも電車の中や駅、スーパーで会っても声もかけてくれなくて目も合わなかった。思い切って連絡を入れてみたけどもう来ない。さっさと行ってしまって完全に嫌われているし、もう私の事なんて無かったことになっているみたいって。私泣いちゃってさ。」
昌子さんはちさとちゃんをその時しっかり抱きしめたそうだ。
「知里さんはね、あなたが嫌いになったのではないの。今はちさとが羨ましくて素直になれていないだけだよ。また向こうから心を開いてくれる日がきっと来るわ。」
そう優しく諭したようだった。
しばらくしてちさとちゃんが病気かも知れないと分かり、だんだん仕事もセーブし、病院に居る時間も増えていったのだ。
病床の中でちさとちゃんが見た夢までシーンに入っていた。私が大学の友達や職場仲間とちさとちゃんの悪口を言って笑っていた。
しかしながら私は1人になった時にこっそり録画していたちさとちゃんの歌番組やドラマを見ていたシーン。
ちさとちゃん「知里が大学の友達や会社の人達といろいろ言ってたの知ってたよ。分からない程傷ついた。夢の中で泣いたよ。寂しくて。でも、その後私の事を見てくれたのは嬉しかった。」
私はもう言葉が出なくなった。
思わず顔を手で覆った。合わせる顔なんて無い。もうここで私、帰った方が良いのかな?
なんて自分は嫌な奴なんだ。本当はちさとちゃんと関わる資格なんて無いんじゃないのか。心の底から申し訳なくなった。
本気じゃなかった、あの時そういう気分だっただけなんて言い訳は絶対に言いたくなかった。
もう平謝りだった。それ以外どうすればいいのか分からなかった。
「もっと優しくしておけば良かった。本当にごめんなさい。」
それが精いっぱいの言葉だった。
そしてちさとちゃんの場面。
背中まであった長い髪はボブくらいの長さになり、病院生活。芸能界は既にひっそりと引退していた。そして窓の外には知里が頭を垂れて歩いている。気になってちさとちゃんはその姿を眺めていた。死の5日前だった。
そして2人は病院の待合室のような場所に移動。
ちさとちゃん「私からも高校時代の後半は全然声をかけられなくて本当にごめんなさい。誘ったライブも、カラオケも、行きたかったんじゃないの?」
知里「うん。行きたかった。」
昔なら、知里は「はー?行きたいわけないでしょ。」
と言ったはずだった。
この時は素直だった。
ちさとちゃん「知里、素直になったよね。根が素直なの、知ってる。」
ニコリと笑ったのだ。そして目をキラキラさせたのだ。とても喜んでいるように感じた。
そしてこの後はちさとちゃんを家族が静かに見送る家族葬のシーンを見て、私も一緒に見送るような形になった。たった25年でさよならだったなんて…。もしかしたら私のせいだったんじゃないか?
そんな事まで考えた。
でもちさとちゃんは何かを理解したのか、
「知里のせいじゃないよ。」
と肩を抱いてくれたのだった。
それがまた申し訳なかったのだ。
そしてやがてホテルの喫茶店のような所に急に2人は移動したのだ。隣同士肩を寄せ合って2人は座る。
窓の外には桜が満開だ。満開の桜の中を何度も2人で通ってきた思い出がある。
特に知里はまだ嗚咽している。
桜を見てちさとちゃんが言う。
「何だか懐かしいな。何度も2人で桜を見てきたからな。この先も一緒に見れたら良かった。」
知里は謝りに来ただけのはずだった。
でも、このまま帰りたくないという気持ちに変わっていった。
そしてもうちさとちゃんとのご縁は終わったし、思い切って捨てたはずの、昔お揃いで買った指輪が何故か手元にあったのだ。
それにちさとちゃんも同じものを持っていた。
