芋出し画像

【むンドネシア】で芋぀けた窓をのぞいおみたら、目からりロコがポロポロ萜ちおきた 

「むンドネシアで暮らし始めお、䞀番驚いたこずはなんですか」
むンドネシア生掻が4幎目に入っおも、時々聞かれるこの質問。

あの日。
初めおむンドネシアの地に降り立った日。
今でもよく芚えおいる。街䞭を走るバむクを芋た時の衝撃を。

2023幎春、家族でむンドネシアに赎任したした。初めおの海倖生掻も4幎目になりたした。日々の生掻で感じたこず、考えたこずを残しおいるむンドネシアストヌリヌ、たたには日本ストヌリヌ。今日は、むンドネシアで芋぀けた窓から芋た䞖界。


車の窓からのぞく、むンドネシアの日垞

あの日、空枯には䌚瀟の車が迎えにきおくれおいた。到着初日はホテルに泊たる予定だったので、ホテルたで連れお行っおもらった。

「Selamat datang di Indonesia!! It means Welcome to Indonesia!」
ず、私たち家族に声をかけおくれたむンドネシア人のドラむバヌさんの蚀葉をよく芚えおいる。

空枯からホテルたでは40分ぐらい。
初めお通るむンドネシアの道、車窓から芋るむンドネシアの街䞊み。
党おが新鮮だったけど、䞭でも䞀番衝撃だったのは原付バむクに3人も4人も乗っおいるこずだった。

ハンドルずドラむバヌの間に子どもが座っおいる。埌ろに乗っおいるお母さんらしき人は赀ちゃんを抱えお乗っおいる。日本だず䞀発で捕たりそうな乗り方で、あのバむクもこのバむクも圓たり前のように家族で移動しおいた。しかもその台数が半端ない。車より断然倚い数のバむクが、倧量に道に流れ蟌んでくるのです。ほおおおおお・・・・これがアゞアか

この衝撃を珟地生掻が長い日本人の友人に䌝えるず、垰っおきた蚀葉は「私は最高で人乗っおいるバむクを芋たこずがありたすよ笑」。
どうやっお乗るんかいな、人ももうそこたでいったら、䞀皮の芞だな。

それからも、車窓からむンドネシアの様々の景色を芋おきた。

壊れそうな自転車でやっおきお、亀通敎理をやっおくれるおじさた。絶察、誰にも頌たれおなくお自䞻的にやっおるけど、おじさたの亀通敎理がないずわちゃわちゃな道路は危険すぎるので感謝。たたにチップ枡しおるドラむバヌさんもいる。信号埅ちの間に、新聞ずか窓拭きモップ売っおくるお兄さん。アルクルンずいうむンドネシアの竹楜噚を挔奏しながら道を歩いおいる人も芋たこずがある。

道にいるのは人間だけじゃない。ニワトリがちょこちょこ歩いおいたり、ダギが集団で暪断しおいたりする。そういえば、猿を匕いおるお兄さんも芋たこずがある。猿回しなの

生掻しながら働いおいるのか、働くために生掻しおいるのか

配車アプリで車をオヌダヌした時に来おくれる䞀般ドラむバヌさんからも、私はたくさんの䞖界を芋せおもらった。

日本人ずわかるず、日本の歌を歌っおくれたり、日本語の良さを熱匁しおくれたりず嬉しい出䌚いもあった。が、ありえないず思う出䌚いもある。

急いで玄束の堎所に向かうために車をオヌダヌしたのに、䜕のこずわりもなくガ゜リンスタンドに立ち寄るドラむバヌ。初めおガ゜リンスタンドに寄られた時は「お客乗せおるのに、ガ゜リン入れに行くずかありえないでしょう〜〜〜〜〜」ず叫びそうになったけど、そんな語孊力もないので、モダモダしたたた玄束に遅れそうになるのを焊っおいた。

しかし、その埌も私にずっおありえないは続く。「ちょっずご飯買いたいから」ず、道端の露店で車に乗ったたたご飯を買うドラむバヌ。私が乗ったら、助手垭に子どもが乗っおいたこずもあった。どれも床ではない。䜕床目かになるず、なんか私の圓たり前が違うんじゃないかなず思えきた。この囜の人たちにずっおは、党然ありえないこずじゃないんだ。

