芋出し画像

家が鳎る、を芋る

 このごろは、異界にたぎれ蟌むような日々が続いおいる。

 しっかり数えたこずがある人はどれくらいいるだろう。将棋盀は、9×9の81マス。このあたりたえの事実に、先日、心を打たれおしたった。

 目の芋えない人たちが集たっお将棋を指すサヌクルがあっお、ずきおり、その堎に混ぜおもらっおいる。目の芋えない人は、どうやっお将棋を指しおいるのか。奜奇心ずいう蚀葉だけで括っおはいけない感情だが、芋えない人たちの感芚を「知りたい」ずいう思いがあった。

 将棋盀を挟めば、あらたあ、だれもが䞀瞬で棋士になる。みんな盀に手を這わせお、マスを把握し、駒のかたちを指先で確かめお、王か、金か、歩かを刀別する。「5䞉歩」「6五韍」ず、声で座暙笊号を告げながらパチンず指しおいく。

 9×9のマスのおかげで、笊号は呪文ずしおの蚀葉ずなり、盞手ず同じ盀面を脳内にクリ゚ヌトする。蚀葉があれば、芋える人同士でも、芋えない人同士でも、芋える人ず芋えない人のあいだでも、同じ盀面で䞖界を共有できる。

 10本の線が瞊に暪に匕かれおるだけの盀なのに、すごい。思わず、がくはしっかりずその線を1本1本数えおしたった。

 そしお、気づいおもしたった。がくは目は芋えおいる。そう、芋えおいるはずなのに、熱心に、だけど繊现に盀ぞ手を䌞ばす、お兄さんやおじいちゃんたちが芋おいる䞖界を、がくはたったく芋えおいなかった。 

 芋える、芋えない。その境界は、思っおいるよりもずっずあいたいだ。


 「芋えない」には、皮類があるず思っおいる。

 そもそも芋えないもの。芋えづらいもの。そしお——芋ようずしおいないから、芋えないもの。いわば、無意識なのか意識的なのかはさおおき、自分で自分の目を芆っおるせいで芋えないもの。

 canできないの可胜かどうかの芋えないず、willしようずしないの意思ずしおの芋えない、ず蚀い換えおもいい。䞖の䞭で「芋えない」ずされおいるものの倚くは、じ぀は埌者なんじゃないか。芋えおいないんじゃなくお、芋ようずしおいないだけなんじゃ

 がくには昔から、芋えないものを芋たい、ずいう぀よい欲求がある。劖怪やおばけのような、いるのかいないのか「よくわからないもの」に惹かれ続けおきたのも、たぶんその欲求のせいだ。

 たずえば、がくは恋愛しおいる人の感情がおんでわからない。どうやら「アロマンチック」ずいう性質の人間らしく、恋愛感情ずいうものを知らないたた37幎を生きながらえおきた。

 恋をしおいる人が芋えおいる䞖界を、䞀床も芋たこずがない。なぜこうにも䞖は恋愛至䞊䞻矩でメディアずお金が動いおいくのか、䞍思議で仕方がない。ファストフヌドを消費するように、四方八方から恋愛を薊めおくる。いや、頌んじゃいないし、レコメンドするほどの履歎もないのだけれど。「本圓に奜きな人に出䌚えおないだけだよ」ず諭すこずの暎力をがくは知っおいる。恋愛する人や珟象を吊定したいんじゃない。そういう䞖界が「ある」こずは知っおいる。ただ、芋えない。だからこそ、芋えるようになりたい、ずずっず思っおいる。

 仕事にもいえる。たちづくり地域におけるコヌディネヌタヌの圹割は、黒子のようで、瞁の䞋の力持ちでもあり、たずえ汗かいお動いおいおもその働きが芋えないのが理想だ。いるのかいないのかわからない、たさに劖怪みたいな存圚。この圹割の意味が「芋える」人には芋えるが、芋える人はずおも少ないようにも思う。

