芋出し画像

䌚瀟を蟞めるず決めた日、ずんか぀を食べた。

のれんをくぐるだけなのに、眪悪感があった。 メニュヌを開く前から、頭の䞭にはフルコヌスの小蚀が䞊んでいる。

「そんなん食べたら倪るよ」
「ちょっず高いんじゃない」
「そんな莅沢蚱されるず思っおる」

私の頭の䞭には、町内の自治䌚長を30幎ぐらいやっおいそうな、䞖間䜓ず垞識をこよなく愛するおばさんが䜏み着いおいる。しかも頌んでもいないのに、四六時䞭メガホンを握りしめおいるのだ。

運ばれおきた黄金色のずんか぀に、゜ヌスをたっぷりずかけお口に攟り蟌む。 サクッ、ず衣が鳎り、濃厚な脂の甘みが広がった。

うたい。なんおうたいんだ。

噛み締めるたびに、頭の䞭のおばさんが「きぃヌ」ず悔しがりながら小さくなっおいく気がした。自分の「食べたい」ずいう本胜に、䜕幎ぶりかで100点満点の自由を䞎えおあげられた。

そもそも私がこの店に吞い蟌たれたのは、その数時間前、䌚瀟のミヌティングブヌスで私の「からだ」が前代未聞のストラむキを起こしたからだった。

こずの始たりは、昚幎秋に䌚瀟が発衚した40歳以䞊を察象ずした早期退職制床だ。䌚瀟偎はやたら吊定したがるが、どう芋おも「お金あげるんで、おっさん・おばさんは早く蟞めおください」な制床である。

心は「やヌめヌたい」ずシュプレヒコヌルを挙げおいた。リモヌト䞭心だった勀務圢態から出瀟が矩務化され、通勀した日はどっず疲れお子どもの話を聞く䜙裕すらない。定幎たであず20幎以䞊、このペダルを挕ぎ続けるむメヌゞが党く持おなかった。

しかし、私が䞀歩を螏み出そうずするず、脳内おばさんがメガホンを最倧音量にしお怒鳎り散らす。

「䞖間的にはいい䌚瀟じゃないの。蟞めおどうすんの」
「40過ぎたババアが正瀟員を手攟したら、次なんおないわよ」

なお、おばさんの蚀う「䞖間」が具䜓的に誰を指しおいるのかは、最埌たで分からなかった。けれど私はそのマシンガントヌクに圧倒され、出口のない回し車をカラカラず氞遠に走り続ける、思考のハムスタヌず化しおいた。

SNSを開けば、タむムラむンにはフリヌランスずしお茝く人たちの姿がある。胞の奥がチリチリず焊げるような嫉劬が湧き起こる。私もあっちに行きたい。でも仕事を蟞めた埌、䜕をやっお生きおいけばいいかわからない。

あたりにも悩みすぎお胃に穎が空きそうだった私は、䞀か八か、ヒプノセラピヌ催眠療法ずいうものを受けおみるこずにした。怪しい。もの凄く怪しいけれど、背に腹は倉えられない。 怪しげな催眠の䞭で匕き出されたのは、幌児期の叀い蚘憶だった。実家は䞖間䜓を䜕より重んじる家で、私は家庭の経枈事情のなか、金食い虫ず眵倒されお傷぀いおいた。

その瞬間、頭の䞭のおばさんの声が誰なのか分かった。

母だった。

あの甲高い声。たくしたおるような蚀い方。 私は40を過ぎおなお、実家から遠く離れたオフィスのデスクで、頭の䞭の母芪に「䞖間䜓が悪い」「この金食い虫」ず叱責され、怯え続けおいたのだ。倧䌁業にしがみ぀こうずしおいたのは、優秀な瀟員になりたかったからではない。ただ、頭の䞭の母芪から合栌点をもらいたかっただけだった。

翌日、私はい぀ものように出勀した。ミヌティングブヌスでPC画面を芋぀めおいるず、たた脳内の母が囁く。「あんたみたいな無胜は、倧きい䌚瀟にしがみ぀いおいるのが䞀番なんだから」。

その瞬間、からだが猛烈な反抗を始めた。

ドクドクドク、ず心臓が早鐘を打぀。キヌボヌドに眮いた手が、自分のものではないみたいにプルプルず震え出した。䌚議の盞手の声が、急に氎の䞭にいるみたいに遠くなる。頭は䌚議を続けようずしおいた。でも、からだはもう、ずっくに垭を立ずうずしおいた。

ああ、私の身䜓は、もう秒もここにいたくないんだな

そう自芚した瞬間、ストンず腹が据わった。あんなに怖かった「退職」の二文字が、するりず喉を通った。だから私は、その足でずんか぀屋ぞ走ったのだ。

䌚瀟を蟞めお、生掻に倧きな䜙癜が生たれた。 たず、料理をする䜙裕ができた。そしお、8歳になる息子が話しかけおくる回数が増えた気がした。 いや、違う。息子は前から、こんなに話しおいたのだず思う。正確には、私がようやく聞くようになったのだ。

䌚瀟員時代の私は、時間も心のキャパシティも垞にマむナスだった。息子に察する口癖は決たっお「ずにかく」「いいから早く」の二択。気が぀けば、息子自身も䜕かを芁求するずきに「ずにかく」ず語気を匷めるようになっおいた。鏡のように、私の焊りを映し出しおいたのだ。仕事のストレスに圧迫され、時には子どもの存圚そのものを、私の時間を奪うノむズずしお疎たしく思うこずさえあった。

息子が話しかけおくる内容は、だいたいがポケモンの技や、最匷王図鑑のバトルずいった、どうでもいい話だ。正盎に蚀っお、私は今でもその話に1ミリも興味がない。 か぀おは音速でスルヌしおいた話を、今は盞倉わらず興味はないたただが、「ぞヌ、そうなんだ」「それが匷いんだね」ず、圌の目線に合わせお最埌たで聞く䜙裕がある。

倩気のいい日に、息子ず川沿いの緑道を自転車で走る。 䌚瀟員時代の脳内BGMが「おばさんの説教」だったこずを思えば、子どもの声を聞いおいる今は倧出䞖だ。

もちろん、将来やお金の䞍安を思うずきりがない。 でも、向かい颚の䞭で笑う息子の背䞭を芋おいるず、䞍思議ずペダルは軜かった。 たぶん、颚向きが倉わったんじゃない。 挕いでいる私が、少しだけ倉わったのだ。

いいなず思ったら応揎しよう

倧倉 | 40代の人生再蚭蚈 よろしければ応揎お願いしたす いただいたチップはクリ゚むタヌずしおの掻動費に䜿わせおいただきたす