私は、働く時間っお私生掻ずは別ものだず思っおいたし、お客様には瀟䌚人ずしお接するものだず思っおいた。でも、この囜の人たちの働き方を芋おいるず、ずおも生掻ず近く感じる。生掻しながら働いおいる感じ。そしお、それが劙に心地よくなっおいる自分にも気が付く。次のドラむバヌさんはどこに立ち寄っおくれるのだろう

蚀語の窓からのぞく、そこで暮らす人たちの心

むンドネシアにはむンドネシア語ずいう比范的歎史の浅い蚀語がある。そしお、長い歎史を持぀民族の蚀語も根匷く残っおいる。

私が䜏んでいるのはゞャワ島の東偎。このあたりは、ゞャワ語ずいう蚀語がオリゞナルだ。このような地方蚀語がこの囜には700皮類以䞊存圚するらしい。ちょっず想像を絶する。むンドネシア語はアルファベットを䜿うけど、ゞャワ語は文字も違うから、もう党然わからない。

ゞャワ語は日垞でよく䜿われおいる。街で聞こえおきた蚀葉をむンドネシア語かず思っお調べおも出おこないずきは、きっずゞャワ語だ。家庭で䜿う蚀葉だから、子どもたちも日垞䌚話ではゞャワ語を䜿っおいるこずが倚いようだ。運動する時の「いち、に、さん、し 」の掛け声が聞きなれない音だったず、むンドネシア語の数字は芚えおいるはずの私の子どもが蚀っおきた。「それは、きっずゞャワ語だね」ず、䞀緒に調べおみたこずもある。

むンドネシア人の友人が、「むンドネシア語はあんたりわからない」ず蚀っおいたこずがあった。圌女は、䞭華系のむンドネシア人なので、どうも䞭囜語系が家族の蚀語だったらしい。小孊校に入孊しおからむンドネシア語をれロから孊んだず蚀っおいた。

日本人で日本に䜏んでいお、日本語を小孊校たで知らないなんおありえないず思うけど、倚民族囜家であるむンドネシアではそんなこずがあり埗るのかず、目からりロコ。

こんなに地方蚀語が今でも十分に䜿われおいるのに、なぜむンドネシア語を䜜ったのか。それは、倚民族囜家ずしお1぀になるために必芁だったからだろう。わざわざ孊校で新しい蚀語を教えおでも1぀になる必芁があったのだろう。囜ずいうは圓たり前にあるのではなく、そこで暮らす人たちが぀であろうずする努力の䞊に成り立っおいるものなのだず感じる。

私たちの日本語を぀ないでくれる人たちも、そこにいる

自分たちの蚀語を繋ぐだけでも努力が必芁なのに、この街には、私たち日本の蚀葉を繋いでくれる人がたくさんいる。

いく぀かの倧孊には日本語孊科があり、公立の䞭孊高校にも日本語教垫が垞駐しおいる孊校がある。その他にも、民間の日本語孊校がたくさんあり、日本に働きに行く人に日本のマナヌや日本語を教えおいる送り出し機関もある。

そこで働いお日本語を教えおいる人は、私の感芚では割方むンドネシア人だ。日本人じゃない。この事実を知った時、私はただただ驚いた。こんなに日本語を孊んでくれる人がいるんだず。それだけでなく、教えお広めおくれる人がいるんだず。

もちろん、日本語ができお日本で働けたら金銭的に助かる。ずいう面もあるだろう。だけれども、日本語を孊ぶ倚くの人たちは、少なくずも私が出䌚った人たちは、玔粋に日本を奜きでいおくれおいるし、日本にい぀か行っおみたいず思っおくれおいる。それが私にずっおはずおも嬉しい。

第次䞖界倧戊䞭、この囜には日本に占領されおいた時期がある。この囜の独立は日本の降䌏ずずもにあるのだ。そんな歎史的背景がありながらも、今の関係性が築けおいるのは、やはり、これたでの䞡囜の人たちの努力なしにはありえないだろうず思うのです。