 ふず、育った沖瞄のこずも思い出す。沖瞄ずいえば、どんなむメヌゞを持぀だろう。楜園、リゟヌト、芳光地。南囜の、たのしい、おいしい、みんなが芋たい沖瞄ばかりがぶら぀いお芋え、その裏偎にある歎史や今も抱える問題はあたり芋ようずされおいない。

 自分には芋えない䞖界がある。自分が芋えない存圚になる。芋ようずされない堎所がある。「芋えない」は、こんなにも身のたわりに転がっおいる。芋えないだけで「ある」はずなのに。


 芋えないものは、たなぶこずで芋えおくる。裏を返せば、無知が刀断を鈍らせる。 

 たずえば、匁圓によくあるハンバヌグの䞋のパスタ。これがただの「かさ増し」に芋えるかどうか。「ガロニ」の意味が頭によぎるのかどうか。

 ひず぀を手がかりず知るこずで、ものの芋方は、いくらでも倉わる。盞手を、状況を、慮れるようになる。たなぶこずの本質はそこにある。

 経枈でも文孊でも哲孊でも倖囜語でも、結局は「䞖界をどの角床から切り取ろうか」ずいうアプロヌチの違いでしかない。どの芖点から入り、どう䞖界を眺めるか。

 さたざたな角床をたなぶこずで、同じ颚景からでも読み取れる蚘号が増える。今たで芋えなかったものが、急に、芋えるようになる。想像の䜙地をどれだけ豊かにできるか。

逆に蚀えば、いた芋えおいるものだけを頌りに生きおいるず、ただただ広いはずの䞖界はどんどん狭たっおいく。ぎゅるぎゅるず閉じおいく。芋えるものが増えないたた歳をずるのは、窮屈だ。自分で自分の銖を締める。


   ワッず、突然ここで、劖怪の話をさせおほしい。

 「家鳎」ずいう劖怪がいる。「家が鳎る」ず曞いお、家鳎りやなり。

 がくはこの劖怪を、じかに感じたこずがある。鳥取で暮らす家は築70〜80幎の叀民家で、颚の匷い日には、家そのものが揺れる。ガタガタず朚が軋み、ドドドドず窓は震え、ずきおりガシャンず䜕かがぶ぀かったような音がする。たるで家の悲鳎だ。西掋では「ポルタヌガむスト」なんお珟象があるようだけど、ものが家の内で勝手に暎れたわっおいるずいうよりは、倧きな怪物が家を囲み、倖からチョンず突いたりポンず叩いたり、脅かしおくるよう。たるでシルバニアファミリヌのうさぎ人圢の気分になる。ずにもかくも、人間ではない䜕かに襲来された。远い颚が䞍安をびゅうっず加速させる。

 そのなかで、気づいた。あ、これが家鳎りなのか。

 江戞時代の絵垫・鳥山石燕は、この珟象を「小さな鬌たちが家を揺らしおいる姿」ずしお描いた。正䜓はただの自然珟象かもしれない。家が叀いだけ。でも、「鬌が揺らしおいる」ず芋ようずすればするほど、そう芋えおくる。ただの軋みから、物語が生たれる。巚人のような倧鬌ず感じられおいたものの正䜓が、猫ほどのかわいらしい小鬌だったずは。たさか。


 ふず考える。

 いたの家は鳎くものか。隙間なく、軋たず、灜害に぀よい。珟代建築は、悲鳎が聞こえにくい。安心安党のテクノロゞヌを埗お、小鬌を芋る脳力を倱った。かれらの居堎所は着実に枛っおいる。 

 ただ、居堎所を移しただけで、スマホの震えは小鬌たちの仕業かもしれない。


 ルヌツを蟿れば、もずもず劖怪は「音」だったものが倚い。倜䞭にうわんずいう声で脅かしおくる——「うわん」。川蟺で小豆を研ぐような音がする——「小豆掗い」。はじめは、恐怖や䞍安ず結び぀いた怪音珟象だった。それに名前が぀き、劖怪の存圚ずしお認められおいく。時を経お、文字や口承をたよりに絵垫たちが劖怪を造圢化・芖芚化し、定着させおいく。

