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Photo bykomaki_kousuke

お題 : 眠れない

    麦ちひろ

    #シロクマ文芸部
    #短編小説

    眠れない夜は、どうしてこんなにも静かで、重たいのだろう。

    時計の針が一秒ずつ確かに進んでいるはずなのに、時間はどこかで止まってしまったように感じる。天井を見つめていると、昼間には気づかなかった小さな染みや、わずかな影が、妙にくっきりと浮かび上がってくる。

    眠れない。

    それはただの状態ではなく、ひとつの世界のようだった。

    スマートフォンを手に取っては、意味もなく画面をスクロールする。誰かの幸せそうな笑顔や、遠い街の風景、もう戻らない過去に似た写真たち。それらはどれも、今の自分とは少しだけ距離があって、触れられそうで触れられない。

    そのとき、不意に通知音が鳴った。

    こんな時間に、と思いながら画面を見ると、名前が表示されている。

    「起きてる?」

    短い一言。

    それだけで、胸の奥に小さな灯りがともる。

    「眠れなくて」

    そう返すと、すぐに既読がついて、少し間を置いてから、またメッセージが届いた。

    「同じだね」

    たったそれだけの言葉なのに、なぜか涙が滲んだ。

    同じ夜に、同じように眠れずにいる人がいる。

    それだけで、この静けさは少しだけ柔らかくなる。

    「何してたの?」

    「天井見てた」

    「私も」

    ふと、可笑しくなって、小さく笑った。こんなにも無意味で、こんなにも確かな共有があるなんて。

    しばらく、取り留めのない言葉を交わした。今日のこと、どうでもいい出来事、忘れかけていた昔話。言葉は決して多くなかったけれど、その間に流れる沈黙さえも、心地よかった。

    やがて、向こうからメッセージが届く。

    「ねえ」

    「うん」

    「今度、ちゃんと会おうか」

    その一文を見つめたまま、しばらく動けなかった。

    眠れない夜の中で、思いがけず差し出された、現実へと繋がる扉のようだった。

    「うん、会いたい」

    そう打ち込んで送信すると、胸の奥がゆっくりとほどけていくのが分かった。

    それから少しして、相手からの最後のメッセージが届く。

    「そろそろ寝れるかも」

    「私も」

    画面を閉じると、さっきまであれほど重たかった夜が、不思議と優しくなっている。

    眠れない夜は、ただの孤独ではなかったのかもしれない。

    誰かと繋がるための、静かな入口。

    目を閉じると、遠くで朝の気配が生まれ始めている気がした。

    次に目を開けるとき、世界は少しだけ、違って見えるだろう。

    そう思えた夜は、きっと、もう眠れる。

    [完]

    ʕ•ᴥ•ʔ小牧幸助部長様、提出致しま~す•*¨*•.¸♬︎

     
     
     
    吉本ばななさんと藤村邦さん、中村江里さんが言葉や心、人としてのお師匠。 横浜文芸の会所属。歌人。 作品:短歌がメイン。 目標:50歳迄に賞を取る。 疾患: BPD、CPTSD、鬱等 注意:人を不快にさせる方やスピリチュアル信望、医療リテラシーの無い方が大変苦手。

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