ちさとちゃんには確かに嫉妬もあった。でも、高校時代離れてからもずっと寝ても冷めてもちさとちゃんの事ばかり考えて、感情も追いつかなかったし、指輪をお揃いで買っても、嫌だとかおかしいんじゃないのかと思う事は1ミリも無かったのだ。
いつもちさとちゃんの事を考えたらずっと胸が締め付けられてきたのだ。でも幸せな気持ちは否定できなくて。心がずっと揺れ動いていた。若いから余計にそうだったのかな。
それにもっと若い頃、私は少ないが男子からも告白があった。でもあまり受けようとは思わなかった。
今ここで確信に変わる。
私は友達として以上に1人の女性として幼い頃からちさとちゃんを好きだったと。
でも今更言えない。
そしてもう今、実は婚活で出会い、婚約している人も居る。指輪も交換したのだ。今指輪もしている。
ちさとちゃんは私の指輪を見て切ない顔をした気がした。
「どんな事があっても一緒に居ようねって言ってたけど結局叶わなかったね。私も結局男の子から告白されても付き合ったことがないの。」
知里「マジで?それはビックリした。他に心に決めた人でもいたの?」
ちさとちゃんは知里の手を取り、
「今気づいたの。ずっとずっと知里の事を友達としてではなく、女の子として好きだったって。私の事、たまにで良いから思い出して。」
2人は抑えきれなくなり、立ち上がり、抱きしめ合って何度もキスを重ねた。
横を見ると泊まる部屋もちゃんと用意してあった。
知里「私、もう帰らない。永遠にちさとちゃんの側に居るから泊まろう?」
ちさとちゃんは泣きそうな顔になるが、意を決して心を鬼にしたようだ。
「それは絶対にダメ。知里、もうすぐ時間だよ。私の分まで生きてよ。そして幸せになってよ。最後まで生き切って。」
「私、行けない!」
「行くの!どんなことがあってもしっかり自分の足で歩いて生きて。もし生きるのを途中でやめて来たら怒るからね!約束して。あのドアから出たらもう外だから。ドアの前まで一緒に行くわ。」
ドアを開ける前に、
ちさとちゃんが最後に
「会えてよかった。今度生まれ変わって出会ったら結婚しよう…」
私は
「うん。約束だよ。また会える?」
プツン
その場面が消え、目の前には受話器を置かれた公衆電話があった。そしてちょうど。スマホのアラームがピピピピ…と鳴り出した。
電話ボックスの扉が開き、私はかなり強制的に外に出された。
でも…言えた…。何だか夢みたいだったな。雨が降ったのだろうか?地面が少し濡れていた。
そしてポケットの中にはあの時修学旅行で買った彼女とお揃いの指輪が入っていたのだ。
私は電話ボックスの前に座り込んでしばらく立ち上がれなかった。
多分これで良かったんだろうな…。
本当に3分だったのかな?気のせいか夜のとばりがもう少し降りているように感じた。完全に真っ暗で満月もハッキリと照らしていた。
本当に3分だったのかもしれない。でも神様がボーナス的なサービスをくれたのだろうか?とも思った。
考える間も無く、また少しずつ風が起こり桜の花びらが1枚、2枚、そしてだんだん増えて舞い上がっていく。公衆電話の周りを花びらたちが竜巻のように回り始め、そのまま天に昇っていった。公衆電話はもう影も形も無かった。
「またね」
という声がどこからともなく聞こえた気がした。
満月の近くには虹がかかっていた。
それ以外は元の山頂に戻っていた。
第6章
下山~帰り道 そしてサプライズ
私は下山道に向かった。本当にもう真っ暗だったが下りるしかなかった。
一歩踏み込んだ瞬間闇に凄い勢いで吸い込まれ、まるでジェットコースターのように急降下したのだ。その後身体が浮いた。ロープウェーのような乗り物に乗っているように感じた。
宝石箱のように輝く夜景があまりにも美しく、しばらく見とれていた。
その後しばらく意識が無かった。
気が付いたら旅館の一室で休んでいた。
