
父:ステージ4のガン発覚から2週間で他界②
父は2023年1月11日に入院して2023年1月31日に亡くなりました。本当にあっという間の出来事でした。1月11日の検査で脳の放射線治療しかすでにできる治療はなく、その治療が終わったら緩和ケアにという話でしたが、緩和ケアに移る前に入院した眼科病棟でそのまま亡くなりました。父が我慢強いのか本当に辛くなかったのかよく分からないのですが、父は苦しむことなく天国に旅立ったように思います。亡くなる1ヶ月前まで普通に仕事をし、亡くなる3週間前まで車を運転し、ステージ4の末期癌であると診察され2週間で亡くなりました。
父が亡くなった頃にはコロナも落ち着いていたので、私は2023年4月には息子と東京に戻りました。
よく自分の周りの方が亡くなると生前の故人に対する自分の行いについて後悔が出てくるかと思うのですが、大学から親元を離れていたにも関わらず、父が亡くなる1年前から意図せず一緒に過ごすことになり、父との想い出がたくさんでき、また改めて父のイズムに触れ、私はできる限りのことは父にし、父からも吸収し、父に対して何の後悔もないのです。そして姿こそ見えませんが、実家に帰省するとひょっこり父が登場するような感じさえし、こういう時には父はこう言うだろうなと父の言葉が、父の声が聞こえてくるのです。父は今でもしっかり私の中に生きているようです。
東京に戻った2023年4月、当時息子は3歳半でした。東京の家はビンテージマンションでリビングと寝室の壁のところに大きな窓が付いており、戻ってきた当初息子はよくリビングから寝室を窓越しに見ながらジジがいるねと言っていました。父は身軽になり自由自在に東京に遊びにきていたようです笑。
7月12日が私の誕生日なのですが、当日息子を園のスクールバスに乗せ、私がオフィスに向かうため電車に乗ろうと駅に急いでいると、とっても綺麗な青い蝶々がずっと付いてきました。後から調べたところアオスジアゲハと言って都市部に結構いる蝶々なのですが、当時私は初めて目にしました。自分の周りを踊るようにひらひら舞ながら駅までずっと付いてくる青い綺麗な蝶々を見ながら父だと思いました。
8月のお盆を迎えるにあたり、母が兄家族とお墓掃除をしているとアオスジアゲハが母と兄家族の周りを舞、墓石の上に止まってお掃除を観察していたそうです。母達には私の誕生日にアオスジアゲハがお祝いしてくれた話をしていたので、母も兄家族もお墓掃除の際に登場したアオスジアゲハを見て父が遊びにきてくれたと思い写真に撮って私に送ってくれました。
その後、アオスジアゲハが兄のマンションの玄関扉のところに止まって離れなかったりと私達家族の周りにアオスジアゲハがちょくちょく登場するようになりました。決してイケメンだったわけでもない父が綺麗なアオスジアゲハに変わってみんなに会いにきているというのは出来過ぎな話のような気もするのですが、黄色のアゲハ蝶ではなく、少し変わった青いアゲハ蝶を選択したのは人を楽しませるのが大好きだった父らしいなと思っています。
また、父が亡くなる1ヶ月前に私の祖母つまり父の母が103歳で亡くなり、父は喪主を務めていました。祖母と同じ葬儀屋で父もお葬式をしたのですが、葬儀屋から喪主が1ヶ月後に送られる側になるというケースは初めてですと言われました。これもまた父らしいオチをつけてくれたなと思いました。
現役中に亡くなったこともあり、お葬式の後もたくさんの方がお線香を上げに家に来てくださり父の死を惜しみつつ父との想い出話をしてくださいました。みなさん父らしい面白エピソードを話してくださり、最後は遺族すら楽しい気持ちにさせて頂きました。75歳で亡くなるというのは少し早いように思いますが、大好きな仕事を病床まで持ち込みやり続け、ゴルフもお酒も入院前まで楽しみ、可愛い孫達に囲まれ、今もなおみんなの心の中に生き続けいい人生だったのではないかなと思っています。