週一エッセイ「鍋の底をかきまわす」#20 続けていく意味的なそういうあれ
週一エッセイももう20回目だそうです。
どこか他人事なのは、毎日日記だけ書くのも物足りないしエッセイを週一で書けばもっと楽しいかもしれない、と始めた企画のくせに毎週ギリギリで絞り出すように文章を打っているからだ。もっとセンスがあって、面白くて、自分が納得いくものを書くつもりだったのにな。
いやあしかし、高校生の頃は所属していた文芸部の卒業文集を先延ばしにしまくったあげく当日の朝4時までPCと向き合い、大学生の頃は就活で落ちに落ちまくり、そんなはずじゃなかったので手を付けていなかった卒論を3日で無理やり書き切り、無職になってからは電撃大賞に送る短編小説を一週間でなんとかかんとか形に(だけは)した、とこれまでを振り返るとなにも学習していませんね。追い込まれないとできないのだ。
余裕があったほうが良い文章をかけるかというとそんなこともないのだけれど、やべえやべえと書いている文章は、後で見返すと粗が目立つしもっと早く取り組んでいれば、と後悔することも多い。ぼ、凡庸……と落ち込んだりもする。そこは余裕があっても同じだが。
先ほど高校生と大学生時代の話をしたけど、もっと遡ると小学生時代の私は既に追い込まれないとできない性分で、特に家庭科の授業は先生に怒られないとぼんやり手を止めたり授業を抜け出して図書室に行ったりする自由なクソガキぶりであった。
なんというか、上手くできないことがすごく嫌だったのだと思う。周りのみんなができていることが自分にはできない。じゃあもう完璧なものはできないのだから、締め切りにさえ間に合えば、とりあえず形にできてさえいれば、もういいんじゃないかと。今やんなくていいじゃん、と拗ねてしまっていた。
エプロンを作りましょう、という課題で家庭科のドラゴンが前面にプリントされた黒いエプロンをきれいに完成させた同級生も、平成女児しか着ていない蛍光ピンクにキティちゃんがどーんとプリントされたエプロンを楽しいと言いながら縫う同級生も、自分より上手くいっていて見るのが嫌だった。自分は不器用で思ったより進まないし、どうせまた居残りなんだと思うと投げ出してしまいたかった。
とりあえず完成すれば良い。期限が迫ってきたらその時やる。そうやって逃げて、誰もいない図書室で真田幸村の伝記を延々と読んだ。ああ、私も真田十勇士のような強くて個性のある家臣になって、尊敬できる殿をお守りできたら、そう考えるうちに呆れた友人が連れ戻しに来る。いつもそうだった。
とりあえず形にする、提出する、ということには価値がある。でも、それだけじゃだめだということも社会に出て痛いほど知った。まあこんなもんで良いでしょうと空白を埋めるだけ埋めた書類を上司にボロクソ言われたこともある。提出するだけじゃ、お金をもらうに値しないことももちろんある。そりゃそう。
このエッセイは私の完全なる趣味だから、毎週金曜にアップしなくてはならないという決まりはない。読み物として完璧にして提出しなさいということもない。でも、学生時代や会社員時代適当にしてきた分、これだけは毎週アップをやめたくない。面白くなくても、誰も望んでいなくても、自分のためにやめたくない。
なんかかっこつけたこと書きましたけど、無職エッセイと銘打ったわりに特に無職生活の中で知りたい人が多いと思われるお金のこととか保険のこととか書いてないよね。ただただ日々あったことを書くエッセイになっている。
まあでも、それはどなたかが書いてくれているでしょうし、私に有益なことや前向きなことは書けないので、このまま生活のことを書く、というのを続けていきたい。自分のアホさや家での生活、たまに出る外の世界でみかけた面白いことを飽きるまで書き続けられたら良いな。それもまた、無職エッセイ。
今はすごくハンバーグが食べたい。
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