汗や泥で汚れたはずの身体も何故かさっぱりして気持ちが良い。そして自分の服も綺麗に洗濯されてたたまれていたのだ。洗濯物からはちさとちゃんのシャンプーの香りがしていた。持ち上げた時に桜の花びらがポロリと1つだけ落ちたのだ。
私はそーっと部屋の外にも出た。
「起こさないでください。」
の札もちゃんとノブにかかっているのに。
不思議な、そして温かい気持ちでそのまま部屋に戻って安心して休んだ。
そして日曜日の朝をそのままゆっくり過ごし帰るために昼前に登山口駅に向かった。
あんなに寂れてどこか不気味に見えていた街並みがとても明るく爽やかに見えた。人も結構歩いていたのだ。活気があった。月山は普通の登山客でも結構賑わうのだ。家族連れの人たちが月山を目指して歩いていく。子どもの黄色い声も聞こえる。
登山口駅にはピアノが置かれていた。来るときは全く気付かなかった。
そこに黒いスーツの山高帽子をかぶって丸メガネをかけたおじさんが現れてピアノを弾きだした。
曲は「想い出に包まれたなら」
某有名アニメ映画のエンディングテーマ。素朴でありながらも有名歌手のアルトのボーカルも印象的なバラードだった。日常を大切にする事、一歩一歩を踏みしめて生きる事、道しるべがある事…いろいろ込められた歌だ。私も大好きな歌だ。
それを今回は歌が無いピアノバージョンで聴けるなんて。私は近くの席に座り、ただただ聴き入った。
静かに歌詞を口ずさみながら。
そういえばこの歌、ちさとちゃんが高校の文化祭の時にゲストとして出演した時に歌ってたよな。
アップテンポのダンスミュージックが多かった彼女だが、妙に印象的だった。
当時は嫉妬や怒り、悔しさなどに苛まれて素直に聴く事が出来なかった。
でも今は違う。素直に聴けて、涙も静かに伝い始めたのだ。
やがて演奏が終わり、山高帽子の男は軽くお辞儀をして街の人ごみの中に消えて行った。
私も自然と、もう誰も居ないピアノの方と山の方を向いて会釈をした。
そして
「ありがとう」
誰に対してでもなくそう言って登山口駅を後にして電車に乗ったのだ。
電車の中でも来る時と全く気持ちが違っていたのだ。
月山の公衆電話まで行って良かった。
今はその一心だった。
また昌子さんに頼んでちさとちゃんのお墓参りをさせてもらおうかな。
そして昼もとうに過ぎ、自宅に帰ってきた。
郵便ポストに何と赤いカードと手紙が入っていたのだった。
差出人はなんとちさとちゃん。
お誕生日兼クリスマスカードだったのだ。
え?ちさとちゃんはもういないはずなのに?もう私の誕生日から5か月も過ぎているのに?
とりあえず読んだ。
「知里
お誕生日おめでとう。そしてクリスマス、過ぎちゃったけどおめでとう。
もうすぐ新しい1年も来るけれど素晴らしい1年にしてね。
私はもう来年の今頃はいないかもしれないな。
知里との時間は本当に楽しかった。
本音で付き合えた唯一の人だからね。
たくさんお世話になりました。元気でね。でもまた会えたら良いな。
お誕生日会やクリスマスパーティーは小学生の頃は家に他の友達も呼んでしたよね。
でも2人でお祝いした事は無かったよね。
是非2人でお祝いしたかったな。
来年の年末までどうにか頑張りたい、そして一緒に過ごしたいな。
私のお願いです。
知里のお願いも叶いますように。
ちさとより」
2人の誕生日は年末だった。確かに子どもの頃も家で過ごす事が多いからあまり会う事は無かったよな。
そんな事が頭をかすめながらももう私は号泣だった。
そのまま急いでカードと手紙を持って家に入ったのだった。
しばらく落ち着いた後。
ちさとちゃんが亡くなる前に書いた手紙が何故今ここで届いたのだろう?
郵便屋さんの事情かな?彼女が今に届けるように頼んでいたのかそれとも何だろう?
