教育を学んできた私が、今は医療について考えている
-どうして医療について考えているんだろう?-
「どうして医療について考えているんだろう?」
そう、自問自答する日が増えた。
でも正直、まだうまく説明できない。
昔から「人に寄り添えるような仕事がしたい」と思っていた。
その形が“教育”だけではないのかもしれないと、
最近になって考えるようになった。
今、私は、
気づけば医療の本を読んでいて、
病院という場所について考えている。
きっかけは、一つじゃないと思う。
これまで経験してきたことが、少しずつ繋がり始めている気がしている。
だから今日は、
「なぜ医療について考えているのか」を、
書きながら整理してみようと思う。
-子どもの頃のわたし-
子どもの頃、
私は「相談する」ということを知らなかった。
誰にも相談しなかったし、
できなかったのかもしれない。
嫌なことがあっても、
ただ感情を押し込めて、
なかったことにしようとしていた。
心を通わせられる人が、
あの頃の私には、誰ひとりいないように感じていた。
気づけば、
いつも自分を否定して、
自分を傷つけるような考えばかりしていた。
「助けてくれる大人なんていない」
そんなふうに思っていた。
大人は、表面しか見てくれない。
本当の苦しさには気づいてもらえない。
あの頃の私は、
ずっとそう感じながら過ごしていた。
-見えない''苦しさ''に気づける人になりたい-
いつも元気そうに見える人。
よく笑っている人。
周りから「大丈夫そう」と思われている人。
でも、本当はそういう人ほど、
ひとりで苦しさを抱えていることがあるのかもしれない。
今思えば、
私はずっと、ひとりだった。
辛い経験を重ねるうちに、
「平気なふり」を覚えていった。
苦しくても笑うこと。
大丈夫だと言うこと。
何もなかったように振る舞うこと。
気づけば私は、
自分を偽る方法を知ってしまっていた。
そしてそれは、
だんだん上手になっていった。
だからこそ、
表面だけでは分からない苦しさがあることを、
今の私は知っている。
あの頃の私は、
背景を理解してもらえないことが苦しかった。
どうしてそうなったのか。
何を抱えていたのか。
そこを見てもらえない感覚が、
ずっと心に残っている。
だから今は、
目に見える言葉や行動だけではなく、
その人の背景を想像できる人になりたいと思っている。
自分の経験が、
誰かを理解するための視点に変わっていくのなら、きっと無駄ではなかったと思う。そう思いたい。
-教育者としてのわたし-
教育者として、
子どもたち一人ひとりと関わる時間を大切にしてきた。
私は昔からスポーツが好きで、
「まず自分も一緒にやる」ということを大事にしていた。
体力測定のシャトルランでは、
子どもたちを励ましながら、
自分も一緒に走った。
大掃除の日には、
声をかけるだけではなく、
一緒に雑巾掛けをした。
言葉だけでなく、行動で示したかった。
頑張ることも、
苦しいことも、
誰かと一緒なら少しだけ乗り越えられることを、
子どもたちに伝えたかった。
そして同時に、
子どもたちの表情をよく見るようにしていた。
元気そうに見える子ほど、
無理をしていることがある。
笑っている子ほど、
本当の気持ちを隠していることがある。
それは、
子どもの頃の自分を、
どこか重ねていたからかもしれない。
-学校の中で感じた違和感-
教育現場に立って感じたのは、
一人ひとりを見たいと思っていても、
現実には限界があるということだった。
どうしても、
表立って目立つ子や、
支援が必要だと分かりやすい子に、
先に目が向いていく。
もちろん、
それも大切な支援だと思う。
でもその一方で、
「大丈夫そうに見える子」が、
静かに苦しさを抱えていることもあった。
ある日、
ひとりの子が私に相談してくれた。
「実は、生きることをやめようとしたことがある」と。
その子は、
一見なんでもできる子だった。
友達も多く、慕われていて、
周りからは、悩みがなさそうに見えるかもしれない。
だからこそ、
私は苦しくなった。
“見えていなかった” ことに。
40人近い子どもたちを、
同時に見続けることは、本当に難しい。
それでも私は、
「助けてほしい」と声を上げられない子に、
気づける人でありたいと思った。
本当に助けを必要としている子を、
助けたい。
その気持ちは、
教育の現場に立ったことで、
さらに強くなっていった。
-病院で考えるようになったこと-
祖母が亡くなってから、
私は大きな喪失感に襲われた。
同時に、
自分の無力さを痛感した。
私は医療の知識が乏しく、
不安になるたびに看護師さんや医師へ何度も質問をしていた。
けれど、人によって説明が違ったり、どこかそっけなく感じたりすることもあった。
もちろん、
忙しい現場だったことは分かっている。
それでも当時の私は、
「本当に祖母を大切に見てくれているのだろうか」
と、不安になってしまう瞬間があった。
そして何より、医療の知識がない自分が嫌だった。
もっと知識があれば、祖母の状態を理解できたのかもしれない。
もっと知識があれば、不安を減らせたのかもしれない。
そう思うことが増えていった。
これから先、家族に何が起こるかは分からない。
だからこそ、大切な人を守るためにも、私は医療を学びたいと思うようになった。
そして、これまで自分が経験してきたことも、
きっと無駄ではないと思っている。
苦しさを抱えながら生きてきたこと。
誰にも理解されないと感じていたこと。
教育現場で、“見えない苦しさ” に触れてきたこと。
そうした経験があるからこそ、
人に寄り添える医療者になりたい。
今は、
そんなふうに考えている。
-学校と医療の間で-
私は、
診察室で待つだけではなく、子どもたちが日常を過ごしている場所に関わる医療者になりたいと思っている。
最近は、学校という場所で子どもたちと関わる
医療のあり方に関心をもつようになった。
学校で過ごす時間は長い。
だからこそ、
苦しさのサインは、
日常の中に現れることも多いのだと思う。
学校と医療のあいだで、
子どもたちを支える仕事がしたい。
-答えを探しながら-
まだ、はっきりとした答えは見つかっていない。
自分が本当に何をしたいのか、
どんな形で人を支えたいのか、
今も考え続けている。
それでも、
医療に強く惹かれていることだけは、
きっと本当なんだと思う。
これまで経験してきたことが、少しずつ繋がりながら、今の自分を形作っている気がしている。
だからもう少し、
迷いながら考えてみたい。
教育と医療のあいだで、
自分にできることを探しながら。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇♀️🙇♀️🙇♀️
