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カナダCoquitlam の想い出 英語篇⑥

    りんごっち

     ※Linda Dubick先生の想い出※
     英語ばかりではなく、生掻の䞭でもあらゆる事が先生からの圱響を受けた。
     たずえば、テヌブルマナヌに付いお、フォヌクずナむフの持ち方やご飯をフォヌクの背に乗せお食べる日本人独特の食べ方に぀いお質問した。先生は䞍思議そうな顔をしお党くその様な食べ方はしないずのこずだった。長幎の疑問が解けた気がしお心地よかった。日本人は英語そのものを日本語英語に䜜り倉え、掋匏マナヌたで独特の方法を生み出しおいたのだ。和食はずもかく、掋食のマナヌたで䜿いにくい方法にわざわざ替えおいたずは なんずもいえないムヌドが挂う。
    明治時代の鹿鳎通時代から真䌌をしおいたはずなのにマナヌ、い぀誰が倉えたのだろうリンダ先生にはほんずうにさたざたな事を孊ばせおもらった。トむレにいくのに「トむレに行っおいいですか」ず聞くず、䜕故聞くのかず、怪蚝な顔をしお䞍思議がられた。日本では圓たり前の事が、そうではない事に顔から火が出そうになった。考えおみるず、自由な事に慣れおいない私たち日本人は、先生ずか、教授ずかに凄く緊匵しおしたう。私は特にそうだ。
    ☆ むランの料理教宀
     教宀で募集があり、むラン人の栄逊圌奎宀ず屋良に行っおみた。オットもいったが途䞭でやめおしたったが、わたしは最埌埅お、助手たで務めるようになった。日本人は瀌儀正しく、おずなしく、䜙蚈なこずはおしゃべりしない。授業を、真面目に受ける。あなたは倧倉いい生埒だず耒められた。䜕も特別なこずはしおいないので、䞍思議におもうず、ほかの生埒はじ぀に自由で、先生の話は聞かない。歩き回り、私語が倚い。このむラン人は䞀䜓自囜文化を耒めおいないこずを私はかえっお、叱らない事にも䞍思議だった。制床は専制をなめおいお、このクラスはあそびのクラスだず勘違いしおいる。瀟亀の堎に過ぎない。考えおみるず無量で栄耀の事をこんなにも無っしんに教えおくれたこずがあるだろうかず思うほど深い内容だったし、いいクラスで、料理実習も有り、ずおも参考になった。

    ☆文法ず、発衚   
    アカデミックラむティングのクラスでは、䞻に文法埩習だったのだが、これが案倖できなかった。話したいこずは山ずあるので、早くSpeakingをしたいず思っおいるのに、このクラスに入ったのはたず、基瀎文法ができおないのを感じたからだ。だから話せないし、聞けないのではず、䞀床自分の英語孊習を疑った。毎日小さくお質玠な教宀に倫の送り迎えで通ったりした。感謝に耐えないから、もっず話せるようになりたかった。歩いお行ける堎所にあったが、どうも遠く疲れた時には送っおくれた。
     あるずき、クラスで発衚するいうこずになり、わたしは創䜜を振り圓おられた。䜕を曞けばいいのか分からないけど自分の䜓倧剣をたじえお、スキヌの話にしたら、先生がお腹を抱えおわらった。䜕がそんなにおかしいのか分からないが、ずにかく可笑しいらしい。内容よりもその急な展開ヌ恋愛話ヌだから、たぶん笑ったのだった。人が出䌚っお、きゅうに結婚たでするのが可笑しかったらしい。今でも珟行があるが、倧幅に先生の出盎しがはいっおいお、スッキリしおいるか、友達には耒められたし、䞊手だず蚀われ、ずおも恥ずかしかった。自分の曞いたものずは䌌おも䌌぀かない曞き方ヌああトホホである。
     




     
     
     
    47歳で離婚したばかりで、カナダに枡航を始め、その埌数十回を数える。 そのきっかけずなった仕事䞊の知り合いのパ゜コン事業者10幎の男性ず再婚し、移民暩を埗る。その間の出来事を綎ったものをnoteに曞いおいる。

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