後日彼女のお墓参りに昌子さんのもとを訪れた時に月山の公衆電話からカードや手紙の事など洗いざらい話をしたのだ。
昌子さんはただただ微笑んで話を聞いてくれたのだ。
そして彼女が使っていた机はまだ捨てずに置いてあった。
彼女が亡くなるほんの数カ月前に彼女は私に手紙を書いていたのは知っているらしい。
でも折角書いたけど、嫌われてるだろうからと送らずに机の中にしまった事を知っていた。
もう机の中の物はほとんど整理されて無くなっていた。
ところがそのカードや手紙ももう無かったのだ。
謎が残る出来事だった。
エピローグ~新しい人生へ
そして私は婚約していた人と共に人生を歩み始めた。
だんだんと彼女の事もたまに思い出す程度になっていったのだ。
しばらくは子どもを授かる事が無かったが結婚後10年を経て私は男の子の母親になったのだった。
出産の前後、病室に居たが寂しいとか怖いとかは全く無かったのだった。
夢の中で彼女が出てきて
「出産おめでとう。ゆっくりしてね。」
と声をかけてくれたのだった。
ある朝、朝食の配膳車が廊下に止まっていた。
その近くにメガネをかけて真面目顔をしている女性がしっかりとこちらを見ているのを感じたのだ。
振り向いて二度見したら誰も居なかった。
そしてどうしても産後などで義実家と距離が近づいた時、目をつけられるとか上手く行かない事も多く、知里の心は折れかかった。もしかしてこれ、強制的に婚家を追い出されてしまうのか?悪い事をした覚えは無かったが甘え過ぎたのか?日に日に悩んだのだった。
そんな時近くの公園のベンチに、息子をバギーで連れて座っていた。
爽やかでそして寄り添うような風が吹いた気がした。
「大丈夫だよ。知里はちゃんとやってるから。」
と声が聞こえた気がした。
しばらくして義実家の方から
「距離を取ろうか」
と言ってきた。
時は流れ、息子がしゃべる様になった時たった一度だけ。
「僕がお母さんのもとに降りていくときにね、神様の横に白いワンピースの綺麗なお姉ちゃんが居てニコニコしていたよ。是非行ってあげてと言っていたから僕、来たんだ。」
ちさとちゃん、ありがとう。
私は心の中で彼女に礼を言った。
あの月山の公衆電話に行った時から時たま不思議な嬉しい事が起きている。
ある日彼女が夢に出てきて黙ってこちらを見ている。
しばらくぶりだった。会いたかった。
すぐにでもこの現実で会いたい。そして2人目の子どもが欲しいと思っていた時だった。
「ちさとちゃん、娘になってくれますか?」
私は彼女にそう言った。
彼女はしばらく黙っていたが、首を振り、
「嫌だ。」
とハッキリと言ったのだった。私は驚いてしまった。
彼女は続けた。
「だって、親子って、早くに母親である知里を見送らないといけないの嫌よ。
それに約束したじゃない。次は結婚するって。」
そう言って彼女は消えていったのだった。
ああそうだった。
それで良い。
私は納得したのだった。
他にも趣味でやっている音楽。
私は曲や歌詞を作り、歌にして近所のミュージックバーで歌を歌っていた。歌詞を書き溜めているノートに挟んだ覚えがない四葉のクローバーそのものがしおりとして挟まれていたり。
そんなある日。
チケットの半券が受付に置かれていた。そしてどう考えても会計が1人分金額が多いのだ。
受付スタッフがきょとんとしていた。
しかしながらミュージックバーのママさんは気が付いていた。後で私は呼ばれたのだった。
「白いワンピースに麦わら帽子をかぶった綺麗な若い女の人が後ろの方で座らずにずっと知里さんの演奏を聴いていたのよ。他の人は気づいていなかったんだけどね。知り合い?」
少しだけ私は黙った。そして
「はい。心当たりはあります。大昔に亡くなった大事な人です。」
ママさんになら言っても大丈夫な気がしてしゃべった。
ママさん曰く、彼女は真剣にずっと私の演奏を聴きながらも時折涙を流していたようだった。
また私は心の中で
(ありがとう。ちさとちゃん)
とつぶやいた。またお墓参りも行かないとね。
やがて私も年を重ねていき、子どもも自立し、旅立ちが間近になってきたのだ。