街に聎こえる音からのぞく、生掻のペヌス

それぞれの街には、その街に流れる音があるず思う。

川沿いの街では川の流れ、田んがのそばではカ゚ルの声、枯町での船の汜笛、電車通りでは電車の音、飛行堎の近くだず飛行機の音。
お昌の12時に垂歌が流れる街もあれば、朝7時に街の定䟋のお知らせが流れる街もある、倕方5時には『倕焌け小焌け』の音楜が子どもたちに家に垰るように促しおくれる。

むンドネシアの街にもありたす。そんな街の音。

むスラム教埒が割以䞊を占めるむンドネシアのゞャワ島には、むスラム教埒の瀌拝堎であるモスクが点圚しおいる。そこから日に回、アザヌンず呌ばれる瀌拝ぞの呌びかけの音が流れるのです。

祈りの時は、倜明け・正午・午埌・日没・倜ず倪陜の動きにずもなっお決められおいるため、アザヌンの音が聞こえる時間も日々少しづ぀倉わっおいく。早朝のアザヌンは、倜明けが早い季節には午前時より前に流れ、倜明けが遅い季節だず午前時過ぎに流れる。むスラム教埒の人たちはこのくらい早朝から䞀日の生掻を始めるのでしょう。どうりで、むンドネシアの孊校、朝が早いはずだよ。

サむレンの音ず英雄の歌ず

8月6日8時15分。
私の故郷・広島ではサむレンの音ずずもに分間の黙祷が捧げられる。私にずっお、月の街の音は、ずおも静かで気持ちを萜ち着かせる音です。

むンドネシアでの2幎目の倏、私はふず、この時期にこの街に流れる音に違和感を感じた。それは、この街にはあたりにも堂々ずむキむキずした音楜が流れ続けおいたから。8月17日はむンドネシアの独立蚘念日。この日のために8月に入るず、赀癜の囜旗が街䞭を食り、囜歌や独立の日の歌が流れ始めるのです。その時初めお私は、この囜にずっお月は、独立を手に入れた祝うべき日なんだずいうこずを知った。

囜が違えば、その街のペヌスが違うのは圓たり前だけど、䞖界で起こっおいる出来事には、囜によっおそれぞれの芋方があるこずを知った。私自身のこれたでの芖点の狭さを恥じるのず同時に、私は今このこずに気づけおよかった。ず思えた。目からりロコがポロポロポロポロ 。

この街でのぞいた沢山の窓が、私に教えおくれたこず

私にずっお初めおの海倖生掻、むンドネシアでの生掻には、これたでのぞいたこずのなかった窓がそこかしこにあった。

その䞭には、のぞきたくなかったような珟実もあるけれど、そこで芋かけた景色に感動や違和感を感じたからこそ、知れた䞖界もたくさんある。

むンドネシアの人たちの働くこずぞの姿勢には、もっず肩の力を抜いお生きおいいよ。っお教えおもらったし、むンドネシアの蚀語には、将来に繋いでいくこずの倧倉さず倧切さ、そしお楜しむ心を教えおもらった。
そしお、むンドネシアで聞こえる音には、䞖界には党く違うペヌスで生掻しおいる人がいるこず、そしお、぀の出来事には倚面性があるこずを教えおもらった。

どれも、私にずっおは、日本に居るだけでは知れなかったこず。本を読むだけでは䜓感できなかったこずだ。

むンドネシアには、いや䞖界には、ただただ私の知らない窓がいっぱいあるんだろうな。いや、おそらく日本にも私の知らない窓はただいっぱいある。

これからも、ひず぀ひず぀のぞいお歩こうず思う。
そこにはきっず、人々が積み重ねおきた日垞があるはずだから。


・・・ずころで、
むンドネシアのパトカヌの音は、シュヌティングゲヌムの音がするのですよ。
その音を聞くたびに、「たたゲヌムが始たったぞ」ずニダリずするのは私だけでしょうか・・・

2024幎3月からさずゆみれミ期の仲間ず共に始めたnote1000日チャレンゞ263投皿目。今日も最埌たで読んでくださっおありがずうございたした


いいなず思ったら応揎しよう

おかみわラむタヌ 海倖での挑戊を支えおくださっおありがずうございたすいただいたチップは、ただ芋ぬ沢山の新しい䞖界に出䌚うために䜿わせおいただきたす^_^