
老guy jijiのシン・シニア・ライフ
はじめに
老guy jijiのシン・シニア論|枯れない、媚びない、自由な暮らし方
「定年=余生」の常識を脱ぎ捨て、自らをあえて「老guy(ロウガイ)」と名乗るjijiが贈る、60歳からの逆転ライフスタイル術。
守りの終活でなく、攻めの「整活」を。
デジタルを駆使した遊び、孤独を贅沢に変える知恵まで。
常識に媚びず、枯れずに、自分らしく遊び尽くすためのヒントを提案・皆で考える!
人生の後半戦、私と一緒に面白がりませんか?「枯れるのも悪くないが、知的に暮らすのもステキ」
60歳からのアップデート。自虐を誇りに変える「老guy」のススメ。
なぜ、あえて『老guy』と名乗るのか?
古い価値観を壊し、新しい自分にアップデートし続けたい!
「最近の若いもんは・・・」と愚痴るのが、世に言う老害らしい。
ならば私は「最近の60代は手に負えないほど面白い」と言わせたい。だから自らを「老guy」と名乗ることにした。
経験という武器を持ち、最新のテクノロジーを鼻歌まじりに使いこなし、ワクワクを創り出す。これは、一人のjijiが仕掛ける「シニア像」への愉快な反逆だ。
プロフィール
昭和40年(1965年)、私は新人類と言われたこの世に生を受けました。
決して恵まれた条件ばかりではない、いくつかのハンデを背負ってのスタート。
しかし、その先に待ち受けていたのは、波乱万丈という言葉では足りないほどの、彩り豊かな人生のドラマでした。
青春と躍動:音楽とデザインに捧げた日々
10代の私は、好奇心の塊でした。
興味の赴くままに遊び、学び、そして何より音楽に没頭しました。
音楽を通じて出会った仲間たちは、私の人生にとってかけがえのない財産です。
この情熱は一時的なものではなく、50代に至るまで活動を続ける息の長いものとなり、表現することの喜びと難しさを教えてくれました。
20代でデザイン事務所に就職し、クリエイティブの世界へ足を踏み入れます。
その後、学生時代からのパートナーと結婚。
公私ともに充実し、独立を果たしたことで経済的にもゆとりのある、いわゆる「順調な暮らし」を謳歌していました。
転換と試練|重なる喪失と体調の変化
しかし、人生の歯車は40代で大きく揺れ始めます。仕事の不調に追い打ちをかけるように離婚を経験。
積み上げてきたものが指の隙間からこぼれ落ちるような感覚でした。
50代になり、心機一転して他職種への挑戦も試みましたが、現実は甘くありませんでした。
追い打ちをかけたのは身体の異変です。
50代後半、狭心症との診断。手術を乗り越えた先に待っていたのは、
左片麻痺と末梢性めまい症という過酷な現実でした。
かつてステージで飛び跳ねていた足は、壁を伝わなければ移動できないほど自由を失い、私は期せずして「引きこもり生活」を余儀なくされたのです。
社会の隙間で|見えてきた「新しい生き方」
最も苦しかったのは、障害認定が「不該当」だったことかもしれません。
「あなたは健康です」という診断。
しかし現実は歩行困難。
この、社会の制度と実態の「隙間」に落ちてしまった孤独感は、言葉に尽くせぬものでした。
しかし、私はここで終わるつもりはありません。
60代、還暦。多くの人が「余生」と呼ぶこの時間を、私は「人生の後半戦という名のメインステージ」と定義し直しました。
これからのミッション
このページは、挫折も病も孤独も、そのすべてを血肉に変えてきた私が提案する「新しい高齢者のライフスタイル」の発信地です。
物理的な自由が利かなくても、心と知的好奇心は自由であること。
既存の支援制度にだけでなく、自ら「豊かな暮らし」を再定義する。
高齢者=守られる存在|という固定観念を自らも破りたい。
失ったものを数えるのではなく、今ある条件の中でいかに「粋」に、いかに「豊か」に生きるか。
ハンデを背負って始まった私の人生が、60代にしてどのような光を放つのか。そのプロセスを皆さんと共有していければ幸いです。