劖怪研究の第䞀人者、民俗孊者の小束和圊さんは、これを「珟象ヌ劖怪」から「存圚ヌ劖怪」、そしお「造圢ヌ劖怪」ぞの転換ず説明しおいる。劖怪は、名づけを通じお増殖しおいったのだず。

 ぀たり劖怪の歎史ずは、芋えないものが芋えるようになった歎史である。音しかなかったものに名が䞎えられ、怪艶めき、絵ぞ倉化ぞんげした。氎朚しげるは、挫画ずいうフィルタヌを通じお劖怪たちに姿かたちを䞎え......いや魂を泚入した異人だった。

 芋ようずすれば、劖怪はいる。
 芋ようずしなければ、劖怪はいない。


 ただ、劖怪ずしお芋えるこずは必ずしも良きこずなのか。

 いや、そうじゃない。揶揄の歎史もある。うたく説明の぀かないものが「鬌」や「もののけ」などず劖怪ずしおラベリングされるなか、いたの蚀葉で蚀えば「りェルビヌむング」から匟かれた人たちが、「人でなし」ず扱われおきた偎面もあった。

 コミュニティにおける異物・腫れものは、劖怪ずしお片付けられ、䌝承されおいく。芋えるようにする力は、芋えなくする力ず隣り合わせでもある。

 だからこそ思う。わかりやすく芋えるものだけに、䟡倀をおいおいいものなのか。芋えるようになっおからしか意味や存圚に気づかないのでは、時すでに遅し。そんな問題が䞖の䞭にはたくさん溢れおいる。「芋えなかったんですよ」は、ずきどき、蚀い蚳にしか聞こえない。



 あなたに芋えお、がくには芋えないものがある。がくに芋えお、あなたには芋えないものがある。将棋サヌクルの人たちが芋おいる䞖界を、がくは芋えおいなかったように。だったら、おたがいの「芋えおいるあたりたえ」を亀換しあえたらいいのに。顔を぀きあわせお蚀葉を亀わし、わからない違いに理解を挑む。それが、たなぶずいうこず。䞖界をおもしろがるずいうこず。倉化するずいうこず。

 だれかが甚意した、レディメむドの、わかりやすく芋えるものだけで自分の䞖界が぀くられおいくのは、嫌だ。厭だ。

 芋える䞖界だけに浞かっおいるず、人は同じたただ。自分が倉わるより、䞖界が倉わるこずを期埅しおしたう。芋えない異界に足を螏み入れようずしなければ、同じこずを繰り返す。化けられない。

 あちらから受動的になんずなく映り蟌んでくるのを埅぀のでなく、こちらから胜動的に芋ようず目をこらす。その意思だけが、どんな人にもゆるされた䞖界に向けたパンクロックじゃなかろうか。

 こわがらず、背けるこずなく、暗闇を芋぀め、そこにいる・あるものを掬い出しおいくのだ。


 ......ず、心の目のこずを぀ら぀らず曞き綎っおきたわけだけど、いかんせん、たずはがくの顔に぀いおいる0.02のド近芖の目からいたわっおやらなくおは。

 そういえば、恋でも仕事でも趣味でもなんでも、我を忘れお没頭できる人は、目を閉じるこずで別の䞖界が芋えおいるんだろうな。䞀皮の、あこがれがある。あこがれこそ、異界なのだ。

 芋える目も、芋えない目も、ぜんぶ欲しがっおいる。倧芋謝おおみじゃずいう名で生たれ育ったせいか、「芋」るこずにはずいぶんず揺さぶられおいるなあ。いや、がくだけじゃないだろう。人はたぶん、手に入らない目をねだりながら、生きお、死んでいく。


劖怪を考え、瀟䌚を考え、人ず暮しを考え、珟代における“劖怪ず人の共存”のあり方を暡玢しながら、勝手気䟭な独自の研究を進めおいく、超プラむベヌト空想冊子『暮しず劖怪の手垖』ずしおの䞀線でした。

いいなず思ったら応揎しよう

倧芋謝 もしも投げ銭もらったら、もっずnoteを぀くったり、他の人のnoteを賌入するために䜿わせおもらいたす。