ランスのフジタ礼拝堂(ノートル・ダム・ド・ラ・ぺ)を訪問
画家藤田嗣治(1886年〜1968年)に興味を持ったのは、たぶん20年くらい前、友人と箱根のポーラ美術館で特別展示を見たときだった、と思う。以後、国立西洋美術館や国立近代美術館など、都内で藤田作品がある美術館に通ったり、特別展示があればチケットを2回買ったりもした。興味を惹かれたのは絵というより、藤田嗣治という人に、なのかもしれない。
パリの寵児になった日本人
若いころパリに渡って、エコール・ド・パリの寵児になった彼は、勲章をいくつももらい、成功者なのだと思う。パリで成功したのに日本に戻ってきて従軍画家として戦争画(「アッツ島玉砕」など)を描いたり、戦後、GHQに目をつけられたり、政府から戦争画の収集を命じられたり、すべてが華やかだったわけではない。日本が嫌になってしまったのか、結局パリに戻り、フランス国籍を取得して日本国籍を捨てた。ランスの大聖堂で洗礼を受け、レオナール・フジタとなり、フランス人として、生涯を閉じた。
なんて彼の経歴は、ウィキペディアや、各種ウェブサイトに詳しく書かれているので、わたしなどが語ることではない。わたしは、藤田嗣治のファンだ。絵も素敵だし、彼のファッションも好きだ。時計や指輪のタトゥーもすごく可愛くて、真似しようと目論んでいる。ピカソの同時代を生き、ずっと交流があったことも好きだ。好きなのだ。

いざ、ランスへ
ファンとして、藤田が人生の最後に、自分で構想し建てた礼拝堂とどうしても描きたかったというフレスコ画を見てみたいと思い、旅の目的地を、フジタ礼拝堂に設定した。場所はフランスのランス。パリからTGVで45分で到着できるので、パリに滞在しつつ日帰りが可能な場所。だけど、わたしは、あえて2泊3日滞在し、藤田が暮らしたランスの街そのものも味わってみることにした。Airbnbで借りたアパートが、たまたま礼拝堂から徒歩3分程度だったので、初日は、まず散歩しつつ礼拝堂を通り過ぎてみるだけ、という怪しい行動をとった。この建物は、建築家クロージエと藤田が何度もやりとりして実現した造りになっているのだから、細部までしっかり見ないといけない。この中には、80歳になった藤田が、1日12時間もかけて描いた渾身のフレスコ画があるのだから、眼球で録画するくらいの気持ちで見なければいけない。そんな気合いを前日に溜め込んでいた。

フジタのフレスコ画に包まれた空間
ランス滞在2日目、前日からの気合いで鼻息も荒く開館10時とともに礼拝堂へ。この日は、フランス人のご老人方のグループが、ガイドツアーにいらっしゃっていて、ひとり静かに見学、というわたしの目論見は外れてしまった。けれど、わざわざガイドを申し込み熱心にフジタの物語と絵の解説を聞いていらっしゃる方々と共有する空間も、それはそれでよいものだった。わたしは、解説本(日本語もあった)を買い、絵を一点一点時間をかけて鑑賞した。小さな礼拝堂だけど、たっぷり2時間滞在した。ガイドツアーが終わっても、ポツンと佇むわたしは、少々怪しい日本人に見えたかもしれない。予約必須の有名な美術館で1点の有名作品のために急ぎ足で順路通りに巡る、というのとはまったく違った、本当に贅沢な時間だった。心が、不思議な幸福感で満たされるような。



わざわざ行くかウェブで見るか
フジタ礼拝堂のフレスコ画は、わざわざここまで来なくても、ウェブサイトに公開している人が複数いて、検索すれば容易にパソコン画面で見ることができる。撮影可能なアートは、何につけてもいまやそういう状態だから、見られないものなんんてないのかもしれない。生きているうちに実際に見られるものには限りがあるから、どれを、何を、わざわざ行って見るか、ウェブで見るか、という選択になるだろう。わたしの場合、一昨年見たピカソの「ゲルニカ」と、フジタ礼拝堂は、わざわざ行って自分の目で見る、という価値があると選択した。このために、高い航空券と有給を使うことをもったいないと見るか、価値がある選択と見るか、それは個人個人の自由。
この選択をするという行為が、楽しい。
人生は1回しかなく、時間やお金は無限ではない。
その中で、どこに行って何を見ようか、と考えることで次の旅がもうはじまっている。