不思議な事はだんだん起きなくなってきて、彼女が夢に出てくることも無くなっていったのだ。最近はもっぱら病院で過ごしているが、ふと気が付くと彼女がニコリと笑って側に立っている事があった。次の瞬間居なくなっている。
そんな事がよくあった。
やがてそんな私にも病院で家族に見送られ、生涯を終える日が来た。
ちさとちゃんが高校生から20歳過ぎくらいの姿で私の側に来て、私の手を握った。
もう幻ではない。
「知里、約束守ったね。」
私は涙を浮かべて笑う。高校生から20歳過ぎくらいまで若返っていく。
「待たせた」
「ううん。ちゃんと最後まで生きてくれてありがとう。」
「こちらこそ時々助けてくれてありがとう。」
「ん?何のことかな?」
ちさとちゃんはとぼける。昔から変わっていない。
2人は周りを見渡す。
もう病室ではない。春の草原、満開の桜、月山の頂上だった。
どこかでピアノが鳴っている。
そしてあの月山の公衆電話が、もう役目を終えたように静かに立っている。
ちさとちゃんが手を差し出す。
「行こっか。」
私はその手を握る。少し歩いた後、ちさとちゃんが言う。
「次の人生で会ったら…この続き覚えてる?」
「うん。結婚しようね。」
指切りをした。
そして2人は顔を見合わせて笑う。
桜吹雪の中を並んで歩いていく。
「もうずっとずっと一緒だよ。離れる事はないよ。」
「うん。今度は誰にも遠慮しないで、一緒に歩こう。次はお婆ちゃんになるまでずっとずっと。」
ここで思い切り2人は抱き合い、何度も何度もキスをする。そして腕を絡めてずっとずっと歩いていく。
そんな時、あの日ピアノを弾いていた山高帽子の男性だろうか?
確かに覚えていた。一瞬すれ違った気がした。
その人は満足そうにうんうんと頷いた。
新しい人生
やがて時は流れ、新しい人生が始まり、私は小6になろうとしていた。
ある大人気アニメ映画が春に上映され、私は必ず見に行っている。
映画館の席についたとき、偶然隣の席に座った少女が居た。年は同じくらいだろうか?
背中まで伸ばしたサラサラの黒髪、白いワンピース。清楚なお嬢様のような子だった。
「可愛い」
思わず私は口に出してしまったのだった。
「あ、ごめんなさい!」
「ううん。嬉しかったですよ。ありがとう。」
映画が終わった後に、彼女から聞いてきた。凄く人懐っこい子だ。
「どこから来たんですか?何年生ですか?」
と彼女から聞いてきた。
「隣の駅の近くに住んでます。小6になります。」
「私はこの近くに住んでるよ。私も小6。また会うかもしれないですね。」
白いワンピースの彼女は私と握手をしてきて、
「またどこかで会ったら声かけてください。」
そう言って帰っていった。
不思議と嫌な気がしなかった。心が温かくなる。
そして次の時は。
どうしても私、隣町の図書館に行きたくなって日曜の午後に電車に乗って行ったのだった。
図書館で本を探していた。異世界に迷い込んで龍を倒す物語だった。こういうの好きなんだ。
借りようと思って本を取ろうとしたら隣からも手が伸びてきて、同じ本に手を取ろうとしたのだ。
2人は顔を見合わせた。
「あっ!」
映画館で出会ったあの可愛らしい子だったのだ。
「どうぞ。」
私は彼女に本を譲った。
「いや、そちらこそどうぞ。」
「なら一緒に読む?」
2人で椅子に腰かけ、本のページをめくったのだった。
「この後、近くに桜が咲いているんだけどどう?一緒に行かない?」
何も知らない者同士だけど2人で桜を見に行った。
そして時折自然に手をつなぎながら歩き、小学校の話とか家族の話、友達の話などで盛り上がる。
お互いに今まで関わったどんな友達よりも分かり合える、何でも話せる気がしたのだった。
「今日は楽しかった。またね」
「またね。ありがとうね。」
連絡先も聞いてなかった…。
でも聞かなくても良い気もした。何故だかは分からなかったけど。
そして1年後中学生になり、入学式。
クラスごとに座る。体育館の席に座ろうとしていたら、ぽんぽんと肩を叩かれる。
なんと彼女だった。映画館や図書館で会って花見までしたあの子だ。
「同じクラスだよ。よろしくね。」
「こちらこそよろしく。嬉しいよ。」
手を握り、そして抱き合い、再会を喜んだ。
おしまい